4―4

 ルーカスにとって狩りは最も得意とするところであり、今に至るまで仕損じたことはなかった……――

(なんなんだよ……なんなんだよこの村はッ!)

 ところが――一方的に有利をとれていた環境に、十数頭のガルダが割り込み、それら全てが敵に回るなど予測できるだろうか……。

「――――――!!!」

 苦し紛れに超音波を放つも、音は風の力場に遮られ、配下の頂獣との連携も断ち切られてしまった。

「「そこ‼︎」」

「ッ――」

 守りをおろそかにすればハクオウの三叉が迫り来る。黒鉄の番いは追い込まれ始めていた。

(何を間違えたってんだ……‼︎)

 裏切り者のジョンの首と、頂獣補給拠点、そして拠点を運営する達を献上すれば帝国におけるルーカスの地位は盤石となる……はずだった――

「……スパイク――」

 男の右側頭部が仄暗く輝き始める。

「――」

 到達者と頂獣の精神がより深く混じり合い、黒鉄の皮膜には幾筋もの脈動が浮かび上がる。

(この感覚は――)

 番いが纏う、ただならぬ気配をシラは知っていた。

「ハクオウ――」

「俺の全てを持っていけ‼︎」

「――――――――――‼︎」

 シラ達が反応するよりも早く、彼らは一線を越える――

(しまった……)

 頂獣の力は到達者の精神力を糧に何倍にも膨れ上がる――それが「怒り」の感情であれば爆発力は桁違いだ。

(今ここで止めないと――)

 到達者となって日が浅いシラでさえ、白磁の番いを打ちのめしたのだ。これが熟練の戦闘員ともなればその規模は計り知れない――

「「――――――――――‼︎」」

「うっ……」

 ルーカスの肉体はスパイクの首元の体毛に飲み込まれるように収まり、人と頂獣は遂に身も心も一体となる。

「「このガキ……まずはお前から潰す!」」

「!――」

(何……これ……)

 スパイクの大口から発せられたのはルーカスのものだった。

「「余所見とは余裕だな!」」

 大口はいつの間にか番いの首元に迫っていた――

「⁉︎」

「オォ――」

 紙一重で躱すハクオウ――その反応が遅ければ首元はシラごと穿孔が開いていたところだ。

「「チッ――ガルダってのは予想以上に早いなオイ!」」

「……」

 境界を超え、黒鉄の番いが放つ力は肌で感じ取れるほどに凄まじい……。

(これが到達者の高み……!)

 輪をかけて恐ろしいのは頂獣がもつ柔軟性だ。スパイクの声帯は蝙蝠のそれであるにもかかわらず、相棒であるルーカスの発声を寸分違わず再現しているのである。生体金属が人の心に応えるのだとすれば――ルーカスそのものになりつつあるスパイクの力は想像もつかない。

「「ちょこまかと逃げやがって!」」

「ッ――」

 スパイクの動きはすでに人間の感覚では捉えきれない。空間把握能力に優れたハクオウですら、紙一重で交わすのが精々で、ようやく実現した一対一の戦闘にも関わらずシラの劣勢が覆ることはなかった。

(私もを越えれば――)

「オォ……」

 シラとハクオウを隔てる精神の垣根はほとんど取り払われており、ハクオウの側ではすでにシラを受け入れる姿勢ができていた。

 しかし――

「………………」

 ハクオウの風の力は一度解き放てば最後、広範囲に及ぶ。

 敵に並ぶだけの力を解放すれば――抉れた森、切り刻まれた頂獣、酸欠で苦しむカーリアとジョン……神通力がもたらした破壊の数々がシラの脳裏をよぎってゆく――眼下に望む生まれ故郷を巻き込むことは避けられない。

(せめて森へ――)

「「もらった!」」

「⁉︎――」

 シラの躊躇いなど敵が斟酌するはずもない。黒鉄の牙は無慈悲に白銀へ迫る――

「オォ!――」

 番いが脆い分、ハクオウは補うように神経を尖らせていた。二度目の接近ともなれば猛禽の瞳は見逃さない。今度はただ躱わすだけでなく、すれ違いざまに一撃のために翼を大きくしならせ……――

