3―3
「……」
穂先を鞘に収めても、槍が持つ恐ろしさ自体が消えさるわけではない。なるほど刺し貫く機能は失われるとしても、長さと遠心力が生み出す破壊力が石突に乗れば人骨は容易に砕け、鞘の上からでも眼球や喉といった柔らかい部位を打てば刺突と変わらない。
「……」
衛士の領域、独特の緊張感が漂う訓練場の上でシラとバーラが向かい合う。
「……」
「……」
「……始め‼︎」
「!」
審判の合図とともにシラは前へ出た。
「はあぁぁっ!」
達人たるバーラ相手に小手先の技は通用しない。故にシラは素直な打撃で仕掛けてゆく。
「――」
シラが繰り出す技は直線的で、バーラで無くとも彼女と同年代の男子であれば容易に見切れる程度のものだ。
「――」
バーラはその場から一歩も動かずにシラの一撃を柄で捌いた。
「ッ……ヤアッ!」
「――」
「ハッ!」
「――」
シラが打ち込み、バーラが捌き……互いの槍は対話を重ねるように闘技場で音を響かせ合う。
「シラ様も飽きないなぁ……こう言っちゃなんだが、師範から一本取れるはずないだろうに。今日も不動のまま終わるぜ」
シラがバーラへ神器を返還しようとする試みは他の衛士達も知る所であった。
シラの槍捌きは女子にしては筋が良いと彼らも思う所である。巫女見習いの修行の合間を縫っては毎日バーラに食い下がり、最初は満足に構えられなかった槍も今ではシラの体の一部になりつつあった。
「ダアッ!」
「……」
それでも、衛士同士で質の高い訓練を重ね、私的な時間すら自主鍛錬に注ぎ込むバーラには遠く及ばない――
「――」
例え相手が巫女であろうと、衛士長は忖度せずに槍を捌く。
「いや……今日はいけるかもしれないぞ……」
「ヤアッ‼︎」
あいも変わらず繰り出される真っ直ぐな一撃。バーラは見飽きたとばかりに片手で捌こうとするも――
「――⁉︎」
受けた柄が僅かに歪み、バーラは慌てて槍を両手で握りしめる。
「‼︎――」
シラは「しめた!」と足を鳴らすと、勢いのままに刺突の連撃を繰り出し始める。
「シラ様の動きってあんなに良かったか?」
「光るものは持っていただろう。多分あれが火をつけたんじゃないか?」
衛士の一人が視線を打ち合う二人から訓練場の外へと移してゆく。
「……」
そこには衛士たちに厳重に警備された留置場がある。中にはもちろん件の男女二人が拘束されていた。
シラがもたらした発見はニバ村にとって衝撃的なものだった。
商人たちの早すぎる帰還と、その手引きをしたと思しき来訪者――ニバ村には外からの客人が立ち寄った記録は無かった。村の設計思想は外界と距離を置くためのものであり、山奥の、しかも頂獣に囲まれた森ともなれば並の人間が踏破できるはずもない。森を行き来できるのは頂獣の縄張りに知見のあるニバ村の商人か――
「……」
監視する衛士の視線はたびたび、男女二人の身に刻まれた紋章をなぞっていった。
(人と……頂獣が……――)
頂獣の背に当たり前のように跨る異邦人の姿はニバ村の掟を逸脱してあまりあるものだ。非常時に駆けつけたアルバはすかさず彼らに降りるよう要請し、番いとなる頂獣もまた村内に入れないよう激しい剣幕で詰め寄った。
「ええ、もちろん」
「……まあ、そうなるだろうな」
意外なことに彼らは慣れた様子でアルバに従い、相棒から降りては、それぞれ森の中へ下がるよう指示を出した。
(大巫女様以外にも頂獣と繋がれる人間がいる‼︎)
ニバ村はシロガネさまをカミと崇める習慣を基礎としてきた。森の頂獣から村を守ってくれるシロガネさまは畏れ敬うべき存在であり、白金細工の言葉を理解できるのはハクの血を受け継ぐ大巫女だけだと考えてきた。
ところが……突如として現れた来訪者の外見は村人の基準から見ても平凡なものであり、また頂獣との距離も崇めるカミどころか己の家族にするような砕けたものであった。
(これを公開するのはまずい……)
衛士たちはアルバの剣幕を本能で理解し、処分が決まるまで身柄を拘束することに決めたのだった。
「……」
ところが……身柄を押さえたのはいいとして衛士達は来訪者達をどのように扱うべきか見当がつかなかった。というのもニバ村の人々は概ね善良であり、長い歴史の中で拘束を伴うような逮捕劇など無かったのだ。
(だからといって……)
相棒を得た頂獣がどれだけ恐ろしいかを衛士たちは身に沁みて理解している。下手に手を出せばどのような報復が待っているのか――本音を言えば槍術が効かない存在を相手にすることなど戦士たちは考えたくもなかったのだが――始末が悪いことに、力を持つ側の二人は彼らの意を汲み、進んで拘束を受け入れてしまった。立て続けに常識を打ち破られ、衛士たちは何が正解なのか未だに答えを出せていない。
(……――)
事態は内々で処分するつもりだったものの……狭い村で秘密を守る事は難しい。まして二人は商人でない村人にとって初めて外の世界を「直接」感じさせる存在であった。日に日に来訪者の噂は広がり、今では村中が浮き足立っている。
「ハアッ!」
シラの鋭い一振りがバーラの槍を強かに撃つ。
「!――」
(間違っていなかった――)
槍にシラの意気が乗せられ、勢いはさらに増してゆく。
父・バヅに直接繋がる発見こそ無かったものの……大巫女ように頂獣と繋がれる人種がほかにも存在するという事実は、当事者であるシラにとって一つの光明だった。
(これでお父様に近づける!)
