第13話 お姉様のトンデモ提案

「――えっと……メッセージをもらったのは礼姉からだったんだけど、どうしてさぁ姉もいるの?」


「……ひどいよ、あさ君……お姉ちゃんいちゃダメだった……?」


「い、いや、ダメじゃないけどね!? 単純な疑問というか、さぁ姉からは何もメッセージとか入ってなかったし!」


「それは決まってるよ~。礼ちゃんが抜け駆けでこっそりあさ君と会おうとしてないか、私いつも目を光らせてるから~」


「……っ。じゃ、じゃあ、今日も礼姉を見張ってた結果がこれだと……?」


「うんっ。抜け駆けはダメだよ、礼ちゃん? 私、そんなのユルサナイんだから~」


 わざとらしくめそめそ泣き真似をし、すぐに一転してニコニコ言い出したと思えば最後の最後で恐ろしい雰囲気を醸し出して牽制なさる桜子お姉様。


 僕は頬を引きつらせ、そのさぁ姉の隣にいた礼姉はひたすらに涙目で歯ぎしり。


 レディスーツを若干乱れさせて悔しがる様はどことなく哀れに見えて、僕はため息。


 礼姉だけはどうにかして幸せになってもらいたい。


 そんなことを強く思ってしまった。


「それであさ君、礼ちゃんから少し話は聞いてたけど、何かお姉ちゃんたちに相談したいことがあるみたいだね? 何かな?」


「桜子! アサはお前に相談しようとしたんじゃない! 私に相談しようとしてくれてたんだ!」


 張り合うようにして言う礼姉。


 そういうこと始め出すとまた場が面倒なことになるからやめて頂きたいんですが……。


「礼ちゃん、そういうの妄言って言うんだよ? あさ君は私たち二人へ相談したかったに決まってるでしょ? ね、あさ君?」


「ま、まあ、そこは――」


「あーっ! ごめんなさい、礼ちゃん! それは私の勘違いだったみたい! あさ君、本当は桜子お姉ちゃんだけに相談したかったんだって! 思わず本音引き出しちゃった~!」


