ソナタが流れるままに

釣ール

人生は誰かに決められる戦いではない

 まったく。

 現実でバケモンが出れば自分が今持てる力で対処しないと意味がないとは。




 どろのような粘膜ねんまくで夜の都市をうろつく大昔のフィクションで出ていたらしい魚人ぎょじんに似た生物が今日も特定の人間にのみ分かる暴れ方で困らせていた。




「こんな夜中に歩く子供をおそうなんて人間に良くいる変態へんたい真似まねか?」





 もう何度も戦っているから生物から言葉はない。




 そもそも人間の言葉は分かっても話せるかまでなんて考えたこともなかった。





「情報が出回る人間社会でよく立ち回っているよお前。 もちろん俺の前では無力だけどな」





 悔村本残かいむらほんざん

 二十歳男性。

 一般人ではないが特別な人間でもない。





 指令があれば生物を撃退げきたいする民間人みんかんじん





「トレーニングには最適さいてきだ。 って子供の前では言っちゃダメか!」





 うおおおおおお!

 武器を持つことは禁止されているが粘膜ねんまくふうじればいつも通り。






 あとはこぶしでどうにかする。

 武器が使えないならそれしかない!





 激闘げきとうてバケモンを追い払った。





「お兄ちゃんすごい!」





「ははっ。 軽いものだよこれぐらい! っつぅぅぅ。 致命的ちめいてきな攻撃をよけることに集中したからか使わない筋肉が痛い」





 ほめられたつぎは「大丈夫?」と心配された。




 こう見えてお兄さんプロファイターなんだぜと言えなくてこの子の親に連絡をし、生物については内緒ないしょにしてもらった。





人手不足ひとでぶそくでリアルB級きゅう化け物退治たいじ。 ボランティアじゃないから私たちもある程度の報酬ほうしゅうはあるものの。 割に合わないとはこういうことかも」





明美あけみ! 気持ちは共感できるからあまり大声で言うな! バレたら今までのトレーニングなんて可愛いくらい余計に仕事増やされるぞ!」





 スレてるわけじゃなくて負けず嫌いの菫兜明美すみれぶあけみは女子ファイターなのに留守番ばかりやらされてストレスがたまっている。





 変わってほしいと男の口からは言えなかった。

 別にプロファイターだからってこんな仕事やらなくても良かったのだ。







 ただ『魚霊撃退班うおざるげきたいはん』契約時に班のツテにマスメディアがいて上手く編集してくれれば知名度アップにつながると考えたから俺たちは手伝っているだけだった。





 それに近所から不審ふしんなうわさがあって、明美あけみが言うように治安を守るために人手がいるのも事実。





 まさか本当にあんなバケモンがいるとは。

 感触かんしょくも着ぐるみとはちがってガチのうろこだった。






 ああいうのが現実になると途端とたんに生々しくなる。

 フィクションはいつだってお綺麗きれいだ。

 昔は知らないけど。






「そういえばさかなれ…魚霊うおざるだっけ? 都市内で調べている人達が多くいるみたい。 しかも撃退班げきたいはんは他のプロファイターもやとってる」






 ただでさえ他団体に散っている立ち技業界で血の気の多い人達に手柄てがらを横取りされたらせっかくSNSを使わなくても地域の信用を得てきた本残ほんざんたちの活躍もパーだ。






「本当に怖いのは人間か。 試合で見せてほしいよそういう気持ちは。 ま、分からなくもないけど」






 明美の情報網じょうほうもうはあちこちで女子会でもやっているのか対象範囲たいしょうはんいが広い。






 だから明美あけみは留守番を任されているとはとても言えなかった。

 役割分担が出来れば良かったがジムではほとんどが本業や学業に出ていて空いているのが二人しかいない。






 スーパーヒーローなんていない現実を改めて生きていると本残ほんざんたちは現実を突きつけられる。






「そういえば魚霊うおざる達の活動領域かつどうりょういき極端きょくたんに低い場所がある」






 なんだと?

