「厳しいよりはいいでしょう?」
あれから反省会や対戦を重ねていき、気づけば夕方となっていました。
小学生である彼らを帰し、私も
夕暮れの朱に染まる商店街は買い物途中の奥様方や帰宅している社会人の皆さんの中に先日出会った人の後ろ姿がありました。
「確か……"キョウマ"くんでしたか?」
近辺の中学校の制服だったと記憶する学ランを着ている姿に彼が中学生なのだと認識出来ました。
彼が足早に向かう先は……病院です。
そういえば彼は妹が意識不明と言っていましたね。そしてあの病院は確か……
「……伏線、ですかね?今は触らずに放っておきましょうか」
「「「「「お帰りなさいませ、大司教様!!」」」」」
裏口から入ってからメガネを外し、すぐ近くに用意していた大司教としての服装……カソックの上から裾に赤青緑黄のツタが絡み合った刺繍の施された白いロングコートを纏い、最後に白い仮面の付いたこれまた白い頭巾を被ります。
どこからどう見ても不審者スタイルの私はそのまま廊下へ出ますとズラリと並んだシスターや神父の方たちから挨拶をされました。
「皆さん、ありがとうございます……でも、待っているのも疲れるでしょう?」
『そんな事はありません!』『大司教様のお帰りを待つのは義務ですから!』『
四番目に喋った神父は他のシスターや神父にタコ殴りにされた後、簀巻きにされてどこかへと転がされて行きました。
深くは考えない方が良さそうです、精神衛生上。
「…………では、私はこれから夜の祈りの準備を始めますので大聖堂でまた会いましょう」
「「「「はい!!!」」」」
仮面の下で遠い目をしながら、私は自室へと向かいます。
すれ違う度に向けられる尊敬またはへりくだった様な視線が煩わしいです。本当に仮面を付けていて良かったです……ええ、本当に。
私の部屋は教会の奥にある別邸──三階建ての建物の一番大きな部屋が宛てがわれています。室内は天蓋付きのベッドとデスクとクローゼットが有り、備え付けのシャワールームへと続く扉もあります。デスクには教団の分厚い聖典が朝に置いたままの状態で放置されていて、それを手に取り見た目にそぐわない重みにため息が漏れました。
「……あなたも持ってみますか?」
そう部屋の隅に声を掛けると幽鬼のような白いモヤが集まり人の形となりました。
全身白づくめの仮面の怪人──私のメインデッキの"ギアスモンスター"【
モンスターの実体化は"サモンエナジー"が集まると起こる現象です。この教会の中には膨大な量の"サモンエナジー"が集まっていますからね……どうしてもほんの少し漏れてしまう為にその影響でこの教会内で一番力を持つカードである【ルシフェリオン】が実体化したのです。
とは言ったものの姿だけですし、物を持ったり発音したりする事は不可能な状態です。先程の私の言葉はそんな彼へのからかいですね。
「冗談ですよ、笑って下さい」
気を損ねたような雰囲気の彼へと肩を竦めてみせるも向こうは滑るように浮遊してこちらに近づきます。
そして頭の辺りに彼の手が乗りますがスカスカと貫通していきます。
しばらくして満足した彼はそのまま姿を消していきました。
「……バカですね、叩いても意味が無いというのに」
聖典を強く抱き抱えて呟いた言葉はすぐに掻き消えました。
私室は教会内で唯一私が私らしくいられる場所です。そこから一歩外へと踏み出せば、私は
部屋の前には既に一人待っている人がいました。
「"
「"ジュン"くん、いつもご苦労さまです」
くしゃくしゃの金髪に涼やかなアイスブルーの瞳、甲冑をイメージした衣装に黄色いツタの刺繍が裾に縫われた白いマント。十人に聞いて十二人(通りすがりの人も含める)が王子様と呼ぶような容姿の青年が一礼してくれました。
オウドウ ジュンくんは教団内の私を除くサモナー達のトップであり、
彼は私の三歩ほど後ろに立つと私が歩くのに追従してきます。
以前に何故着いてくるのかと聞いたことがあります。すると彼は
『"
『私を?一体この教会の中で何から守ろうというのですか?』
『もちろん悪からです』
真剣な眼差しを向けてくるジュンくんにその時ははぁ……?で終わった会話ですが先程の深く考えたく無い人のような存在から守りたいのでしょう……いや、まあアレが最初で最後の一人であって欲しいのですけどね?
