3―5

「改めて自己紹介をするわ。私はカーリア。相棒は狼型頂獣フェンリルのグラウよ。同盟では調査員として活動しているわ。そして――」

「……ジョンだ。相棒は虎型頂獣バイフーのサーベル。戦闘員だ」

「同盟……外の世界では巫女――到達者が組織化できるほどありふれているんですか?」

「その質問は半分イエスで半分ノーね。総人口に占める到達者の割合はここと変わらないくらいね。同盟に所属する到達者は私たちを含めて二十人前後。これでも集団としては第二位の規模なの」

「二十人……」

 村ではハクオウ一体ですら持て余しているというのに、目の前の組織はジョンとサーベルのような訓練された番いが数十人規模で纏まっている――

(私はそんな恐ろしい人たちに喧嘩腰で行こうとしていた……)

「……そんな怖がらなくても大丈夫。ジョンとサーベルは別格よ。二人みたいに力(・)を使えるのは数人だけ。同盟の多くは私みたいにからっきしね……」

 そう言うとカーリアは左大腿部を摩り始めた。その手つきはまるで古傷をいたわるようで表情も僅かに暗い。

「外の世界にもは存在していると聞きます。となると――」

「ええ……私たちはあまり歓迎される存在では無いわね……」

 どこから話すべきか……カーリアは中を見上げシラに向けて慎重に言葉を選んでゆく。

青い惑星ブルーアースでは古くから人間と頂獣が共存してきた。ところが唐突に二つの種族を巻き込んだ大戦が起こって……それから人類は努めて頂獣から距離を取ってきた」

 頂獣に触れてはならない――これはニバ村最大の掟であると同時に、記録すら残らなかった大戦の恐ろしさを今に伝える不問律であった。

「けれど、頂獣は人間の都合に関係なく本能で動く。私はある日突然グラウに襲われて、番わされてしまった」

「……」

 シラの脳裏にあの日の出会いが蘇る。これだと決めた人間に狙いを定め、番を得た高揚感と共に湯水のように湧き出る力をぶつけてゆく、あの恐ろしい体験を――

「ニバ村みたいに人と頂獣が共存できる環境があれば違うのだろうけど……ある日いきなり巨大な鉄の怪物に見初められて、それから一日中付き纏われていたら、元いた居場所から孤立せざるを得ないわ。だからって生まれ故郷を抜け出しても……経緯はどうあれ掟やぶりの番いを受け入れてくれる集団はそういない。

 古くから到達者だなんて大袈裟な名前で呼ばれているけど、一対の番でできる事なんてたかが知れているわ。だからこそ私達は同盟を作る事にした。到達者同盟は意図せず掟を破ってしまった人々の新しい居場所。今もどこかで目覚めてしまった仲間に手を差し伸べるために、私達はより多くの手が欲しい。だから私は同じく到達者であるシラさんにも仲間になって欲しいと思っている」

「……」

 素性のわからぬ人間の話を鵜呑みにするほどシラは子供ではない。まして相手は外の世界からやってきた。その気になれば外部の事情に疎いニバ村の人間を騙る事など造作もないはずだ。

「……お二人の人柄を見れば嘘をつくような人じゃないと思います。私はカーリアさんの話を……到達者同盟なる集団の理想を素晴らしいものだと思います。私も巫女という立場が無ければ勧誘の話を受けてもいい。私の力が広い世界の人々の助けになるなら喜んで活動に加わりたいと思いました」

「じゃあ――」

「――ですが!」

「オオオォォ――」

 風と共に留置場が軋む。

 期待に見上げたカーリアの顔を突き放すように、シラの表情は硬く研ぎ澄まされてゆく。

「理想の高い穏健な組織がなぜ我らが同胞を拉致するような真似をするんです?