 駆除くじょは禁止されているはずなのに。






唐椒三橋とうしょうみつは選手が独断どくだん魚霊うおざるを倒しているみたい」





「そんなことしたって現代じゃ何のプラスにもならない。 正体は分からないが生態系せいたいけいくずれれば俺たち人間の生活も維持いじできない。 だから俺たちはあのバケモン達を撃退でとどめているのに。 酷暑こくしょ活性化かっせいかしたクマだって人里ひとざとは危険だと知らせるために発砲許可はっぽうきょかが出るまで勝手な行動は出来なかった事実が報道されたはず」





 明美あけみは口にはしなかったが唐椒三橋とうしょうみつは選手のプロフィールを手渡してくれた。






 個人情報にはふれていない内容だったが気になる話が見つかった。





「分かりにくいヒントを用意してあるなんて。 格闘技はいつからサスペンスになったんだ?」





 悔村本残かいむらほんざんは彼の元へ移動する。





 いちおう試合前とはいえ、いつ代わりに出場を任されるか分からないうえに住んでる地域で魚霊うおざるが現れたらトレーニングに時間をさけられないのに。





 車を出して唐椒三橋とうしょうみつは選手の元へ行く。

 正確には彼のジムへ。





 接点せってんはないが魚霊うおざるを守り、唐椒三橋とうしょうみつは選手の〝怒り〟に興味がいたのだ。






 出動する時にまるで夜ご飯をつくるとなりの家から流れるにおいとともに名前の分からないソナタが聞こえた。





 本能もピアノの流れも同じなのかもしれない。

 芸術にはとことんうといけど。






 余計な考えをふりはらって車で出動した。





▽二人で生き抜くために





 DKだんしこうこうせい生活ももうすぐ終わりか。

 食欲の秋になったとはいえ酷暑こくしょのせいで実感がわかない。




 プロファイターになって進路を真剣に考えた。






「いいよなあお前は。 夢に向かって進んでて。 俺なんてなんにもやりたいことないから適当に大学合格した」





「ふざけんな! こっちは就職だ! 周りから今どき学歴じゃないとか学歴だとか誰も助けてくれないくせに命令ばっかりされるだけの毎日だ」





「そう決めつけんなって二人とも。 無責任なことは言わないから最後の高校生活楽しもうぜ。 今日おごるから」






 すると二人の友人は割り勘でいいよとハモっていた。

 そこだけはちゃんとしてるのか。






 卒業したら免許取っていつの間にか二十代楽しんでるのかもしれないなあ。俺たち。






 今日もジムで練習だ。

 ただ、もう一人心配な人がいた。






唐椒三橋とうしょうみつは選手。 今日も思いつめてどうしたんですか?」






 気がついたら子供の頃にそばにいてくれた先輩ファイター、唐椒三橋とうしょうみつは






 二十歳男性だ。

 高校はちがったけど色々とたよりになったなあ。






 最近はあまり話しかけてこない。

 兄弟みたいに関わっていたのに。





 それはそれで自分の時間が使えるから良かったけど最近は少しちがった。






「またSNSの誹謗中傷ひぼうちゅうしょう? って軽く聞いたつもりではなかったけど逆に重く話したら悪いかなって」





「悪いな英賀はなき。 最近地下水道がにおわないかなって」






 何を馬鹿なことを。

 先輩だから言わなかったが地下水道がどうってなんだ?

 そんな会話今まで先輩もふくめて誰とも話したことなかったのに。






「地下がにおうって業者の怠慢たいまんでしょ? 地下か地上かは分かりませんが…ってその怪我けがなんですか? 明らかに試合で負うようなやつじゃない!」






「出るんだよ。 魚のばけものが」






 話の流れからすると戦ってるってこと?

 魚のばけものと?





 怪我けが軽傷けいしょうに見えるけど紙を触ったとき、たまにできる切り傷みたいなものってことはヒレにやられたってこと?






 何と戦ってるんだ?

 ガチなのか?






「この一件にお前を巻き込みたくない。 これから俺を見かけてもうたがったままでいてくれ」






 お言葉通りにしたいところだ。

 でも男子高校生、英賀はなき好奇心こうきしんまさった。






「俺、全然弱くないこと知ってるでしょう?」






「これは遊びじゃない。 それにお前をちゃんと卒業させたい!」






 もう下手に血がつながってる兄弟より熱いじゃないか。

 だからカメラをかまえた。





「むかし動画で収益しゅうえき考えて勉強したけど挫折ざせつしちゃって。 俺、労働大嫌いだけど先輩のかっこつける姿はもっと見てられないなあ」





 どこで覚えたそんな技術って言われた気がしたけど正体をあばいてやろうぜ俺たちで。






 魚のばけものさんよ!