「「――おっと」」

 ハクオウの見切りを嘲笑うかのように黒鉄は急停止し、そのまま上へと飛び上がる。

「!――」

 翼は虚空を掻き、隙が生まれ――

 もらった、って言っただろう――ルーカス・スパイクは今度こそ眼下で惚けるハクオウに向け口を大きく歪める。

「「――――――――――――」」

 無防備に耳をさらす白銀の番いに向け、終わりを告げた。

「――」

「オ――」

 番いはあらゆる時が止まったような感覚に囚われる。

「……」

「……」

 音が、風が、痛みが……何もかもがあるようで、それでいて感じとることができない。

(……そうか)

 ルーカスたちの能力は超音波による頂獣の操作である。彼らはその力を主に戦力の増補に使ってきたのだが……それはあくまで力の一側面にすぎないことをシラは唯一自由な思考の中で悟った。

(躊躇わなければ……間に合ったのかな……)

 黒鉄の番いが何を言ったのか、蝙蝠の耳を持たぬシラに分からない。しかし、肉体と切り離されたのを見るに、致命的な内容であることは想像に難くない。

(お祖父様……バーラさん……カシムさん……)

 シラは度々走馬灯を見てきた。そして今見ているものが己の最後の光景になることも、直感していた。

 オォ……――

(ハク……オウ……)

 唯一救いがあるとすればハクオウとのつながりが切れなかった事だ。

(アシャさん……クーさん……ヴェルさん……アムちゃん……)

 遥か上空からの落下は、生身のシラに耐え切れるものではない。ならばこそ、己の最期を見届けてくれる誰かが居ることがせめてもの慰みだった。

(お父様……)

 ごめんなさいお父様――

 私もそちらへ向かいます――

 ゴオオオオォォォ――

 感じる風は無慈悲な落下によるものか。それとも黄泉路への誘いか。渦はうねりをあげ、シラの精神を包み込んでゆく……――

「――シラ!」

「⁉︎」

 呼び声とともにシラの体に衝撃が走る。

「痛っ……」

 とうとう我が身が大地に還ったか。いや、それにしては尻餅程度の軽い痛みしか感じないのはいささか拍子抜けではないか……――

「……ここは――」

 シラの前に現れた光景は、死後の世界と呼ぶにはあまりに馴染みの深いものだった。

「ホギャア! ホギャア!」

!」

「巫女様!」

「!――」

 森の木材で建てられた産屋。その中で生まれて間もないシラと祖父と産婆たちが思い思いに叫ぶ。

(あ……あ……)

「ホギャア! ホギャア!」

 真っ赤に産声を上げると、力つき青く冷たく横たわる母の姿を間違えるはずがない。今シラが見ているのは決して忘れることのない始まりの記憶。もう何度も繰り返し見た生まれた時の光景だった。

「でもなんで……」

 ここが死後の世界でなく、走馬灯の続きであるならば現実のシラはまだ生きているということなのだろう。

「シタ……シタぁっ……」

「……」

 今更記憶の底を見たところで一体何になるのだろう。走馬灯もタネが尽いてしまったと言ったところなのか。

「ホギャア! ホギャア!」

 悲しみに暮れる産屋の中で生き生きとしているのは赤子の自分だけ。母を殺して生まれてきたにもかかわらず、大口を開けて生き汚いまでに酸素を取り込む様子にシラはいい加減辟易してきたのだが……――

「……あれ?」

 自身以外の風景は生後直後にシラ自身が見た状況のままであった。ところが、シラの精神は知らないはずの「赤子のシラ」の顔をまじまじと見つめることができているのだ。

(なんで私……を見ているの――)

