第18話 ガンギマリの目
翌日、僕は大学の門をとある人に見つからないようこっそりくぐり、敷地内もコソコソと早足で歩いて授業のある講義室へ向かう。
昨日の夜、坂岡さんには結局連絡できなかった。
理由は明白で、さぁ姉にアカウントIDが書かれたメモ用紙を破られたからだ。
ほんと、坂岡さんにはなんて言ったらいいんだろう。
正直に『別の女に破られたんですよねw』とか言えるメンタルがあればいいんだけど、残念ながら僕はそんなもの持ち合わせていない。
色々考えて、言えるとするならば『転げた拍子に溝に落としちゃってw』くらいだと結論付けたものの、朝起きてそれもどうなんだろうと改めて思い始めた。
やっぱり、そこはもう裸一貫『アラサーで昔から良くしてくれてる近所のお姉ちゃん二人が大好きなんじゃ!』と答えようか。
でも、そうは言っても、まだ僕あの二人に好意を伝えてないし、本当に伝えていいのか悩んでる節があるからなぁ……。
そもそも、本気ならどちらかを選ばないといけないだろうし……。
坂岡さんは、いったいどういう意図で僕にIDを渡してきたんだろう。
やっぱり……気に入ってくれた……っていうことなのかな……?
「い、いやいや……! 僕だぞ……!? そんなことあるわけ……! 絶対からかおうとしてるだけだって……! 『簡単に陰キャ童貞釣れましたwww』みたいな感じでさ……!」
完全に自分の世界に入り込んでいた。
建物の中の通路で、一人壁に向かってブツブツ呟く僕。
傍から見たらそれは確実に不審者で間違いないんだろうけど、残念ながら今の僕にそんな自分を客観視する余裕はない。
それがどうした、とばかりに坂岡さんの考えてることを勝手に推測し、自虐的になっていた。
……のだが、そんな折だ。
「おい、不審者。お前そこで何してるんだ?」
「――!?」
聞き慣れた声が背から聴こえてくる。
すぐさま振り返ると、そこにはドン引きの視線を僕にくれている幸喜の姿があった。
「あ……どうも」
「『あ……どうも』じゃないっての。お前こんなところで何やってるんだよ? そろそろ二限始まるぞ?」
言われてスマホのデジタル時計を確認すると、確かに二限開始まであと五分ほどになっていた。ヤバい。何やってるんだ僕は。
「ったく……。まあいいや。俺もお前に訊きたいことあるけど、とりあえずは講義室行くぞ」
「い、急がないとだよな……!?」
「そうだよ。幸い大きめの講義室だから、そこに行ってメッセでやり取りする。授業終わりまで待てん。坂岡さんとの関係を訊きたさ過ぎるからな」
「い、いや、それは――」
「いいから急ぐぞ! ほら、早く!」
「っ~!」
幸喜に急かされ、僕は通路を走り出すのだった。
●〇●〇●〇●
走った結果、どうにかこうにか俺たちは授業に間に合った。
空いている適当な席に座り、筆記用具を出してから一緒にスマホもセット。
既に授業を展開し始めている教授の話があまり重要そうでないのを確認し、メッセージを打ち込みだした。
『では、改めて訊く。朝来、お前坂岡さんと既に付き合ってたのか? いつからだ? 俺は何も知らなかったぞ?』
メッセを打ち込むスピードだよ。
凄まじく早い。
幸喜の訊きたかった感がひしひしと伝わってきた。
『別に付き合ってない。あれは坂岡さんが嘘を付いたんだ』
『それこそ嘘だろ』
『嘘じゃないって。幸喜に紹介されるまで彼女のこと何も知らなかったんだぞ?』
『演技だ。俺を騙すためのフェイク』
『そんなわけないだろ? 何言ってるんだよ?』
『俺はお前を信じない。あんなに可愛い彼女のいるお前なんてミトメナイ』
『じゃあもう訊いてくるなよ……。てか、何で最後カタカナにしたんだ……』
軽く呆れて幸喜の方を見やると、奴は僕をガンギマった目で見つめ返してきていた。控えめに言って怖い。
『大体、僕からすれば幸喜の方が羨ましいって。実際に本当の彼女で大黒さんがいるんだし。普通に可愛いじゃん』