「待って待って待って! 僕、そんなこと今一ミリも言ってないんだが!? って、礼姉も真に受けなくていいから!」


「……やっぱり……桜子は今日ここで私が始末するしか……!」


 コーヒーに付いていた銀のスプーンを持ち、涙目でさぁ姉を睨み付けている礼姉。


 そんな小っちゃいスプーンで何ができるんだ、というツッコミは無しにしておいて、会えば喧嘩し始めるこのスタイル、いい加減収まらないだろうかとつくづく思う。


 ため息をつき、僕は話を先に進めることにした。


「相談したいことはあるよ。それを聞いて欲しいってのも本当」


「うんうん。何々? 桜子お姉ちゃんに何でも相談して?」

「アサの相談を親身に受けられるのは私だけだからなっ。何でも話してくれっ」


 火花を散らし合いながら僕に言ってくれる二人。


 色々ツッコみたい部分はあるものの、埒が明かないので続けた。


「実は僕、今日とある女の子から合コンに誘われて」




「「――は?」」




 刹那、一帯が絶対零度に包まれ、僕たちの傍のボックス席に座っていた男性が「ひぃっ!」と悲鳴を上げる。


 一瞬にしてこんな空間を生み出したのは、言うまでもなく僕と向かい合うようにして座ってるお二方。


 礼姉とさぁ姉は、瞳に浮かべていた光を消失させ、ただジッとこちらを見つめてきていた。


 控えめに言って怖い。怖過ぎる。


「……どんな……かな?」


「へ……?」


「どんな女の子に誘われたの……? お姉ちゃん……すごーく気になるなー……」


 座ってるのに脚がガタガタ震える。


 本気過ぎるさぁ姉は、人を●しててもおかしくない雰囲気で僕に問うてきた。


「え、えとっ……ど、どんな女の子かって訊かれてもっ……せ、説明がっ……」


「可愛かった。そう顔に書いてあるぞ? アサ?」


「ぅぐっ……!」


 どうにかして誤魔化さないといけないのに、僕はとっさに図星のような反応をしてしまう。


 口元を抑えるも、そんなのもう遅い。


 ゆらり、と首を横に曲げ、瞳孔を小さくさせた礼姉がよろよろと僕の隣に座って来た。


「アサ……? 私とどっちが魅力的だった……?」


「は、はぃっ!?」


「どっちが可愛かった? どっちが興奮できる? お姉ちゃんだよな? だってだって、こんなにアサのことを想ってるのはアタシ以外誰にもいなくて、それでそれで――」


「れーいちゃん……? 勝手なこと言わないの。あさ君が困ってるでしょう……?」


「ひぃぃぃぃっ!」


 思わずガチ悲鳴。


 僕の足元からぬるぬるとさぁ姉が生えてきた。


 向かい側の席からテーブルの下をくぐってこっちへ来たんだろう。にしてもホラー過ぎてトラウマ必至だ。


 そのままベタベタと僕の頬に触れてくるし。


「あさ君……事の経緯を話してくれるかな……? 何がどうなって私の大切なあさ君にその薄汚いメスネコは近寄って来たの……?」


「ええええっと……あああ、あのあの……」


「いいぞ……ゆっくり話せアサ……私の中でその泥棒猫は抹●リストに入ったから……」


「いいい、いや、冗談でもそういうのはやめて!? 捕まって欲しくないので!」


「「じゃあ、ちゃんと話して……?」」


 二人のお姉様に迫られ、僕はバクつく心臓を落ち着かせながら順を追って説明し始めた。






●〇●〇●〇●






「――というわけです。それで、僕は合コンに誘われました」


「「へぇ。なるほどね」」


 そんなに長くないが、とりあえず事の経緯を説明し、僕は一息つく。


 注文していたカフェオレはすっかり冷えてしまっていたけど、乾いていた喉を潤すことができるものなら何でもいい。


 事情を話したことで、礼姉もさぁ姉も、いったんは落ち着いてくれたみたいだ。


 元の雰囲気に戻ってくれてる。


 座ってるのは僕の両隣のままだけど。


「つまり、あさ君は半ば都合のいい人ポジションで合コンに参加させられそうになってる、と。そういうことなのね?」


「その女の男避けのために、偽彼氏役のような存在で合コンに誘われている、と。そういうことでもあるな」


「ま、まあ、そういうことでございます……」


「「よし、●してこようっ」」


「待て待て待て! どうしてそうなった!? 流れおかし過ぎない!?」


 注意すると、二人はムッとして僕に両方からすり寄って来る。


 周りの目もあるしやめて欲しいけど、今断るとその先に待っているのは『死』なので何も言わない。


 ただただ二人を受け入れながら続けた。


「そういうオーバーなのは無しで、僕は真剣に悩んでるんだよ。幸喜のお願いでもあるし、坂岡さんをここで見捨てるのも気分的にかなり良くないし……」


「アサ、社会に出れば、時に非情な判断を下さないといけない場合もある。今はその練習なんだ。見捨ててしまえ、そんな女」


「そうだよ~。どうするの? それでそのアホ女があさ君の魅力に気付いて『かっこいい♡ 好き♡』とか考え始めたら。お姉ちゃん、本当に犯罪者になっちゃうよ?」


「あの、さぁ姉? ナチュラルに脅すのやめて欲しいし、礼姉は非情過ぎるよ。付き合いもあって、見捨てられないから僕は悩んでるんだよ?」


「うんうんそっかそっかー。はぁ~、あさ君の横顔きゃわ~♡」

「アサたん。はい、あーん♡ 私のケーキ食べていいぞ♡」


「いや、話聞いてよ……」


 げんなりしつつも、僕は礼姉の差し出してきたケーキをパクリ。


 その後、すぐに同じフォークで礼姉もケーキを食べようとしてたけど、ニコニコしたままでさぁ姉がそれを取り上げてた。


 なんという早業……。


 ハァハァ言って興奮してた礼姉も一瞬で我に返ってさぁ姉を睨み付けていた。


 お願いだから聞いて、話を……。


「え、えっと……二人とも……? とりあえず説明はしたし……わかってくれたよね?」


「「うん。わかったよ」」


 本当か……?


 怪しみながらも僕は続ける。


「そのうえでどうしたらいいかというか……適当にやり過ごせる大人の処世術的なものを教えて頂きたいのですが……どうでしょう? 何か僕にアドバイスください」


「「そんなもの無いよ」」


「いや、そんな即答て……」


「でも、どうにかなる方法なら一つあるよ?」


 さぁ姉がねっとりした口調で言ってくる。


 疑問符を浮かべると、お姉様はこう続けた。


「それはね、お姉ちゃんたちがその合コンに参加すること♡」

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