 いくらシラの記憶能力が優れているとはいえ、鏡のない空間で己の顔を視認する術などあるはずもない。

 それでは、今俯瞰で見つめている赤子の顔は一体どこからやってきたのだろう――

「シラ!」

「⁉︎」

 声に向くシラ。この先の展開が乳児期の記憶通りに進行するのだとすれば……――

「お……」

 お父様――

 現れたのは夢の中で繰り返し見た、在りし日の父・バヅである。

「シラ……」

「……」

 たとえ走馬灯だとしても、シラは今際の際に父の姿を拝めたことを幸運だと思った。

 ハクオウと共に進めば父につながる。少女は最期にそれを証明できたことに満足し、走馬灯の終わりに飾るべく瞳を閉じ始めた……。

「大きくなったな――」

「!??」

 少女の瞳が大きく見開かれる。

「シラ」

「……」

 愛する我が子へそそがれる慈愛の眼差し。それは赤子のシラに注がれているはずであったのだが……――

(どう……して……)

 父の目はなぜか精神体の――現在のシラをまじまじと眺めているのだ。

「これって……夢?」

「いや、ある意味では夢のような時間かもしれないが……」

 バヅが手を振り上げると、二人を包む空間に黒鉄の大口が見下ろすように割り込んできた。敵の姿はシラたちを落とした瞬間で固まっており、この世界が現実と地続きの、瞬間の走馬灯であることを物語っている。

「本来ならあと数回にかけてハクオウの中から手助けをしたかったのだが……この世界も俺も長くは保たないらしい……」

「ちょっと待って! 手助けって……それに最期ってそんな、せっかくお父様と会えたのにそんな!」

「シラ!」

 取り乱す娘の双肩を、父はその逞しい手で包みこむ。

「シラがどんな思いで俺の事を調べてきたのかは知ってきたつもりだ。この十三年間寂しい思いをさせて本当にすまないと思っている。だが――」

 バズの姿が二つに分かれる。分け身の彼は娘をすり抜けあの日の再現へと戻ってゆき――

「生まれたんだな!」

「ア〜ウ!」

 祝福を受け、赤子のシラが泣き止む。己に注がれる初めての愛情に応えるべく、幼い手は懸命に父へと伸ばす。

「シラ……」

 父親もそれに応えるべく腕を伸ばしてゆくのだが――

「⁉︎ お前!」

 祖父はバヅが伸ばした手に刻まれた輝きを認めるとそれを弾き、シラに触れさせまいと距離をとってしまった。

「衛士長バヅよ……はぐれ頂獣撃退の任に就いておきながら持ち場を離れ、しかも神官の領域に土足で踏み入るなど……いくらお前がシタの婿であろうとそれが意味するところはわかっているのだろうな!」

「……ええ、もちろんです」

 追求する祖父の声はシラにとって初めて耳にするものだった。

「しかし長、俺は禁を破ってでも……我が子の顔を一目見ておきたかったのです……」

 払い除けられた左手を見つめるかつての父。そこには……――

「……紋章」

 バヅの左手にはシラに刻まれたものと全く同じ、翼を模った白銀の紋章が光輝いていたのだった。

「我らが槍は並の頂獣相手なら通用しますが……はぐれ頂獣の前には無力なことをお義父様も理解しているはずです」

「黙れ! お前如きに父と呼ばれたくはないわ!」

 アルバはシラをあらゆる脅威から守るべく、覆い被さるように抱きしめた。

「……巫女の宿命がシタの命を奪い……あまつさえ愛する息子まで……何がカミだ! この子だけは……この子だけは……奪われてはならんのだ……」

 赤子を包む繭のような体勢は、たとえ愛する我が子の前であろうとも弱った素顔を見せまいとする村長としての矜持が働いたためであろうか……。

「……相手はシラの気を感じ取っています。力を持った獣に対抗するには同じ力を使うしかない。シタの事は残念ですが……カミは代わりに俺を選びました。妻の代わりに俺が、勤めを果たして来ます」