 商人達の格好を見れば事態の深刻さは伺えます。のっぴきならない事情があって、その中で彼らの命を救ってくれたことには村の代表として感謝を申し上げるべきことだと、頭では理解しています。

 とはいえ村には村の事情がある。商人達が道中捨てざるを得なかった物資はニバ村が冬を越えるための生命線です。山越えだって限られた時期以外に大型頂獣で荒らすように行えば森の頂獣たちの縄張りに大きな影響が出ます。商人達が血で描いてきた森の抜け道を大幅に書き換えざるを得ない事態になれば、最悪の場合出稼ぎを行えず、村は数年のうちに寒さと飢えで滅びるでしょう。

 子供の私とは比べ物にならない程経験豊かなお二人であればそれぞれの場所に優先されるべき事情があることをご存知のはずです。一歩間違えれば我々を滅ぼすようなことを何故行ったのです!」

 双肩にかけられた期待、そこに巫女として、村の代表者としての薫陶が込められているのはいうまでもない。

「……」

 カーリアとジョン、二人の来訪者と対面し、状況を俯瞰したことで出てきた疑問はシラ自身も驚くほどになものだったのだが――

(二人の根が善性だからこそ、この問題は避けて通れない……)

「お嬢ちゃんが言う事はもっともかもしれんが、俺たちが滅茶苦茶にしなくても、そう遠くないうちにこの村は滅びるぜ」

「‼︎――」

「ちょっとジョン! あなたって人は――」

「なるほどニバ村の立地はそう悪くない。失われた時代の哲学で設計されたとなれば納得できるところもある。戦そのものを避けるために、あえて頂獣の森を棲家にするとは肝が据わっているぜ。

 ただこの村の人間は引きこもりすぎたな。時代は今大きく移ろい始めている。到達者にとって頂獣の森などものの数に入らないことは理解できるよな」

「……」

 たった二組の番いが集団を率いて境界まで辿り着いた。そしてジョンが示すそれ以上の脅威とは何か……――

「……同盟よりも規模が大きくて、好戦的な集団が……」

「お嬢ちゃんは察しが良くて助かるぜ。そうだ。今青い惑星ブルーアースではレイギウス帝国と名乗る集団が同盟を上回る勢いで勢力を拡大させている」

 ジョンは左胸の衣嚢から折り畳まれた紙片を取り出し、テーブルの上に広げてゆく。

「……!」

 シラは商人達と交流する中で何度か外界の地図を目にしたことがあったが、ジョンが広げたそれは村が持つどの地図よりも広大であった。

(これが……ニバ村……)

 狭い村であることは常々意識してきたものの……いざ実物を見せられては言葉が出ない。図面に浮かぶ理想郷の姿が山中の点としか認識できない事実は尚更シラにとって衝撃的だった。

「……ここはよくヤギ乳を卸している市街地で、砂漠地帯の交易地は両替で利用している所……そしてここが問題の歓楽街――」

 それでもと挑むようにシラの指が地図を撫でてゆく。

「そう。そしてこの付近で勢力を拡大しているのが――」

 レイギウス帝国――シラとジョンの言葉が重なり、二人の視線は赤く塗りつぶされた地形へと向いてゆく。

「過去の反省は必要なことかもしれんが、現代の人間は到達者のことを頭ごなしに否定しすぎたのさ。人と頂獣が存在する限り到達者は生まれ続ける。その事実に真っ直ぐ向き合って、失われた歴史を掘り返す努力をするべきだった。

 ところがどいつもこいつも一辺倒で否定から入っちまう。誰からも必要とされなくなった人間が行き着く先は『復讐』だ。帝国人の芯には『覚醒によって排斥された経験とそこからくる恨みの感情』がある。そんな人種が力を手に入れたら最後、勢いは止まらない。今まで日陰に押し込まれていた連中が発散の場を手に入れた。伝統派がどれだけ巧みに隠れようとも、帝国は草の根分けて炙り出し、復讐を遂げるまで止まらない……」

