1.月曜日・後編

 夜も深まり、時刻は2時に回ろうとしていた。スマホから流れる音が沈黙を埋めて流れる。今聞いていたのはどこかのご様子伺うポッドキャストだ。新は少し心地よさに甘えて無視しすぎたのかもと横を覗くと彼女も気に入っていたようであったが、新は会話しないのも流石に忍びなくなったのか切り出す。

「彼ら好きなんですか」

「好きですよ。勿論前のコンビ名の頃から追いかけてましたよ!!」

「おお、やっぱお笑いは好きなんですね」

 明らかに反応の良くなるのを見てホッとする。

「やっぱり元々好きだったのもあるけど、仕事にすると余計にアンテナを張っちゃいますね。」

 「ということは、バラエティーをやってる感じですか。」

 「そもです~これでもバリバリですからねぇ」

 彼女は自身ありげな笑みに新は少し羨ましさを感じてしまう。

 「いいね。凄く活力に溢れてるのね。羨ましいよ」

 「新さんはないんですか?」

 ちょっと意地悪な返しをサラッと収められ気まずく煙草を吸う。

「まあ今はちょっとね...。だからここだけが唯一の癒しなんだよ。」

 誤魔化し方が下手だなと思いつつ、追及してこない辺りが彼女なりの気遣いだろうなと感謝だなと反省していた。

「新さんはいつもここにきてるんですか」

「そうだよ。基本的に毎日じゃないけどこの時間はいて今みたいにラジオ聴きながら煙草を吸ってるかな」

「ラジオは垂れ流しなんですね。イヤホンとか付ければいいのに」

「イヤホンは耳が塞がるのが苦手でつけれないんだよあ」

 新の悩みが変だったのか「ふふっ」とツボにはいった様子。新も「誰もいないしいいいだろ」というと彼女はもっと笑いだした。

「酷いな。そんなに変だったのか。」

「変ですよ~。現代人の必需品レベルなのに。」

 そうやって彼女は「へーん」と呟き続ける。酔いが結構回っているようだ。

「そういう新見さんは苦手な事とかないのかな」

「私はなーいですよ!!。完璧な淑女、皆が羨望の眼差しで見つめる存在。会社ではイケイケの若手って立場なんですよ。」

「今の酔った姿だとそうとは見えんな。」

 彼女は痛い所を突かれたのか足をバタバタさせながら「今日はイレギュラーですって」と不満気に答えた。

「まあ弱点はないとしても人間だし悩み事くらいあるだろ」

 新からしたら当然の返しであるが、何故か彼女は暫く黙ってしまう。

 会話を切り替えるか少し考えたがまあ待つかと海を見つめてまた一服する。



 ポッドキャストはとっくに次のエピソードに入っていた。

 彼らの息つく暇もないトークの隙間に少しの海の音、そして彼女はそっと口を開いた。

「弱点ないって言いましたけどやっぱりあれ噓です。本当は色々ダメダメでして、今日ここに来た理由も失敗の悩みがあったからだし...。」

「へぇー。そうか」

 明らかに空気が変ったため、スマホを手に取り、ポッドキャストを停止する。

「・・・私さっき彼氏に振られたんです。」

 新はなんとなく彼女の行動と雰囲気から予想はしていたが当たるとなると話は変わってくる。

「そうだったのか。お疲れさんだな。」

「まあなんとか大丈夫です...原因も私にありますし。」

 紗枝佳は苦笑いを浮かべた。無理してるのが伝わり、新はどうにかまず膿となる感情を出そうと考えた。

「新見さんが思ってる原因を聞いてもいいかな」

「大丈夫ですか。折角の時間を私のお愚痴に付き合ってもらって」

「まあなんかの縁ですし、関係ない他人のが聞きやすいともね」

 新はそう言い反応を伺うと、彼女の目元に赤みが帯びていて言葉を紡ごうとするも上手くまとまっていないのだと、手をあわあわとさせている。落ち着きを取り戻すと紗枝佳は控えめに口を開いた。

「...まあ私の落ち度てのは凄くよくある話なんだけど仕事に時間を注ぎすぎて私生活を疎かにしちゃったのね。それでちゃんと話す時間を作れなくて相手に別の人作られて、それに気づいて言い合いになちゃって逃げられちゃったてかんじ...」

「確かに結構よくある話だけど男女逆なのは珍しいなぁ。」 

「まあ仕事とのバランスは難しい議題だなぁ。結局は相互理解だろうし。」

 サラッと返答する新だが、正直彼自身も仕事を言い訳に恋愛してないために内心ずしんと心に刺さっていた。

「最近自分の企画が通るようになってきて、担当引き継いだ番組でもイベントが計画したりと完全にこれはキテるって感じてたし~頑張りすぎちゃてたのかな...」

 紗枝佳にとって今年は夢へのチャンスの年だったのだろうがやはり私生活はどうしても乱れしまうのだろう。この東京まちではありふれた話ではある。


 新からしたら心底羨ましい限りだった。彼女は全てに向き合っているのが発言や表情から伝わり、人間的な経験の差をグッと感じ申し訳なさすら感じていた。

「素直に言えば羨ましいな、仕事に目標があってちゃんと恋愛もして、どこのドラマのヒロインだよって。率直に思っちゃいましたね」

「・・・!!。別にそんないいものでもないですよ。もう感情ぐちゃぐちゃですし、初めて会った人に恥ずかしい姿みられまくってるし~。」

「まあちゃんと立派ってことですよ。まあそれに恥なんて赤の他人の俺だし問題ないですよ。」

 新と紗枝佳はお互いに何となくあった距離感みたいなものがなくなっていっていた。

「じゃあさっき海に何かしていたのは。」

「あれは...ペアリングで貰ってたのを思い切り投げちゃいました」

 彼女の予想外且つ大胆な行動に新も思わず笑ってしまう。それに彼女は怒ったように肩を叩かくがそこに力はこもっておらず照れ隠しなのが伝わってくる。随分とお重たい空気は消え去っていった。



「そろそろ帰りますか。流石に長居になったですし明日も各々ありますしね。」

「もう家であれなんで仮眠室に行くかぁ。明日なんて嫌になちゃいますね~」

 お互いに立ち上がり周辺の片付けをして、自転車を押して道路に歩き出す。

 別れにお互い何か言おうと察したのかスッと向かい合う。

「なんか何を言えばいいかね。ではまたいつかとか、」

「確かにちょっと恥ずかしいですね、まあ今日は色々付き合って頂いて貰ってありがとうございました。」

 照れくさそうにそう言う彼女は「では」と言い、振り返り歩き出す。

 新も反対方向に自転車を乗り出そうとしたが再び彼女の方を向く。

「また、気が向いたらこの場所、この時間にいるので。」

 彼女は声に気づくとこちらに振り返り彼の前までに戻ってきた。そして彼女はスマホを取り出して少し操作した後に彼に画面を見せる。

「えっーと、どうすりゃいい?」

「linkのバーコードですよ。いつも来れる訳ではないんですよね。私もすれ違いたくないですし。」

「ああそうだな。」

そうして操作進めて、改めてお互いに会釈し別れる。新は改めてスマホを取り出し画面に映っているプロフィールを確認してしばらくしてポケットにしまい、自転車で動き出す。


今日の出来事は不規則で突拍子もない出会いであったが、それは二人の日常に何か変化をもたらし、それは東京まちに溶けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る