 そう言い残すとバヅはアルバへ一礼し、左手で産屋の扉を開け放った。

「……いや、行くな! 待つんだバヅ!」

 顔を上げるも、父親バヅはすでに飛び出していた。

「アー!」

 赤子のシラも祖父に習い、父に向けて無邪気に左手を伸ばしてゆく。

 その瞳には白銀に輝く父の左手と――

「オオオォォ‼︎」

 まばゆい白銀の体躯を誇るガルダの姿があった。

「巫女の血統は頂獣にとって喉から手が出るほどのものらしい。そのためお産の時期が近づくと森は乱れ、はぐれ頂獣を招くことになる。

 本来であれば親娘三代の共同作業――祖母がシロガネさまと共に頂獣たちを牽制し、その隙に母親が孫を産むのが通例だったんだが……お祖母様を早くに亡くしたためにニバ村はかつてない危機に見舞われていた――」

 親子を包む景色は次第に少女の知らない記憶を映しだす。

「おおおおおおお‼︎」

「ゴオオォォォォ‼︎」

 右手はハクオウを掴みながら、左手で銀の槍を敵に向けるバヅ。両雄は精神を溶かし合うと大嵐を纏いだし、はぐれ頂獣へと向かってゆく。

「ギヤアアアアア!!!」

 嵐の化身は荒ぶる獣を天に巻き上げ、そのまま森へと投げ飛ばした。

「終わりだ!」

「‼︎――」

 白銀の輝きと共に風の刃が吹き荒れる。吹き下ろされる風は森を飲み込みながら、はぐれ頂獣を八つ裂きにし、一帯は金属質の断末魔に包まれた。

「――ッ……」

 しかし、英雄が凱歌を上げる事はない。バヅは歓声と金属音の影で静かに呻き、己の終わりを悟っていた。

「やはり…………」

 精神の結合、その引力は次第に肉体にまで及び始め、バヅの肉体はハクオウの首元へと沈み込んでゆく。

「……シラ――」

 銀の槍はバヅに応えなかった。紋章は輝くと男の体の自由を奪い、邪魔な槍を手放させる。

 ゴオオオオォォォ――

 破壊の中心には一柱のカミが佇むばかり。

 森は白銀の威光の下、再び平穏を取り戻した――

「シラも薄々気づいていたと思うが頂獣は……人間を食う」

「……」

「どういう仕組みなのか俺には見当もつかないが、基本的には番となった人間の精神力を糧とし、お互いの心が通じ合う最高の瞬間に肉体ごと鋼の中に取り込む……ちょうどあの日の俺とカミのようにな」

「……」

 ハクオウと溶け合い、力を引き出すたびにシラが覚えた高揚感……その一方で互いを隔てる壁が取り払われた時に感じたのが「成長」ではなく「怖気」だったのは頂獣の食欲を感じ取ったが故なのだろうか――

「村を守る力と引き換えに我が身を捧げる……それが大巫女の秘技の正体」

「……」

 精神体の間に隠し事はできないらしく、シラはバヅの無言が「肯定」であることを痛々しいまでに感じ取った。

「だが心配するな。巫女で無かったおかげか俺の意識は今日まで残った。シラの事は俺と……ご先祖さまが守る」

 バヅの手にはいつの間にか銀の槍が握られていた。

「神器は巫女の血統に反応して拒絶の波長を生み出す。俺には使えなかったが、シラは今までに二度共鳴現象を起こしてきた。槍の力を発動させれば敵の音波ごと打ち砕いて、シラはカミから自由になれる」

 これが俺の出来る最期の手助けだ――バヅはそう言うと娘の前に槍を差し出した。

「……」

「どうした。何を躊躇っている?」

「確かに共鳴現象の力は有無を言わさない力がある。戒めは解けて、私たちは墜落せずに無事に着地できるかもしれない……でも、そのあとは――」

 共鳴現象は人と頂獣、双方の精神に大きな負担を掛ける。シラ一人がハクオウの捕食から抜け出せたとして、黒鉄の脅威は解決していない――

「私、村に秘密会議があることなんて知らなかったし、お祖父様たちが記録に記されていない頂獣の情報を知っているなんて夢にも思わなかった。

 お父様も当時は衛士長。村の根幹に関わる秘密――大巫女の秘技についても知れる立場にあった。でも……頂獣の悍ましい秘密を知っていてもお父様は逃げなかった!」

 ゴオオオオォォォ――

「⁉︎」

 二人の間に風が舞い、走馬灯を引き裂くようにハクオウが姿を現す。

「私……正直に言うとニバ村の事が好きじゃない。冬は外に出られないし、立地のせいで大きな怪我や病気をしてもお医者さんを呼べない。何よりも新しいことが無さすぎて……村の事は九歳で全部全部覚えちゃった! こんな退屈な世界で死ぬまで巫女として捧げられるなんて冗談じゃないって今でも思っている。