シラはハクオウと繋がるたびに父の声を耳にしてきたが……それと同じだけ暴走状態に陥ってきた。
「ハッ! ヤアッ――‼︎」
あの日以来、シラの脳裏には虎型頂獣に組み伏されるハクオウの姿が深く刻み込まれていた。
(あの人たちは力の何たるかを理解している!)
奉じるカミが打ち破られたにも関わらず、シラの中で探究心が湧き立って止まない。
はぐれ頂獣から村を救った大英雄は森へと姿を消した。その跡を追い、外界に触れたことでシラは僅かながらも答えに近づいている確信を得た。
「はああああああ!!!」
(このまま――押し切る!)
白銀の軌跡は大胆にもバーラの喉元へまっすぐ伸びてゆく。
「……」
シラが放つ渾身の一振りをバーラは冷めた表情で見つめていた。
なるほど勢いには優れているものの、狙いが素直であれば見切るのは容易い。稽古時間も残り僅か。衛士長は返しの一撃をもって少女のわがままに一区切りつけようとした――
「――……⁉︎」
ところが――軌跡は手応えなく空を切る。
「な……」
勢いづき、前へ前へと迫っていたはずのシラの体はいつの間にか神器とともに後退し、バーラの見切りを躱していたのだ。
「シラ様が……」
「変化を⁉︎」
「……」
シラは稽古の中で直線的な動きにこだわってきた。
言葉を用いないバーラと唯一対話できるのが槍の打ち合いであり、真正面からぶつかっていけば自分の意思を押し通せると、シラは思っていた。
(槍が軽い――)
充実が才覚を刺激したのか、シラは生まれて初めて槍を振るう喜びを感じていた。
軌跡に乗せるは不満でなく心意気……シラは好奇心のまま、「変化であれば一泡吹かせられるはずだ」と、今まで使わないでいた技を披露し――
「――!」
(今!)
そして再び前へと出る。軌跡はまっすぐに、バーラの隙へと伸びてゆき――
「!――」
羽ばたきのような横薙ぎが空を切る。
「!??」
(な!……)
音とともにシラの体が浮き上がる。その凄まじさは衛士たちも驚嘆するばかりだ。
「やっぱり師範の勝ちか……」
「……」
シラが見せた変化は間違いなくバーラにとって予想外なものだった。だがしかし、素人の変化につけ込まれるほど衛士長の看板は軽いものではない。バーラはすぐさま切り替え、返す刀でガラ空きになったシラの側面を打ったのだった……――
「いや、結構な前進かもしれないぜ――」
「え?」
「っ……」
槍を支えにシラは半身を起こす。バーラの一撃は巫女であろうと容赦なく、巫女服の内側に痣を残していた。シラは痛みに立ち上がることができず、苦悶の表情を浮かべるばかりだったのだが――
「どうだ、槍を振うのは楽しいだろう」
「!!?」
声の主にシラはもちろん、訓練場の全員が顔を上げる。
「変化は悪くなかったが、やはりシラ様にはバヅと同じ素直な槍の方が似合う」
バーラは口を開いては、シラの槍捌きを感慨深げに語ったのだ。
「お父様と……同じ!」
思いがけず耳にしたありし日の父を求めて、シラは痛みも忘れて起き上がる。
「……――」
男の口は再び閉じ「稽古は終わりだ」と背を向けてしまった。
「……――」
そして、バーラは去り際にシラへ「神器は預けました」と視線だけ送った。
「……」
シラは自身の手と槍を交互に見つめる。
(お父様の……槍)
銀の槍をあるべき場所へと、当てつけるように続けてきた試みが意外な形で身を結んだ事にシラはただただ身を震わせていた。
今なら山おも動かせる――シラはそう確信すると訓練場を後にした。
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