第2話

 ……色々と分かった。……いや、全然分からないけど、分かったこともある、っていうのが正しいな。

 まず最初に、俺はこの部屋に勝手に侵入した訳ではないらしい。……良かった。


 俺はどういう原理なのかは全く分からないけど、この男……石塚遥人いしづかはるとという人物に転生か憑依(どっちかは分からないが)してしまったらしい。

 最初は家名がある、ということでこの国での権力者かと思ったのだが、別にそんなことは無いらしかった。

 よく分からないが、この国では誰であっても家名があるらしい。……どころか、貴族という制度も無いみたいだった。


 


 そして、遥人は明日、俺が夢にまでみた学園……いや、学校の入学式らしい。

 ……本物の遥人という人間がどうなったのかは分からない。

 もしかしたら、俺の今のこの状況は遥人の意思なのかもしれない。

 ただ、もちろん違う可能性もある。

 もしもこの状況が遥人の意思じゃなく、遥人の体に無理やり憑依か転生をしてしまっている状態だった場合、すごく申し訳ないとは思う。でも、でも、だ。……平民なんて立場上、通いたいと考えはしても、絶対に無理だと諦めた学園に、今の俺は通えるかもしれないんだ。

 ……この体の元の持ち主が何らかの形で現れたら直ぐに体を返す。

 そう約束するから、一度だけ……一度だけでいいから、学園に通うという夢を叶えさせて欲しい。

 ……前の人生じゃ絶対に叶わなかったことなんだから、許して欲しい。


 ​──ピリリリリリリリリ


 そう考えたところで、そんな感じの大きな音が聞こえてきた。


(な、なんだ!? な、何か罠にでも掛かって……って、いや、違う。記憶を見る限り、この世界には魔法なんてものも存在しなかったはずだ)


 反射的に構えてしまっていた魔法を解いて、ベッドの上に置いてあった平たくて四角いものを手に取る。

 このスマホ? って物から鳴ってる音のはずだからだ。

 昨日、遥人がこのスマホというものにアラーム? というものを仕掛けていたらしい。

 朝起きる為のものだそうだ。

 ……窓から外を見る。


(朝と言うには、随分と遅い気がするけどな)


 いや、俺たち平民の朝が早かっただけで、貴族や王族からしたらこれくらいの時間が朝だったのかもな。

 そう考えたところで、部屋の扉が突然バンッ! と音を立てて勢いよく開いた。


「お兄ちゃん! まだ寝て……って、あれ? 起きてるの? お兄ちゃん」


 かと思うと、綺麗にまとめられた長い黒髪の少女がそんなことを言いながら部屋に入ってきた。

 ……危なかった。

 魔物の襲撃でも起きたのかと思って、魔法をぶっぱなすところだった。

 この世界には魔物も居ないらしいのに。

 

(と言うか、この子は誰だ? 遥人の記憶を見る限り、こんな子のことは知らないぞ?)


 お兄ちゃん、と俺を呼んできているから、多分妹なんだろう。……視界の端に見える限り、俺もこの子と同じで黒髪だし。

 ……つまり、全ての記憶が見られるわけじゃない、ということか。

 よく考えてみれば、確かに、今見れる記憶が遥人の全ての記憶だとするのなら、少なすぎるな。

 遥人は今が16歳らしいし、これが16年間の生きてきた記憶というのは流石にありえない事だ。


 ……それは分かった。

 ただ、問題はここからだ。

 俺はこの子の記憶が無い。……つまり、名前が分からないんだ。

 どうする? まさか馬鹿正直に俺が遥人という人間では無い、だなんて言ったって、頭がおかしくなったと思われるだけだろうし、そもそも、俺は本物の遥人が帰ってきた時のために、俺のわがままで迷惑をかけないようになるべく遥人として生きようと思っているんだ。そんなこと、言えるわけが無い。


「起きてるのなら、おはようの挨拶くらいしてよね!」


「あぁ、そうだな。おはよう……妹よ」


 明らかにおかしいことは分かってるけど、これくらいしか思いつかなかった。


「ぷっ、何よ、妹よって! 私にはちゃんと綾音あやねって名前があるんですけど〜?」


 どうやら冗談だと思ってくれたらしい。

 ……良かった。いきなりバレるところだった。

 

「そうだったな。ごめんな、綾音」


「? ……お兄ちゃん、何か変わった?」


「えっ? い、いや、そんな事ない、と思うぞ?」


「そうかな? ……まぁ、でも、今の方が良いと思うよ! 朝食出来てるから、早く来てね!」


「お、おう……?」


 そう言って、綾音は笑顔で部屋を出ていった。

 ……取り敢えず、なんとか切り抜けたらしいし、俺も綾音に着いていくか。

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