 ……でも、この村で生きている人たちは大好き。不器用だけど愛情深いお祖父様に、家族同然に接してくれたカシムさんたち、私の我儘を槍で受け止めてくれるバーラさん――小言はうるさいけど村の皆はなんだかんだで私のことを認めてくれている!

 巫女でないお父様はカミに身を捧げる義務は無かった。それでもハクオウと戦う事を選んだのは村を、村に住む皆を守りたかったから!」

「オオオォォ‼︎」

 ハクオウはシラを見据えると大口を開けて猛り出した。

「……どうやら決意は硬いようだな」

「だって私はお父様の娘ですもの――」

 そういうとシラは父に背を向けハクオウに向けて一歩を踏み出した。

「オォォ――」

 カミは巫女という極上の捧げ物を前に興奮が収まらず、腹の音が鳴り止まない。

「――」

 対するシラに怯えの表情はない。力と引き換えに人を食らう獣を前にしても少女はただひたすら前へと歩み続ける。

「シラ――」

 行ってこい!――

「!――」

 背中に父の薫陶を受け、少女の手がとうとう獣へと伸びる

「ゴオオオオォォォ――」

「ハクオウ!」

 父が明かした獣の真名を高らかに唱え……――

 キイイィィィ――――――

「「⁉︎――」」

 白銀の番いの融合に呼応して神器が光り輝く。共鳴現象は黒鉄の番いにとっても無視できない不快な音を響かせてゆく。

(次から次へとこの村はなんなんだ!)

 完全融合は諸刃の剣。紋章の侵食はすでにルーカスの頭部全体を飲み込みつつあり、力の充実とは裏腹に余裕は無い。

(来るなら……来い!)

「「……――‼︎」」

 ゴオオオオォォォ!!!――

 白銀の番いは激突寸前で覚醒を果たし、ルーカスに向けて上昇を始めた。

 シラ――

「「あああああああ‼︎――」」

 シラは紋章に父の温もりを感じると神器を握りしめ、切っ先を黒鉄へと向ける。

 行くぞ!――

(お父様!)

 左手に滾るのは親娘の力。シラは父と共にありったけの力を込めて神器を投げる。

「「このっ……」」

 並外れた知覚を持つスパイクに、原始的な投擲など容易く避けられるはずのもの……――

 キイイィィィ――――――

「「ぎいいいぃぃぃっっ!!?――」」

 しかしながら鋭敏な感覚が仇となり共鳴音は番いの感覚を大きく狂わしてゆく。

「「――――――――」」

 スパイクは本能的に大口を開け、共鳴音の相殺を図る。

 イィィィ……――

 神器は力を失い、落下を始めた。

「「だあああああああ!!!」」

「「⁉︎」」

 槍と入れ替わりに現れたハクオウは、敵の開き切った大口に掴みかかった。

「「ムッッッ……――――」」

 ハクオウはそのまま敵の顎を上下に引き裂こうとするが、スパイクが持つ柔軟な組織構造がそれを許さず、関節を外すのが精一杯だった。

「「〜〜〜〜〜!!!」」

 敵の悶絶を耳にしても白銀の番いは気を緩める事なく次なる目標に向けて目線を上げる。

(……あそこだ!)