▽やられるままじゃ終わらない





 羅山醒夏らざんさまそは怒っていた。

 試合で悔村本残かいむらほんざんと戦うために練習してきたのに、その前に流れた別の選手との試合で顔が良い相手を団体はプッシュすることを選んだのだ。






 自慢じまんでは無いがビジュアルでは羅山らざんも負けていないはずだった。






 試合後ならまだしも試合前で相手変更。

 理由もイレギュラーだったから羅山らざんはやり場のない思いを拳でどこかへぶつけたかった。






 そこで地下にある生物が生まれているらしい話を知る。






 試合で忙しいのに金に目がくらんだ選手たちは副業ふくぎょうで化けもん退治にご執心しゅうしんだ。






 あわれなものでしかない。

 俺は違う。

 かならず恨みをいだいたやつの首かどこかをとって勝ってやる!

 羅山らざんはかつてインターネットの掲示板ではげましてくれたニートらしき人のガッツポーズ理論を思い出して前を向いた。





 それでもうわさの化けもんのことは気になってくる。





 そこで羅山らざんはひとりで化けもんを探そうと都内で目星めぼしとなる場所をつきとめ、侵入しようとすると






「待て」





 制止せいしする声のほうをむくとやつがいた。



悔村かいむら? なんだよ。 お前まで副業か? 俺のライバルのくせに」






 いつもなら低身長コンプなんてありませんと言わんばかりの優男やさおとこをよそおっていた悔村かいむら冷淡れいたん口調くちょうで説明しはじめた。






「良く言われる。 金がかせげてないから副業ふくぎょう異人種いじんしゅいじめごくろうさんって。 動物か人間か半々の生き物による暴力被害は自己責任だったり、保護団体による圧力で手が出せず子供たちや一般人が割を食っているんだ。 だから手が空いた時に俺たちが理由をつけてとして戦ってるパフォーマンスだといつわって戦ってる。 殺人や侵略しんりゃくまでしない魚の姿をした異人種いじんしゅは蚊に刺された程度の認識しかされてなくて活動もさかんじゃない。 この地域で異人種いじんしゅ撃退許可を得るまで苦労した。 死者は出ていなくても傷をおう人々は増え続けている。 明るみにならないよう俺たちは異人種魚霊うおざるをおさえ続ける。 それだけだ」





 人助けってわけか。

 長いんだよ説明が。いや、言い訳か。






 すると唐椒三橋とうしょうみつは選手らしき人間もかかわっていた。





 そしてもうそばにいる男子高校生は玉乃英賀たまのはなき選手か。






 これじゃ羅山らざん野次馬やじうまぜにゲバに思われるじゃないか。




「お前ら試合で見せろよそういう部分はよ。 どうせ上澄うわずみでとりつくろってくるくせによ」




 羅山らざんはくやしかった。

 格闘技に身をとうじる人間として試合だけできないこの不景気ふけいきな世界で。




 団体や競技きょうぎちがいで



「お前らの仕事を楽させてやるよ。 俺がその魚霊うおざるって化けもんをたおしてやるよ」





 悔村かいむらたちをふりきって地下水道へとマンホールのはしごをおりて戦いにむかった。






「馬鹿だと言われてもかまわない。 金と正義におぼれるあいつらとは違うってことを見せつけてやる!」





 途中、はしごから手をはなして内臓ないぞうがふわっと浮かぶ感覚と恐れをもちながら地下へと落ちていく羅山らざん





 中にもすでに格闘家なのか選手らしき人はいて、羅山らざんに気がついた瞬間しゅんかん彼が飛びおりる場所をよけた。





「お疲れさん。 魚霊ばけもんは俺が倒す!」






 じゃまするなよ。

 羅山らざん一心不乱いっしんふらんに奥へと進む。






 排泄物はいせつぶつやネズミの姿がみえるなど汚い場所だが魚霊うおざるのマーキングはすでにされていて、他のやつらはうかつに動けないのかもしれない。






「ここまで丁寧ていねいに追いつめておいて何もできないか。 さぞかし強いんだろうなあ」






 現場にいた悔村かいむらの話だといつでも解決できそうな口ぶりだった。






 要領がよく、正義感があるムエタイファイターのあいつが倫理りんりなんか気にしてるのか。





 優等生ぶりが鼻につく。

 この地下水道のにおいよりも!






