第17話 ビリビリになったメモ用紙

「二人……とも……」


 夜の中の公園。


 坂岡さんが去っていき、一人になったところで、背後から聞き慣れた声に名前を呼ばれた。


 振り返ってみると、そこには声の通りさぁ姉と礼姉が立ってる。


「ご、合コン……抜け出してきたんだね」


 僕が言うと、二人は当然のように頷く。


「それはそうだよ。だって、私たちの目的はあさ君を見守ることだったから」

「アサ……恋人いたんだな……」


 ――違う。


 落ち込んだように言う礼姉のセリフを聞き、僕は反射的に大きな声を出してしまう。


 が、それもハッとして我に返り、改めて声のボリュームを落としてから否定した。


「違う。違うんだよ、礼姉。僕は別に坂岡さんと付き合ってなんかいない」


「……でも、あの子は――」


「あれは坂岡さんが男避けのために嘘をついただけ。そもそも、あんなことを言われるなんて想像もしてなかったし」


 そうなのだ。


 あの場にいればいいだけかと思ってたけど、まさか恋人宣言をされるとは露ほども想定してなかった。


 もしかしたらこれからの生活にもお互い支障をきたすかもしれないのに、よくあんな嘘をつけるな、とまで思ってしまうんだけど……。


 それでも、あの場で否とは言えない。


 僕が否定すれば、途端に坂岡さんの立場はおかしくなってしまうから。


「……二人とも、なんかごめん。色々変なことに巻き込んじゃって」


 謝ると、さぁ姉が真っ先に首を横に振った。「ううん」と。


「そういう……ことだったんだね。私たち、詳しく知らなかった」


 言って、さぁ姉は礼姉に「ね?」と目配せする。


 振られた礼姉は、やや不服そうではあるものの、頷いてくれていた。


「でも、そのアサの話が本当なら、坂岡さん……? はとんでもないことを吹いてくれたな。これじゃあアサがとばっちりだ」


「とばっちりってわけでもないんじゃない? 坂岡さん、すごく綺麗な子だったし」


「っ……! だ、だからって、アサは別にあの子のことを好きでも何でもないし、これからその坂岡さんと恋人のフリをしなくちゃいけないんだろう!? だったらそれはとばっちりじゃないのか!?」


「だから、それがとばっちりでもないって言ってるの。あんなに若くて綺麗な女の子と恋人のフリできるんだよ? あさ君くらいの男の子だったら喜ばしいことだよ」


 ――ね、あさ君?


 非常に温度の低い笑顔を向けてくれながら、僕へ話を振ってくるさぁ姉。


 まだ不機嫌なのを露わにしてる礼姉の方が幾分安心できる。


「……い、いや、別にそんな嬉しいってことでもないから……。礼姉の言う通り、恋人のフリとかしていかないといけないだろうし……」


「でも、あんな子を街中で連れて歩いてたら鼻が高いよね?」


「っぐ……!」


 嫌な訊き方してくるな……。


 僕は冷や汗を浮かべつつ、首を横に振った。


「そんなアクセサリーみたいな考えは女の子に対して抱いてないからね……? そりゃ普通に可愛いなぁ~とは思うけど……」


「ふ~~~~~ん。そっかぁ~~~~~」


 何だろう。すごく意味ありげな言い方だ……。


「じゃあ、あさ君は坂岡さんに対して何も特別な感情を抱いてない。これから先も恋人になることなんて絶対にない。それでいいのかな?」


「っ……」


「……いいのかな……?」


 ぬっ、と顔を近寄せ、ドスの効いた低い声で問うてくるさぁ姉。


 思わず悲鳴を漏らしそうになったけど、生唾を飲み込んで僕はうろたえる。


「あー……えっと……それは……僕的には無いと思うんだけど……」


「あの女的にはあるってことか!? アサ!?」


 礼姉も顔を近付けてくる。


 こっちは泣きそうな表情だ。


「わ、わからないよ!? わからないんだけど……そ、その……さっきこれもらって……」


 遠慮がちに僕が坂岡さんからもらったメモ用紙を見せると、さぁ姉が凄まじいスピードでそれを奪い取ってくる。


「これ……連絡先だね……」

「そういえば、さっきアサに何か渡してたもんな。連絡先だったのか」


「ら、来週の土曜……改めてデートに誘われて……ぇぇえええええ!?」


 僕が言い終わるより前に、ビリビリとそのメモ用紙を破り捨てるさぁ姉。


 跡形もなくなったそれは、無情にもハラハラと花吹雪のように風で流されていく。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょぉぉぉい!?」


「残念でした、あさ君。そのデート、もう行けません♡」

「ふ、フフフ……よくやったぞ……桜子……珍しく良いことをした……♡」


「い、良いことではないが!? 断るにしても、せめてアカウント登録はして、そこから直接言わなきゃいけな――」


 と、またしても僕が最後まで言葉を口にしようとしていた矢先のことだ。


「――んっ」


 僕の唇に、さぁ姉の唇が重なった。


「やっぱり悪いことしかしないお前はぁぁぁぁ!」


 礼姉の悲痛な叫び声が聴こえてくるが、さぁ姉はそれを無視して僕の唇から自らのモノを離した。


 夜闇の中、いたずらに笑みながら、僕の心臓がバクついてるところで彼女はそっと言う。


「あさ君はお姉ちゃんのモノだから。誰にも渡しません♡」


 ポカンとする僕。


 そんな唖然とした状態で、今度は礼姉に唇を奪われる僕だけど、次は舌が入って来るわでめちゃくちゃだった。







【作者コメ】

朝来君の周りが慌ただしくなっていきます……!

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