第19話 つかまえた♡

 それから少し時間が経ち、二限終わりの昼休み。


 三限に向かった幸喜を見送り、僕は大学構内のとあるベンチにて、一人でため息をついていた。


 本当にどうしよう……。


 嫌々ではあったものの、幸喜にはさぁ姉と礼姉の話を正直にした。


 合コンでは友達だと嘘をついていたこと、昔から近所に住んでる仲の良い姉的存在だということ、そして二人がアラサーだということ。


 そしたらまあ、案の定奴は悔しげに、涙目で僕を睨んできたけど、これは元を辿れば幸喜が悪い。


 マッチングアプリでママ活男子設定にして勝負をかけろ、なんて言うからさぁ姉と礼姉に変な火を灯させたんだ。


 僕は悪くない。……うん。たぶん。


 とりあえず、そうやって主張することで、どうにかこうにか喜幸は渋々納得してくれた(実際はどうなのか怪しいが)。


 夜道には気をつけろよ、なんて言われもしたけど、それはあいつの冗談だと思う。


 こんな感じで、僕は幸喜を躱し、ただいま一人で懊悩中というわけだ。


 坂岡さん……昨日の夜連絡してないの怒ってるかな……。


 土曜日ドタキャンするわけにもいかないし……。


 ……やっぱり、筋を通すには僕から法学部の方へ出向くしかないか……。


 決意し、ベンチから立ち上がった刹那だ。




「あ……。い、一前君っ……!」




 いきなり女の子に名前を呼ばれ、僕は体をビクつかせてしまう。


 しかも、その声というのも聴き覚えのあるもので、僕が目指していた女の子のものととても似ていた。


 ま、まさか……。


「…………っ……!」


 予感は大当たりだ。


 そこにいたのは坂岡さん。


 いつも通り上品で清廉な雰囲気を漂わせ、美少女具合に拍車をかけるようなファッションスタイル。


 改めて、夢か何かなんじゃないかと思ってしまう。


 お詫びとはいえ、こんな可愛い女の子からおでかけの提案をされるなんて。


「ぁ……さ、坂岡さん。こ、こんにちは……」


 精一杯笑顔を作ってみるが、果たしてそれが違和感のないものかどうかは怪しい。


 彼女の表情も固く、頰を引き攣らせて苦しそうな作り笑い。


 出会って間もないのに、気まず過ぎる空気が流れていた。


「お、お隣……座ってもいいですか……?」


「あっ……! ひゃっはっ、はいっ! どどっ、どうぞっ!」


 ズザザッ、と素早くスペースを空ける僕だけど、かなり端っこに寄ってしまった結果、9対1くらいで坂岡さんに多くのスペースをあげてしまった。


 これはこれで良くない。


 傍から見たら、なんか僕が坂岡さんを拒否してるようにも映る。


 もっと彼女の方へ寄らないと……!


「ふぇ……!?」


 身を寄せると、今度は坂岡さんが頰を朱に染めて動揺し始める。


 今度は近づきすぎたかもしれない。


 謝って距離を取ろうとするけど、通りがかった女子グループ数人から抑えめの声でキャーキャー言われてしまった。


 恥ずかしすぎる……。


 適切と思われる距離をなんとか取り、僕は静かに謝った。


 坂岡さんもうつむき、真っ赤になった耳を覗かせて、小さな声で謝ってきた。「私の方こそごめんなさい」と。


 でも、いつまでもこんな気まずい空気だけを漂わせてるわけにはいかない。


 話すべきことを話さないと。


「……あの、坂岡さん。昨日、僕にLIMEのアカウントIDを教えてくれたじゃないですか?」


「あっ……! そ、そのことなんですけど、あれは私が悪くて! い、いきなり連絡先を渡すなんて気持ち悪かったですよね!? 本当にごめんなさい! 一前君に迷惑をかけるような嘘をついたのに、さらに嫌な思いをさせるようなことを……!」


「い、いやいやいや! そんな! 坂岡さんが謝ることなんてないし、この件に関しては僕が本当に悪くて最低なんです! IDの書かれたメモを紛失するなんて!」


「……へ? ふ、紛失……?」


 ポカンとする坂岡さんだけど、僕は謝罪を続ける。


「昨日の段階で連絡できなかったことも、昼休みになってすぐに坂岡さんへ言いに行けばよかったんです。でも、それもできなかったし、色々不安にさせたかもしれませんし……」


「……」


「い、いやでも、さすがに不安にさせたとかは僕の自惚れかもしれません! 聞かなかったことにしてください!」


「……」


「とにかく、早く謝りに行けばよかったんです。紛失したことも含めて、本当にごめんなさい……」


 頭を下げる僕と、沈黙のままの坂岡さん。


 向こうの方からは笑い声が聞こえてきて、僕たち二人の間に流れてる雰囲気とはギャップがかなりある。


 流石にこれは許してもらえないか……?


「……そう……だったんだ。そういうことだったんだね……」


 一転して、落ち着いた声音で言う坂岡さん。


 僕は頷くしかない。


 だって、それは間違いなく事実だから。


 ……だけど。


「……よかった……てっきり嫌われてたのかと思ってた……」


「……え?」


 蚊の鳴くような声で何か言う坂岡さん。


 それが聴こえなくて、僕は疑問符を浮かべるんだけど、


「何でもないです。安心しました。あのメモ用紙、紛失されただけだったんですね」


「安心……?」


 紛失されただけ、という言い方も気になる。


 坂岡さんはそれほど気にしてないってこと……?


「大丈夫です。そんなに謝らないでください、一前君。メモを無くされたのなら、それはまた私が教えればいいだけなので」


「……許してくれるってことですか?」


 僕が問いかけると、彼女は緊張の解けたような笑顔と共に頷いてくれる。


 一気に気持ちが晴れやかになった。


「許すも何も、そんなの一前君は悪くないですよ。誰でもミスはありますし、何かを失くしちゃうことだってあります」


「さ……坂岡さん……」


 何て良い人なんだ……。


 雰囲気も柔らかく、優しくて感動してしまった。


 坂岡さんと付き合える人は幸せ者だろうなぁ……。


「でも、仮にですけど……」


「……?」


「仮に、もしも私に交際してる方がいて、その方が他の女の子と遊ぶために私からの贈り物を無きモノにしたとなれば、その時は……」


 ……あれ。


 なんかちょっと坂岡さんの雰囲気がおかしい気が……。


「交際している方に対して、少しコツンッとお仕置きします。もちろん、二度とそんなことができないようにした上で」


「あ、あぁ〜……そ、そっかぁ〜……」


 違和感を察知し、自分の体が少し震えてるのを感じる。


 これは……さぁ姉と礼姉が本気になった時のそれと似てるぞ……。


「ですが、一前君はそんなことしない方だと信じてますので、もう一度アカウントのIDを教えますね。よろしくお願いしますっ」


「は、はい……! 了解しました……!」


 半ば強制的にスマホを出すよう言われ、その場でアカウント情報を交換。


 交換した後、坂岡さんは僕の顔をなぜか意味ありげにジッと見つめて、


「……つかまえた……♡」


 いたずらに舌を出し、いつもの雰囲気と違う感じで僕にそう言ってくるのだった。

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