 ジョンは一度言葉を区切り、視線を格子窓へと向けた。

「……カーリア、俺はお嬢ちゃんを同盟に迎えるのは反対だ。少なくとも、今の番いじゃこれからの戦いで足手纏いになる」

「!――」

「ジョン!」

「相棒の力を引き出せていないことはお嬢ちゃんも理解できているところだ。そうだろう」

「……っ」

「もう一つ問題がある。外敵を寄せ付けない頂獣の森が今回は裏目になっている」

 視線は窓に向けたまま、ジョンは右胸の衣嚢から紙片を取り出し無造作に投げ出した。

「……手配書?」

 テーブルに落下した紙片を見てシラは怪訝そうに呟く。

「私たち同盟は事件のあった歓楽街、ネアの街に用心棒として雇われていたの。ネアは帝国に狙われていて、その中でも要注意人物としてマークされていたのがこの男、ルーカスよ」

「……!」

 帝国斥候ルーカスと相棒頂獣のスパイク――手配書にはルーカスなる男の人相書きと、番いの特徴が簡潔にまとめられていた。中でもシラの目を引いたのは、禿頭の右側頭部に刻まれた紋章だ。蝙蝠の翼めいたそれはまるで一つの生き物のように脈打ちルーカスに寄生しているかのようだ。輪をかけて悍ましいのはルーカスの目……侵食を受けているにも関わらず印刷の中の男は挑発するように落ち窪んだ瞳を爛々と輝かせているのだ。

「こいつの相棒、蝙蝠型頂獣カマソッソの能力は音。あいつらの音は厄介なことに頂獣を操る。幸い番いの状態であれば影響を抑えることができる。相手が一体であれば俺とサーベルの敵じゃないんだがね……」

 ジョンは森の中で反射する頂獣の輝きに顔を顰めた。

「あの日同盟はルーカス含む帝国兵を撃退した。ネアの街がブルーシティだったのが幸いしたな。地下に埋蔵された鉱石・ブルーが持つ頂獣を退ける力のおかげで籠城戦に持ち込み、戦力差を覆せたのが大きかった

 だがそれでも……奴だけは仕留め損ねてしまった。帝国の人間は執念深い。その中でもルーカスは輪をかけて最悪だ。あいつは回復次第同盟の痕跡をしらみ潰しに追うだろう。その中にはもちろん――」

「……ニバ村も含まれている」

 訓練された到達者同士の戦闘、その激しさは森での一戦の比では無いだろう。縦横に広がる白虎の雷と、黒鉄の蝙蝠が放つ悪意の音波――その中を掻い潜るように逃げ出すとなれば出戻った商人たちが着の身着のままだった事も説明がつく。

 商人たちはニバ村の存在が外部に漏れないよう出先では細心の注意を払っている。だがしかし、命の危険を前に掟が霞む事だってあるだろう。相手は斥候。もしルーカスが商人と同盟を示す証拠を発見したら最後――

「ニバ村の周囲にはほとんどブルーが無い。頂獣にとっての楽園はルーカスにとって徴兵し放題のスポット。交戦状態に突入したら最後、村は一瞬のうちに包囲される。

 それに帝国にとってもこれだけ頂獣が生息している場所は見逃せないだろう。同盟が同士を募るのと同じくらい、帝国も兵力増強に余念がない。俺がルーカスならこの一帯を頂獣の補給基地に変えるだろうな」

「補給……基地……」

(村が……基地に――)

 先人たちが争いを避けるため、長い旅の果てにたどり着き、心血注いで切り開いてきた理想郷、ニバ村。シラにとって鳥籠のような地形と伝統によって取り仕切られる営みが息苦しいものだったのも事実だが――

「そんなこと――」

 させない!――

「オオォォォ!!!」

 立ち上がるシラ。紋章からは白銀の光が溢れ出し、留置場は嵐に包まれる。

「頂獣に触れていないのにこれだけの力を⁉︎」

「――」

 アルバの教え、カシム一家との団欒、バーラとの稽古……いや、それだけではない。巫女として慕ってくれる人々はもちろん、シラを快く思わない人々も含め、ニバ村のあまねく全てがシラを作り上げた重要なものである。

(私がお父様だったら――)