大聖堂へと向かう私たちの後ろにシスターや神父の人達が段々と集まり、行列を成していきます。
大聖堂には既に信者の皆さんが着席していて立ち見状態の方も何人か見受けられます。流石に申し訳ないので予備用の簡易椅子を出すように指示を出し、私は大聖堂の最上段……五色の光に照らされた天使が描かれたステンドグラスの前へと立ちます。
人々が思い思いに喋っている中、ジュンくんが2段下の位置から声を張り上げます。
「皆の者、これより大司教様によるお言葉がある……静聴せよ!!」
それまでザワついていた人々はその言葉でピタリと雑談を止めて私を見上げます。
息を整えて聖典のページを開き、私は喋り始めます。
「書の一節を引用しましょう……『悪とは身近な物。誘惑する物。人と切っても切り離せぬ物。けれども人は悪を振り切り前に進もうとする。その尊い光を善と呼ぶ』……そう、世界には悪が満ちています。それでも私たちは信じているのです。人の心は屈しない。悪を跳ね除け、善に満ちた存在となってやがて来る救世主の助けとなる事を……祈りましょう、今は耳を傾けてくれない遠きの人々もやがて我らの隣人となって善の道を歩んでくれる事を」
仮面越しのくぐもった私の声も、大聖堂の最上段の仕掛けにより不思議と大聖堂の隅々まで行き渡ります。
人々は手を組み、祈りを捧げています。彼らは何に対して祈っているのでしょうか?やがて来ると言われている救世主?自分たちを導いてくれた大司教?それともいるかもしれない神とやらに?
つくづく思います……祈った所で何も変わらないというのに。現状を変えたいならば動かなければいけないのに……"ギアスファイト"も同じです。トップ解決や奇跡が起きてカードが書き換わる事を祈るよりも必要な札を手札にさっさと集めてそれを使ってしまう方が勝利に近くなります。
そもそも、そういう事が起きるのは主人公やそれに近しい人間達のみ……モブや私のような悪役に起きるわけが無い。
「……今日の祈りはここまでです。また明日、お会いしましょう」
私の言葉を合図に信者の皆さんは規則正しく並んで大聖堂から退出していきます。
その際に出入口付近に待機しているシスターの人達にお布施を支払っていますね。
お布施は気持ちの代金だけ受け取っていますが、中には硬貨ではなく数枚のお札を出している方もいます。その人は次回は前の方の席へと優先的に案内される事でしょう。
しばらくして大聖堂の中は私とジュンくんだけになりました。
「他の子達は?」
「……"
そうジュンくんが言った直後に低いエンジン音が大聖堂の出入口の方から聞こえました。
そして、扉を勢いよく開けて朱色の髪の露出が激しめのパンクファッションの少女が急いで入ってきて、その後ろから申し訳なさそうに深緑色の髪をベリーショートに仕立てた巨漢の青年がのっそりと来ます……さりげなく、水色の小型ドローンも入ってきましたね。
「すんません!コイツを拾ってたら遅れちゃいました!!"
