月明かり、水面とベンチで。
Serius9
1.月曜日・前編
東京の夜、といえば喧騒と煌めきなどという偏見は酷く食傷気味に感じる今日だが、それすら噓のような静寂の中で一人ベンチ佇む男。
これはそんなありふれたお話なのでしょう。
ここは東京の外れ、海の見える公園のベンチで男が一人佇む。
「もうそろそろ胃薬も効かなくなるだろうな」
溜息混じりに灰皿に吸い殻をしまい、また一本に火をつける。夜も12時を超えて人もまばらである。
「はぁ~、それにしても今日は堪えた。スケジュールが誤作動でぐちゃぐちゃになるとかほんと不吉すぎるな。」
「松沢さんもいい加減上に言えないからって俺に逃げないで欲しいよ」
目の前の海に向かい愚痴をこぼす。生まれこの方この
「明日も今日の処理をしなきゃいけないと考えると...」
そんな憂鬱を水面に吸い込ませるように見つめる。これが彼、
そして静寂を忘れるようにラジオを流す。辺りはすっかり人の影などない。
そんななんでもない夜のはずだった。
「あーーーーなんでよぉ」
それは突然の出来事だった。
目の前を横切り柵に近づくひとりの女性、周りなど気にも留めていない様子で海を見つめるろ突然腕を振りかぶった。
「おりゃぁああああああ」
何かキラリと光るものが宙を舞い、放物線を描き漆黒に消えていった。
「よし、やっとスッキリした。さあさあ忘れよあんな男...!?」
彼と目が合ってしまう。女性はやっと彼に気づいたのか、みるみる顔が赤くなっている。
「あーっと...見ていない」
「いや~無理があるでしょ」
咄嗟に外したはずががっしり気づかれていたらしく気まずい表情を浮かべてしまう。
「まあ~いいですよ。もう投げ込んでスッキリしたし、お酒で気分はフワフワ
ですし~忘れてあげますよ~」
「そりゃどうも」
「なんかつれないなぁー」
女性は酔っているらしく明らかに表情が緩く、言動もおぼつかいところから新も周囲を確認するが同行者の影はなく一人なのだろうと考慮すると新にとって現在の状況はとても厄介だった。
「とりあえず水買って来るのでベンチにいてください」
彼はすぐ近くの自動販売機へ行き、水とついでに自分缶コーヒーを買い急いで戻る
「はい、これでも飲んで!」
「あざます~」
と新から水を受けとり、どうにか落ち着いた様子になった。面倒に感じたが彼としても無下に扱う訳にもいかず、まずは色々聞き出そうとする。
「一応聞くが一人で来たのか?」
「仕事場が近いから歩いてきたんだ。」
「はぁー・・・こんな夜更けに女性が一人では危ないだろ、」
「まぁ...ね」
彼女は少し新から視線を逸らす。表情から察するに何かしら悩みだろうかと。
少しの静寂が流れる。
「まあ大人だし大丈夫でしょう。うん。そうだろうな」
「そうそう。立派な社会人ですよぉ~」
「立派な社会人はやけ酒しながら、海に物を投げにこないと思うがな」
新の嫌味に対して女性は「ぐぅー」と弱弱しい唸り声を上げると、逃げ場所を求めるようにその場を見回して、ベンチに向かい歩き出した。
「さぁここ座ってお喋りしましょ」
「元々、俺が座ってたんだが」
新は振り回されてる現状に少し疲労を感じたが、「まあもう少しいるつもりだったしいいか」と歩き彼女の隣に座る。
「自己紹介しましょ。私は
「へぇー」気の抜けた返事をする新に不満気な表情を浮かべる紗枝佳。「次はあなたの聞かせて」としっかりと催促されてしまう。
「自分は若松新です。仕事は物流関係の会社に日々身体を削ってます。」
「なんでそんな捻くれた返しなんですか~」
「毎日、キリキリ舞いなんでね。昔はそれはそれは清らなか心を持っていましたよ」
怪訝な視線をぶつけられ、逃げるように胸ポケットに手を伸ばし、一本に火を着けて海を見つめる。
ここで気づく。隣、女性、煙草。完全に失敗したと焦りの表情を浮かべ「すいません」と情けなく呟く。
「別に大丈夫ですよ。煙草は慣れているので。」
「そうですか。今時珍しいですね」
「芸人さんに急遽話に行く時、結構喫煙所なこともあるので慣れちゃいました。」
「そうですか。なら遠慮なく。」
そう言って彼は再び海に視線を向ける。彼女も合わせて海の方を向く。傍から見たら気まずそうな沈黙、しかし二人にとって波の音、月の光、静寂。そのすべてが何故だか心地が良かったのだった。
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