青の猫又〜私は異世界で自由に生きる〜

拉麺眼鏡

ロードローラー、潰された後は

夕方、仕事が終わって珍しく金に余裕がある月。今日はいいラーメンにでもしようかと思っていた俺、赤山千里。

高校を卒業してからはそこまで有名ではないが大学へと進学し、無事卒業できたのだが行き着いた先はブラック企業。

学生時代よりも恐ろしいほどの仕事量と、その肉体労働で体はへとへと。

「…こんなんだったら入らなきゃ良かったよ…」とぼやくも、もう過去のことだ。変えられないことを嘆いても変わらない。


「さ、いいラーメンを食いに…」

と言おうとした瞬間、近くでなにか事故が起きる音が。

「お、おい危ねえ!」

な、なんだ?なにか飛んできてる?と思うと、いつの間にかロードローラがこっちへ向かってきている。

あっ、これが「ロードローラーだッ!」ってやつかあ…そんな事を考えている場合じゃない!

すぐさま横に逃げようとするも、さっきの大きい音で少し足が竦んでいる。

その隙に、足がロードローラーの下に挟まれてしまい、激痛が走る。

「ぐっあああ!」

激痛に悶え苦しみ、地面に倒れたところをロードローラがさらに踏み潰してくる…

あれ、これまさか俺…死ぬ?


ブラック企業、あんまり成績も伸びず、永遠に安いカップ焼きそばで食いつないでいく日々。特に趣味も実らずで暇すぎる人生だった。いや、強いていえば友達に異世界系について教えられてから、少しハマったからそれが趣味か。

まさか、高級なラーメンを食べるまえに死ぬとは。どうせなら最後の晩餐くらい食わせてくれよ…


周囲の人の悲鳴が聞こえる。見えていないが、下半身はぐちゃぐちゃになっているだろうか。

もう俺は助からないだろう。何もできなかったが、充実した人生だった。

いや、充実した人生だったのか?


考えている間もなく、俺は完全にロードローラーに押しつぶされて視界は

おろか、意識も途絶えてしまった。



…これは、まだ生きてるのか?

意識がなくなってから何時間、いや何分経ったのだろうか。時間なんてわからないが、とにかく自我は保っていた。

まさかの、死んだと思ったら生きていたパターン。嘘だろ、頭ごとロードローラーに

押し潰されて確実に死んでしまったはず。もしくは誰かの体に意識ごと転送されていたり?でも現実にはあんまり未練ないしそんなことをされても…

と思っていた。

だが、目を開ければそこは全くと言っていいほど想像とは違う世界だった。


「…は?」

見渡す限りの森林。辺りには聞いたこともない鳥の鳴き声や、現実と似たような植物が生えていた。

「いや…そんなテンプレみたいなもん…」

到底信じられなかったが、自分の声に違和感を感ずる。


なにかと思って手足を確認すると、明らかに先ほど着ていた服ではないし、それどころではない。視界もなにかと低い気がするし、しかも…

「…転生、かよ…」

猫耳と尻尾を持った少女の体。異世界なら、獣人と表記したほうがわかりやすいだろうか。これが自分の体。異世界転生というものにまさかじぶんがなるとは思っていなかったが、それに加えてまさか、このような猫耳の少女とは。