『普通に、な。やっぱあそこまでの美女をこっそり恋人にしてる奴は言うことが違うわ。しっかりマウント取られた気分だな』
幸喜がここまで思い込みの激しい奴だとは思わなかった……。
僕は全然そんなつもりで言ったわけじゃないのに、『普通に』を強調する辺り、大黒さんにも大変失礼だし。
『初ちゃんも可愛いが、坂岡さんには負ける。俺はお前が憎いよ、幸喜』
『だから恋人じゃないってば。どうやったら信じてくれるんだよ?』
『お前と坂岡さんの結婚式に行った時だろうな。その時にはもう恋人じゃなく夫婦だし』
やれやれだ。
ため息をつくスタンプを送り、僕は実際に呆れた様子で幸喜を見やった。
相変わらずのガンギマリアイ。
もうその目で見ないで頂きたい……。
『まあ、いいや。信じてくれなくてもいいけど、とりあえず僕は坂岡さんと付き合ってない。でも、それが故に昨日居酒屋を抜け出してから問題が発生したんだ』
『問題? 何だよ? 惚気か?』
『違うよ。何で惚気なんだよ……』
問題=惚気となってしまう今の幸喜。
もはや冷静な判断力は失われているものと見ていいだろう。話聞いてくれるんじゃなかったのか。
『実はさ、昨日あれから僕、坂岡さんと二人で居酒屋近くの公園に行ったんだけど』
『はー、クソ。野外●●●自慢かよ』
『ちょっともう話すのやめた方がいい?』
そろそろツッコむのも疲れてくる。
いい加減正気に戻ってちゃんと話を聞いて欲しかった。
一応、幸喜は『続けてくれ』とメッセを送ってくるので続ける。次はない。
『公園でLIMEのアカウントID教えられてさ。メモ用紙にわざわざ書いてくれて、そんで今度の土曜日に二人で出掛けようって誘われたんだ』
『は?』
短いメッセが送られてきた後、隣からスッと何かが近付いてくる。
見れば、目を血走らせた幸喜が、無表情で僕の方へ顔を寄せてきていた。
僕は静かに距離を取り、メッセを送る。
『でも、それは僕のことを恋人だって言ったことのお詫びなんだよ。そこに恋愛感情は無い気もするし……』
「……あるような気もしてんのか……?」
目鼻を一切動かさず、ガンギマった無表情で人形みたいに口をパクつかせて動かし、静かに問うてくる幸喜。
ここはもう、メッセを打たずに頷いておいた。
幸喜の顔がまたさらに近付く。やめろ。男とキスできる距離まで顔を近付けたくない。
『だけど、そこは僕の勘違いってこともある! 推測でしかモノが言えない状況なんだよ!』
『それが問題だって言いたいのか????? お前、舐めてんのか?????』
『違う! それは問題……とまではいかないけど、実際にあったことで、ここから先が本当に話したいことなんだよ!』
『ハヤクイエ』
『だから何でカタカナ!?』
もうこいつの相手するのが嫌だ。
内心お手上げ状態になりつつ、僕は泣く泣く文字をスマホに打ち込む。
『そもそも、僕には今気になってる女性が二人いるんだけど』
「……この欲張りめ……」
……否定できないのが悔しい。
くそ……。
『昨日、坂岡さんがIDを書いてくれたメモ、その二人にバレて破られたんだ』
送った途端、幸喜の口角がニチャァと上がる。
サイコパスみたいな笑みを浮かべて一言。
「ざまぁ」
なんて言ってきやがった。
ほんとこいつ、僕の友達か?
『だからまあ、そのせいで彼女のアカウントを友達追加できてなくてさ、完全にメモを見て追加する流れだったから、坂岡さんに今何思われてるのか不安で仕方ないんだよ……。僕どうしたらいいんだ……』
『三人とも諦めろ!』
『何で三人!? ていうか、諦めるとかそういう話でもなくてだな!』
『というより、待て。二人……? 二人ってまさかお前……』
幸喜がジッと僕の顔を見つめながら、声に出して問うてくる。
「昨日、あの合コンに来てた友達二人のこと……?」
認めるべきか一瞬悩んだが、僕は観念したように頷いた。
そうだ、と。
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