「「オオオォォ‼︎」」

 シラが決戦の場に選んだのはニバ村の北面に聳える山岳だ。

「「ゴオオオォォ‼︎」」

「「が、がが……!」」

 夏場にも関わらず、万年冠雪の険しい山岳には草木も生えず、頂獣を含む動物の姿も無い。

「「‼︎――」」

 遮蔽物が無く、操術の対象もおらず、なにより村を巻き込まない絶好の戦場に辿り着くとハクオウは地面に叩きつけるようにスパイクを放した。

「「――――――!!!」」

 痛覚もまた知覚の一つ――黒鉄の番いは鋭敏ゆえに何倍にも増幅された痛みに悶絶を隠しきれない。

「「ぐっ……」」

「「…………」」

 勝負の終わりが近いことを到達者たちは悟る――

「――――――!」

「ゴオオオォォ‼︎」

 同時に放たれた音と風。歴戦の斥候の動きが僅かに素早かったものの、巫女の決意も負けずに追いつき両者の神通力は拮抗した後に霧散した。

「くっ――」

 完全融合を果たした両者の神通力は互角。となれば勝敗は頂獣が持つ身体能力に比重が置かれる。

(何もかもがまずい……)

 同じ五メートル台とはいえ、柔軟性と回避運動が持ち味の蝙蝠・スパイクでは近接格闘に優れた大鷹・ハクオウには敵わない。敵を倒すため――そして場合によっては逃げるため――にはとにかくこの領域から脱出しなくてはいけない。

 ゴオオオオォォォ――

(この風は……)

 黒鉄の番いはニバ村を包む風の力場を悪寒と共に感じ取る。

「……」

 ハクオウと一体となったことで、シラも周囲に渦巻く風を目の当たりにした。

 山頂から吹き下ろされる突風はシラにとって冬季にニバ村を大雪で閉ざす、憎むべき逆風だった。

「オオォォ……――」

(……それだけじゃない――)

 ハクオウの呼吸と共鳴する風の流れをシラは読み解いてゆく。

 風はニバ村へ注がれると、上空で拡散し森ごと包む力場を生み出していた。力場の周辺からはシロガネ様・頂獣ガルダが好む風圧が漂い始め――それは村が神々の安息の場所になった理由を物語っていた。

(ご先祖様たちはここまで考えてニバ村を……)

 大雪はニバ村唯一の欠点である。しかしながら、この風がなければ神々の支援を受けることはできなかった。伝統に隠された想いを暴くたびに、シラは先人たちの深謀遠慮に畏敬の念を抱く。

「あなたは私が……いや、が絶対に倒す!」

 ゴオオオオォォォ――

 山風は急激に吹き荒れ、上空の大気は大きく乱れ始めた。

「「なっ……」」

 スパイクの皮膜状の翼は風に乗る事に優れているが、空を割いて飛翔する事には向いていない。反攻のための退路は暴風によって絶たれる。

(なんで……だよ……)

 帝国にとっての補給基地、理想郷を丸ごと手に入れようとしてことが仇となり――ルーカスは手に入れようとしたニバ村そのものに追い詰められ、忍耐力は限界を迎えようとしていた。

「「こうなればっ‼︎」」

 音も、飛行も封じられ、黒鉄の肉体に残された武器は大口から鋭く煌めく四本の牙である。

「「死ねえええええ!!!」」

 その鋭さは生体金属を容易に貫く。身体能力に優れたハクオウも、これを受ければひとたまりも無い。

(……見えた!)

 しかし、どれだけ動きが早くとも狙いが首筋に向けて一直線であればシラにも見切ることは容易であった。

 シラ――

「‼︎――」

 ハクオウの頭部で輝くヤギめいた巻き角はバヅが乗るハクオウには生えていなかった。

(お父様!)

 シロガネさまにとって衛士たるバヅは本来交わることのない異物である。

 そして異物であるが故に、父の想いはハクオウの生体金属を変質させ――巻き角は娘に遺された武器として輝きを放っていた。

「「だああああああああ!!!」」

 白銀の三叉は迫り来る牙を躱わすと相手の懐に向けてまっすぐ伸びる。

「「!!!!!!!」」

 到達者として高み、極星と見紛う輝き同士の衝突――その最後は白銀が黒鉄を穿つことで幕を降ろした。

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