 こうなったら俺が倒すしかない。

 丁寧にしるされた化けもんがいる場所の奥へとようやく羅山らざんはたどりついた。






「ウガァ」






 へえ。

 半魚人はんぎょじんって本当にいるんだ。

 ひまなときにみるホラー映画だけかと思った。






 不思議とリングで人間と試合をする時よりも怖くなかった。





「お前がどんな保護を受けているのかどうかなんて関係ねえ。 他のファイターがお前らを稼ぎに利用しているのが許せねえからここで消えてろ」





 羅山らざん魚霊うおざるへと立ち向かう。





 情報はほぼ持ってないから手探りで戦うしかない。






 素手だとしても頭をねらえばどうだってなる!

 魚霊うおざるへのヒレ攻撃をよけ、腹やあごに攻撃を続ける。






 よろけていそうだったがやはり人間じゃない以上、羅山らざんの攻撃をものともしていなかった。






 いつもそうだ。

 自分の攻撃がなかなか相手にかなくて判定になってしまう。






 上手く戦っているつもりだったんだが。

 魚霊うおざるの攻撃をよけ、ねらったカウンターがあたってもだんだん魚霊うおざるはものともしなくなった。





「化けもんめ」





 さらに顔をつかまれ、腹筋をなぐられる。

 倒れた羅山らざんを地面へたたきつけたあと魚霊うおざる羅山らざんをけりとばした。





「がはっ!」






 結局こんな化けもんにも勝てないのか!

 危ない生き物なんだから退治たいじすればいいのに。






 そこは人間が一枚んでるか。

 くそっ。






「ここにいたかあんた」





 魚霊うおざる追撃ついげきをふせいだ男がいた。





 悔村本残かいむらほんざん唐椒三橋とうしょうみつはとその後輩、玉乃英賀たまのはなきか。






「お前らは手出しすんじゃねえ! その化けもんは俺が倒す! てめえらいい子ちゃんの出番じゃねえ!」






 こんなところで負けを見せてたまるか。

 すると悔村かいむら魚霊うおざるを慣れた手つきで動きを止める。






「クゴッ」





 俺があんなに苦戦したのに。

 唐椒とうしょう魚霊うおざるの弱点をついた。





 くそっ。

 なんで俺だけ。





 いつも美味しいところを!





 そこで玉乃英賀たまのはなき羅山らざんに手をさしのべた。





「事前情報は知っておかないと。 あと俺たちはあなたを助けに来ただけです」






 くっ。

 どうやら魚霊うおざるを相手にしている場合じゃなかったようだ。





 羅山らざん悔村かいむらたちと共に地上へと戻った。





*





 まさかここまでプロファイターたちが化けもんこと魚霊うおざるについて知っているとは。





 知らなかったのは俺だけか。

 羅山らざんは恥ずかしくなってその場にいると汗が止まらず熱が出そうだった。





「お前たちとの戦いはカードが決まってからリングで相手してやる。 階級を変えたらどこかで魚霊うおざるを利用して一緒に捕獲ほかくしてやるよ」






 魚霊うおざるについて話を聞いてもしっくりこなかった。






 羅山らざんが今後、魚霊うおざるについて関わることはもうないかもしれない。






▽エピローグ





 悔村本残かいむらほんざん到着とうちゃくした頃には魚霊うおざるはもう特定されて地下水道に目印を立てられていた。






 唐椒三橋とうしょうみつは選手と玉乃英賀たまのはなきの先輩後輩コンビも魚霊うおざるたちのことを知っていて、一緒に魚霊うおざるの動きを止める予定だった。






 何も知らなかった羅山らざんにあばれられはしたものの、魚霊うおざるとの戦いはまだまだ複雑化ふくざつかしそうだ。





 そこで唐椒三橋とうしょうみつは選手は悔村かいむらに拳をつきだした。





「あんたも戦ってたんだな。 俺よりもはやく」





 君は思ったよりも友情派だね。

 悔村かいむらは少し苦笑いしながら拳をあわせる。





「君たちの協力が得られるのなら心強い」





 玉乃英賀たまのはなきは二人の間にはいり、魚霊うおざるの写真をみせた。





「ってわけで都内に数多くいるらしい魚霊うおざるをまた止めにいこうぜ」





 やっぱり高校生か。

 まあ、高校生最後くらいはこんなノリでもいい…のかな。





 悔村かいむら羅山らざんともいつか共闘きょうとうできるよう、話し合いに機会をもうけるために今日も副業と街の人を守るトレーニングを忘れないよう検討けんとうした。





 また晩御飯のにおいとソナタらしき音楽が流れている家の前を通りながら。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソナタが流れるままに 釣ール @pixixy1O

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