「私が……村を守ります!」

 シラ――

「オオォォォ!!!」

 父のこだまに重なるようにハクオウが吼える。

「……その根拠は」

「ハクオウは村の守護神たるシロガネさま。そして私は村とカミをつなぐ巫女。私たちの使命は初代大巫女の頃からカミと共に村を守る事にあります」

「やめておけ。は『大空の覇者』の異名の通り優れた能力を持っていることは間違いない。だが村が戦場になれば戦力差は絶望的だ。こちらは三、相手は無数ときた。鋼の大群相手に特攻を仕掛けるなんて馬鹿馬鹿しい」

「ニバ村には……大巫女の秘技があります。初代大巫女はその力で一度に複数のカミを従えました。戦力差は覆せます!」

「で、見習い様はその力を継承できているのか」

「それは……」

 顔には出すまいと食いしばるも、弱まる風が回答だ。ジョンはシラを見据えて大きくため息をついた。

「俺たちは商人たちにも帝国の脅威について同じように説明した。場合によっては村を捨てる必要性についても、だ」

「!――」

 冗談じゃない!――シラは両目を見開くとジョンはもちろん、カーリアにも猛禽めいた視線を向けた。

「……シラさん、落ち着いて聞いて。到達者は確かに力を持っているかもしれないけど、みんながみんなジョンのように戦えるわけじゃない。ハクオウに弄ばれた私たちがいい例ね。同盟の仲間の多くはジョンやシラさんみたいに自在に力を発揮できず、巨大な獣といった具合よ。

 質の高い到達者のみで構成された集団は歴史の中でもレイギウス帝国が初だと言ってもいい。一度防衛に成功したところで、第二波、第三波に襲われれば――私たちが戦闘直後に強行軍を敢行したのは帝国の力に耐えられないから。同盟は今総力を上げてネアの街から人々を逃がしている。悔しいけど帝国に目をつけられた時点でその場所は崩壊したようなものなのよ……」

「……っ」

 環境を変える程の力を持った獣たちが、闘争本能をむき出しにして衝突を繰り返す。それも命懸けで……ネアの街の被害、その一端はあの日の商人たちを見れば明らかだろう。

「……それでも――」

 風はまだシラの背中を押している――

「私は……力を破壊のためだけに使うような人に村を壊されたくない!」

 シラは槍を握りしめると、それを支えに居住まいを正した。

 巫女の決意に応えるように、神器はシラの手に馴染み、肉体も心も支え出す。

「叫べば倒せるほど敵は甘くないぞ」

「だとしても、私は巫女として最後まで義務を果たします」

「……」

 ジョンは改めてシラの全身を見つめる。

(……見た目だけのお人形さんだと思っていたが――)

 血統由来の特異な銀髪と、汚れ一つない巫女衣装は紛れもなくである事を示している。そんな少女が口にする、決意など綺麗事だと、普段のジョンなら一笑に付すのだが――

(この立ち姿……槍の技術はハッタリでは無さそうだし、気骨も悪くない。それに――)

 オオォォォ!――

 シラとハクオウが秘める潜在能力は、戦闘員の視点から見ても原石であることは疑いようがない。

「……一週間だ」

「……⁉︎」

「相手は一週間もあればこの場所を特定できる。それまでに『大巫女の秘技』とやらを身につける覚悟はあるか?」

「もちろん!」

「だったら話は決まりだ。今から一週間、俺たち同盟二人が到達者としての基礎をみっちり叩き込んでやる。戦うにしろ、逃げるにしろ、今のまま暴走するようじゃ足手纏いだ。せめてその刃が守るべき相手に向かないよう死ぬ気で努力する気はあるか?」

「――」

 シラは手に持つ槍を背負い、起立の姿勢で客人たちを見据える。

 そして――

「よろしくお願いします!」

 そのまま深く頭を下げた。

 こうしてシラは到達者同盟という頂獣の力を識る先達を得た。

 頂獣の力の先に大巫女の秘儀がある。シラの足取りはあの日の父をたどるようにまた一歩未来へと踏み出した。

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