2.火曜日・(前編)

 ある火曜日の夜。優しい声色で笑う男性の音が響く深夜1時過ぎ。

「随分と馴染んでしまったな」

 ドラマみたいな出会いというには余り陳腐とも言える二人はあれからお互いに仕事の話などをあのベンチで喋りあうようになっていた。内容もくだらない新の愚痴や紗枝佳の苦労話や芸能ゴシップなどで互いに近すぎる人には言えない内容だからこそ奇縁な他者に寄りかかっていたのだ。

「…どうしたの、急に」

 彼女は不思議そうに首を傾げてこちらに目を向ける。表情からもこちらを心配しているの伝わってくるが、その感情の矢印が呆けた今の自分の思考であるという事実に焦ってしまう。

「いや、変な態度を急にすまんな。ただこのベンチでこの並びもしっくりし始めているのに思えばびっくりしちゃってな。」

「なにそれ...ふふっ可笑しい」

「おい。そんなおかしいか」

 からかわれたのがむずがゆくて新は横に置いた缶コーヒーに手をつけて煙草に火をつける。そうすると紗枝佳は沈黙の合図だと察してラジオの音に耳を傾ける。

 もうあれから2ヶ月が経ちお互いに境界を掴み始めていた。





「そういや、今日は随分とフォーマルな恰好だな」

 ラジオがCMに差し掛かったタイミングで新は彼女に切り出す。

「うーん、もう大変。今日は会社で音楽特番があったんでこんな格好でいなきゃいけなかったんだよぉー」

 そう言う彼女は「ふぅー」と息を吐いてる姿から見るに相当タフな現場だったのだろう。彼女の普段のゆるりとしたパーカー姿ばかり見ていたので、紺色のスーツを身に纏い、化粧も普段よりしっかりとしていることからも余程気を遣う現場なのだろうと新は感じていた。

「同期が初めて重要な仕事任されたからね、「私にも手伝える事があったら言って。」っていったけど。そもそも私はバラエティー班なのになんで音楽番組の演出助手とかしっかりとした役職やらなきゃなのよ。」

 結構なお怒りの様子を見るに急な話だったのだろう。頻繫に会うようになり知った、普段のふわふわしているがどこか気丈な振る舞いをしている姿は鳴りを潜め、疲れからか雑味が見えるのが可笑しくて思わずニヤっとした新に即気づいたのか紗枝佳は持っていたペットボトルで腕にぐりぐりとする。

「ほんとに普段会わないような大人ばかりに囲まれてやりづらくてしょうがなかったわ」

 「まあこれで普段の環境の有難さを身に染みたんじゃないか」

「ちゃんと普段から感謝してますよ~。もう他人事だからって、少しは「君は充分頑張ってるよ」とか言える立派な紳士にでも参考にしたら」

 呆れてた声色で呟く。紗枝佳も本気で言っている訳ではないが随分とからかわれたが故に言い返したくなったのだ。それに対して気にも留めずスマホを眺める。

「まあお疲れさんってことで...はいプレゼント」

「...何に急に変な気起こして」

明らかに警戒した態度をする紗枝佳に、‘失礼な‘とぼやきながら鞄を開き茶色の紙袋を取り出して紗枝佳の前に差し出す。まるでアメリカの弁当袋のような雑味のある袋に警戒しながら袋を開くと。

「…!?わぁ~可愛いい。何これ木馬」

取り出されたのは赤色に色づけられたきで木で彫られてた馬の人形だった。

「あぁ。これはダラーナホースていうあっちの工芸品で日本でいう招き猫的な意味合いらしい。」

「へぇー、でもなんでこれを私に?」

素っ頓狂な紗枝佳に新は「おいおい。忘れたのかよ」と呆れた様子である。

「この間会った時に出張でスウェーデンいくってって言ってただろ。その時に「お土産の一つでも買ってきてくれるスマートな男であってほしいなぁ~」とか言ってただろ。そこで担当人にオススメされて、なら頭に思い浮かんだ図々しい奴へのお土産にでもって考えただけだ。」

完全に頭から抜けてたらしい紗枝佳は最初は惚けていたが徐々にニタニタと笑みを浮かべる。

「意外と私がよく言うスマートな大人ていうの気にしてたんだぁ~」

「別に気にしてねぇーよ」

「噓だぁ~。やっぱ気にしてたんだ」

「そんなこと言ってるなら返せ」

煽りに少しムッとした新を見て「うそうそ。本当に嬉しいよ」とすかさず感謝を伝える紗枝佳。新に改めて渡されると大事そうに眺めているのが子供のように嬉しそうで新も安堵を感じていた。

「まあ喜んでくれたなら良かったよ」

「うん。ありがとうね」

新はどこか恥ずかしくなってきて上着を脱いで、飲み切った缶をゴミ箱に捨てにいく。何となくその場で空を見上げる。

全然違うのにあの日見た夜空を思い出した。

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