普通に恥ずかしい。もしこの体でなくて日本で働いていたときならば、こんなのをつけていたら恥ずか死してしまう。


「なぜよりによってこんな…こんな体…」

おそらく、周りから見たら可愛いと思われるのだろうか。今鏡がないのでわからないが。

ふと思い立つ。こういう異世界なら、なにかどうたらこうたらしたらステータス画面とか現れるはず。それで現状が把握できれば。

「ステータス…オープン!」

少し声を張って言うも、出てこない。

「…え?」

こういう系のやつってステータスを開けるものじゃないのか、普通。

失望したが、今は状況を把握しなければ。


ロードローラーに押し潰され、異世界に転生。その結果この猫耳美少女…

いや、こういうのは獣人といったほうが良い。

獣人に転生して、今ここ。

この森から脱出するのが先決。何事も、とりあえず他人に頼るしかない。

というか目が覚めたときから全身に傷があるという。これのせいで歩くときにずっと少しずつ痛みがきて歩き辛い。服装も、何かに襲われたようで

所々が裂けている。これはどういうことだ。

もしかして新しく肉体が構築されたパターンじゃなく、すでにあった死体に魂を

入れた的なものなのか?そう考えると、この体の子には少し申し訳なく思うな…


傷で痛みを感じながら森を散策していると、道中安全なこともなく魔物が出てくる。

ごく普通の狼のようだが、こちらに対して明らかに敵意を持っている。

腹が空いているのだろう。躊躇することもなく襲いかかってきた。


「ちょ、何も持ってない…」

何かを拾う暇もなく、狼に飛びつかれて食われそうになる。

「ぐぁっ…ただでさえ…痛いんだがなぁ!?」

なんとか狼を押しのけ、立ち上がって走り去る。

この体、力が若干弱い。少女の体ということもあるが、このくらいの年齢のときの

女の幼馴染でもこれより力は強かったはずだ。


息切れしながらも森を駆け抜け、なんとか森から抜け出すことができたようだ。

「はぁ…はぁ…」

疲労困憊、休憩したいがここからどうすれば良いのだろうか。よくある遠くにある

城を探してそこに向かうとか?と辺りを見渡す。

「…」

が、何もなし。先程いた森以外はほとんど草原。木が少しだけ生えているだけだった。そして馬車などが通るための舗装された道が通されている。


太陽を見れば、多分時間は昼くらい。腹が空いているようだ。

森の方を振り返るとすぐ近くに果物があったので、それをなんとか採集する。

採れたのはリンゴ、いやリンゴに似た果物。だが食べると普通のリンゴとなんら

変わらない味で、特に違和感もなく食べられた。


「…腹は膨れたけど、ここからどうすれば…

辺りに村や畑もない…馬車も…ん?」

よく見ると、舗装された道の方に一つの馬車が走ってきている。

「あれは…!おーい!」

これは拾ってもらえるかもしれない、と思い大きく声を出して馬車の人たちに

気づかせようとする。

すると気づいてくれたようで、馬車が止まって人が出てきた。


出てきた人の服装は見た感じよくある冒険者って感じのわかりやすい服装。鉄製の

プレートを胴体につけていて、防御面は強そうという印象を受ける。

「…猫又か?なんでこんなところでそんなに負傷しているんだ?」

どうやらこの傷を見て心配しているらしい。

「それが…自分にも分からなくて…さっきまでの記憶が全く…」

ここは転生したというと何か不審がられたり、よくわからないと言われるかもしれないので記憶喪失と説明しておくほうが良いだろう。


そして、

「なるほど…とりあえず、ここから一番近い街に送ってやろう。ローザス国に位置する、クラインという街だ。そこで色々とできるからな。あとそんな服装じゃ恥ずかしいから、あとで服を買ってやる。今日は機嫌が良いからな。ついでにその傷も包帯で直してやるからな。」

なんと街に送ってくれることになった。しかも服も買ってもらい、その上この傷も

包帯で巻いてくれるという親切な対応をしてくれる。


「あ…ありがとうございます!」

少し強めにお辞儀をし、馬車の中へと案内される。

馬車の大きさからしてパーティーを組んでいる冒険者だと思ったが、中には魔物から取ったと思われる肉や、魔物からドロップしたであろう宝石が。

結構手練れの冒険者なのだろう。


1、2時間ぐらい経った頃だろうか。馬車が止まり、外の景色が変わった。

「見ろ、着いたぞ。ここがクラインだ。」

冒険者の人に促され、馬車の外を姿を見られないようにそっと覗いてみると、そこは

いかにも中世チックな風景。The・ファンタジー。


「いいか、服を買ってくるから今のうちにその包帯で傷口を巻いておいてくれ。

そうやって傷口を覆うだけでもある程度効果はある。」

そう言って包帯を渡され、冒険者の人はどこかへと行った。

仕方ないので服を脱ぎ、しっかりと包帯を巻いていく。

…なんというか、あんまりこのの体をまじまじと見ながらやるのは何か、

とても罪悪感が芽生えるような。


ある程度時間が経つと、冒険者の人が戻ってきて、馬車の隙間から服を渡してきた。

「あ、ありがとう…えっと…名前は…」

感謝を伝えようとするが、そもそも名前聞いてない。

「そういえばまだ名前すら言ってなかったな。ガリルだ。」

「ガリルさん、有難うございます・・・」

まさか本当にここまでしてくれるとは。拾ってくれた人が優しい人で良かったと思う。


手渡された服をなんとか恥ずかしながらも着てみると、白いパーカーと

青いスカート、スパッツという多分ガリルさんの癖が一部入ってんじゃねえかという

感じなコスチューム。

正直すっごい恥ずかしい。

「あの…流石にちょっとこれ恥ずかしいから…ローブ的なもの…」


「ん?お気に召さなかったか?それはゴメンな。しっかり先に服の好みを聞いとくべきだったよ。ほら、少し古めのものがあるから、持ってけ。」


「え、いいのか!?」


「いいよいいよ、どうせそろそろ買い替えるつもりだったからな。」

まさかのローブまで出してくれるらしく、既に俺の中のガリルさんの好感度は

爆上がりしていた。


「…あと、金持ってないだろ?街で何かをするときは何かと金が必要なのは流石に

わかるだろ?」


「まあ、はい」

すると、複数枚の硬貨を手の上に渡してくる。

「銀貨10枚だ。これである程度はこの街で生活できるだろう。」

…この人なんでここまで優しいんだ!?ってほどに、手厚いサービスをしてくれる。


「…じゃあ、行ってくる。ありがとう。」

馬車から降りて、ガリルさんへと感謝の気持ちを伝えたうえで役所の方へと

向かう…

道中、何かと美味しそうな匂い。やはり森で食べたリンゴもどきでは

あまり腹が膨れなかったようだ。

「すいませーん!」

店の人を引き止め、売り出されていた玉ねぎのスープを買う。


置かれていたベンチに座り、スープをすするとつい

「…あったかい」という感想が漏れる。

季節はほぼ冬。だが雪解けが始まっているようでそろそろ春になるのだろう。

オニオンスープの暖かさが体に染み渡る…


「ごちそうさま、と」

オニオンスープを食べ終わり、容器をしっかりとゴミ箱に捨てた後、

この街の役所へと入る…

なぜ自分がこの体になったのか。それを知るために。

知る事ができないかもしれないが。

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