「……ごめんなさい、大司教。後、"皇導《オウドウ》"さん」
ちゃきちゃきとしたパンクファッションの少女がカルマ レンカさん。
おっとりした印象の青年がジンガ オニマルくん。
二人とも
二人は片方は小走りで、もう片方は大股歩きで近づくと頭を下げてきます。
「構いませんよ、まだ揃っていませんし……いえ、ある意味もう揃ってますか」
「さっすが大司教サマは目の付け所が違うデシなぁー!ボクサマ参上デシよぉー」
甲高い少年声が小型ドローンから聞こえてきます。
最後の
まあ、良いのですけどね……体を持って来なくても会話に参加出来るのならば。
「またその機械で参加か"
「知らないデシかぁ?小学生は夜出歩くのは条例で禁止されてるデシー、ボクサマが補導されて困るのはそっちじゃないデシかぁ〜?」
「貴様……!」
タクミくんの煽りにジュンくんが明らかに苛立っています。
性格の相性が悪いのも有りますが、今回はタクミくんの方が正論を振っているのが辛い所です。人情としてはジュンくんの言うことも分かります。
「二人とも……喧嘩は、良くない」
間に立ったのはオニマルくんです。大きな体で物理的に二人の視線を断ち切ります。
彼は見た目と違い穏やかな性格で争い事を苦手としています。こういう喧嘩が起きそうな時に仲裁をするのは私か彼が主になっています。
それに加勢をするのはレイカ嬢です。
「そーそー、みっともないよアンタ達。"
バツが悪そうに引き下がるジュンくんとは対称的にタクミくんはドローン越しに大笑いを響かせています。
「キヒヒヒヒ!!怒られてやんのぉ!騎士サマの癖にダッサイデシなぁ?」
「"タクミ"くん、そろそろ言い過ぎですよ。これ以上は私も口出しさせてもらいますよ?」
「デシッ!?…………分かったデシ、大司教サマがそう言うならもう騎士サマには何も言わないデシ」
私の言う事は
渋々でしたがジュンくん同様に引いてくれたタクミくんに笑みを浮かべようとして、仮面を付けていることを思い出した私は頷きました。
「さて、それでは今夜のことなのですが……"ジュン"くんから話は聞いていますね?」
「それ、それっすよ!"
そう騒ぐレイカ嬢が予定ではアポロさんの襲撃を行う予定でした。
彼女としては自分ではアポロさんに勝てないと宣言されているようなものなので反骨心が強い彼女には耐えられないのでしょう。
「だから説明しただろう?
「なんで勝てないって決めつけてんだよ!!書類とかは分かんねぇけどファイトの腕だったらお前に負けてねぇよ!!」
言い方を間違えたジュンくんにレイカ嬢が噛みつきます。
ヒートアップする彼女に嫌な予感がよぎります。
「ファイトの腕?それも私の方が上ですよ。お前はただ指示に従っていたらいい」
「てんめぇ、"ジュン"この野郎!!!」
「今度は……"レイカ"とか……」
止めようとオニマルくんが伸ばした手をレイカ嬢は払い除けます。
そして認識阻害効果の付いた目元を隠すドクロの仮面を被ります。
「だったら!!証明してやるよ、アタシでもやれたんだってさぁ!!」
走り出した彼女は出入口近くに停めていたバイクに跨るとそのまま夜の街へと繰り出して行きます。あーあー……やっぱりこうなりますか。
「待て"レイカ"!!……くっ、今すぐ止めてきます!!」
「いえ、"ジュン"くんだとまた喧嘩になりますから……"オニマル"くん、お願いします」
頷いた彼は鬼を模した仮面を被り、レイカ嬢を追います。
残された私たち三人の間にしばらく沈黙が降りますがその状態から口火を切ったのはタクミくんです。
「……ボクサマでもあの言い方はドン引くデシ。人の心無いデシ」
「何故だ!?事実だろうに!!」
「事実だから言っていいって事じゃねぇデシよ!!?あの暴走女が素直に聞く訳ないデシ!!」
「"
「騎士サマそれ書いて無いデシ!!メールにそれ書いてなかったデシ!!」
「え………?」
失礼と私に声を掛けてから端末を確認したジュンくんは顔色を悪くしました……うっかりですね、私にも何度か心当たりがあります。
「ほんとバカ!!なんでこんな大事な時にうっかりやらかすデシかぁ!!アンタ社会人だろう!!メール見直せよバカァ!!!」
その後も口撃を繰り返すタクミくんは中々止まりませんでした。
再び私が彼を止めるまでにタクミくんからは三十七の暴言と十二の指摘、四つの日常での改善点が飛び出ました。
ドローンも不思議と赤く染っているように見える程に鼻息荒く怒り狂う彼を宥めるのは骨が折れました。
「はぁ……今日はもう解散です。"ジュン"くんは後で"レイカ"嬢に謝るように」
「……はい」
「指示に従わなかった"レイカ"嬢については後日罰則を与えますので手出しは無用です」
「罰則っていつも教会内の清掃デシよね、大司教サマは甘いデシよ」
「厳しいよりは良いでしょう?タクミくんは厳しい方がお好きですか?」
「わぁい、ボクサマ甘いの大好きデシー」
度を越した内容の失態ならばしっかりとした罰を与えますが、この程度ならばそれ程重い物を与えるつもりはありません。
その後、ジュンくんとタクミくんを帰して私は自室へと帰りました。
レイカ嬢が返り討ちに有ってもオニマルくんが回収してくれますし、何とかなるでしょう。というかなって下さい。前世の知識があるとはいえ、私は頭が良い方では有りませんのでどうしても行き当たりばったりな対応となります。
自室の窓から夜の市街地を眺めます。
ちょうどカードショップ"ミラージュ"がある辺りの街灯が不自然に着いていませんでした。目をこらせば黒いモヤが明かりを遮っているのだと分かります。
「始まっているのですね……おや?」
レイカ嬢お得意の速攻戦術により呼び出された炎が灯った骸骨のバイク乗り達が走り回っているのが見えます。
それに相対しているのは予想とは違って炎を纏った赤い鎧の戦士たちでした……恐らくはヒャッカ少年です。
何故ヒャッカ少年がレイカ嬢とファイトしているのかは分かりませんが戦況は……レイカ嬢が有利なようですね。
切り札である【
勝負はついた……と思った次の瞬間、街全てを照らす程の熱量の火柱が立ち上ります。
それと同時に私の本来のデッキケースが熱くなり、同時に発光し始めました。
火柱はやがて紅蓮の翼竜へと姿を変え、巨大な火球を放ちました。
黒いモヤは消え去り、十中八九レイカ嬢は敗れたのでしょう。
アニメで言うところの第一話でしょうか?主人公が手にする謎のカードはお約束ですからね……
「しかし、赤の龍ですか……まさか、教団の聖典にあった救世主と敵対する悪魔とはアレの事ですかね?」
聖典曰く──
──救世主の道を塞ぐのは七つの悪魔。
翼爪と牙持つ荒々しき鱗獣。
全てを停める魔性の美貌。
九つの尾振るう金毛魔獣。
時操る百肢の鉄鋼絡繰。
死を弄ぶ最も唾棄すべき不滅怪鳥。
偽りを撒き散らす裏切りの魔人。
そして記すことすらはばかれる存在。
救世主の名の元にやがて調伏されるであろうそれら七つの悪魔に身を委ねること許されず、立ち向かう事困難なり。
──との事ですが……後半の内容は矛盾しているのでは無いかと私は思いました。
閑話休題。
つまりは七つの悪魔の最初の一体である荒々しき鱗獣とはあの赤い龍ではないかと思います……翼あって、牙と鱗を持っているからという理由ですが。
教団とヒャッカ少年敵対する事になるであろう事は確実です。レイカ嬢が名乗りさえしなければ、しばらくは本拠地に乗り込まれる事はなさそうですが。
「しかし、これから物語が動くのかと思うと……年甲斐もなくワクワクしてきます」
私の視界の隅に映る白いモヤを見なかった事にして、湧き上がる笑い声を抑えることはできませんでした……気分が良いのでワインでも開けますかね?ふふふ
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