第12話 降りかかる厄介事
「初めまして。私、
大学構内。11号館の通路にて。
話し掛けてきた幸喜の隣にいたのは、光を纏っているかのような美少女だった。
栗色の髪の毛を艶やかに肩甲骨辺りまで伸ばしていて、髪留めは高貴さをこれでもかというほどに感じさせてくれるもの。
健康そうな顔色と、宝石のような茶の瞳、そして卵型の輪郭に、スレンダーな彼女を際立たせるふんわりとした秋の装い。
思わず後ずさりしそうになった。
ついまじまじと見つめてしまい、彼女がキョトンとして首を傾げたことで、僕は我に返る。
「あっ……! は、はい! そうです! 一前朝来です!」
「ですよね。間違えたかな、と思って一瞬ヒヤッとしちゃいました」
坂岡さん……? が苦笑交じりに言うと、彼女の隣にいた幸喜が「いやいや」と首を横に振った。
「坂岡さん、俺がいるんだから人違いってことないよ。単純に朝来は緊張してるんだ、女子を目の前にして」
「は……!? お、おい幸喜お前……!」
僕が言いかけたところで坂岡さんはクスッと笑い、
「そんな、私なんか相手に緊張しないでください。せっかくですし、一前さんとも仲良くなりたいんです」
一前さんとも、というのが引っかかる。
ってことは、既に幸喜とこの人は仲が良いということで、何なら幸喜の彼女ってのもまさかこの坂岡さんなんじゃなかろうか……。
「こ、幸喜……もしかしてだけど坂岡さんって……」
その先の言葉を口にする前に、幸喜は僕を見て鼻で笑った。
「ちげーよ。坂岡さんは俺の彼女じゃない。俺の彼女の友達なんだ」
「へ……!? と、友達……!?」
坂岡さんを見やると、彼女はにこりと笑み、頷いた。
「そうなんです。幸喜さんとお付き合いしてるのは
「まだちゃんと幸喜には話してなかったけどな。そういうことなんだ」
「な……なるほど……」
そうか。そういえば他大学って教えてもらってた。
自分のことも色々あったし、完全に忘れてたよ。
「ていうか幸喜、俺が坂岡さんと付き合ってないって知って、なんかお前安心してないか?」
「え!? い、いや、そんなことないけど!?」
「諦めろ。この人は法学部一可愛いと言われてる。お前なんかじゃ付き合えない。どう考えても高嶺の花だ」
「い、いや、だから違うって!」
本人を前にしてなんともまあ迷惑な話を。
この場で口に出して言えないが、僕なんかが坂岡さんと付き合うなんて話、万に一つもあるはずがない。
というか、僕も幸喜に話してなかった。
礼姉とさぁ姉のこと。
「高嶺の花だなんてそんな。私たちは同級生ですし、そうやって上に見るようなことはやめましょう? 同じ目線で二人と仲良くしたいです」
なんて優しい人なんだろう。
謙虚だし。
と、坂岡さんの女神感に感動していると、幸喜が肘で突いてくる。
「だってよ、よかったな朝来」
「う、うるさいよ……そもそも僕はそういうのじゃないんだし……」
ほんと、幸喜は幸喜だ。
彼女ができて調子に乗ってるな、と思う。
いっそのこと振られてしまえばいいのに。
友達だからそんなの口にはできないけどさ。
「……けど、ちょっと聞いていいかな?」
「はい。何でしょう?」
遠慮がちに視線をやって坂岡さんに問おうとすると、彼女は頷きながら僕へ耳を傾けてくれる。
「僕と幸喜は人文学部で、この11号館も人文学部の講義がよく行われる場所だと思うんだよね」
「何で法学部の坂岡さんがここに? ってことか?」
「そう。何で? 幸喜が坂岡さんのこと連れて来たみたいな感じだったけど」
「それは簡単です」
言いながら、坂岡さんは両手を合わせる。
瞳もさっきより輝いてるように見えた。
「私がお願いしたんですよ。一前さんに会わせてください、と中須さんに頼み込んで」
「……へ?」
マジか。
何そのちょっと心躍るような展開。
そっと幸喜の方を見やると、奴もまた頷いて、
「そういうこった。坂岡さんから言われたんだ。朝来に会わせてくれって」
「え……? そうなの?」
「そうなの。まあ、俺が彼女の前で散々話題にしてたから、っていうのもあるんだけどな」
感謝しろ、とばかりに笑む幸喜を見て、僕は静かに冷や汗を浮かべた。
なんか……これはよろしくない展開の匂いがする、と。
●〇●〇●〇●
結局、僕はその日大学にいる間、幸喜に礼姉とさぁ姉のことを一度も話せなかった。
理由はハッキリしてる。
一度も奴と二人きりになれず、傍に坂岡さんがいたから。
しかも、単純にいてくれるだけなら世間話の流れで僕の話をできそうだったんだけど、彼女の悩み相談が始まって、完全に空気は自分の話をできるものじゃなくなった。
『初も含めて、私の周りの友達が皆言ってくるんです。そろそろ彼氏作ったら、って』
なんともまあコメントのしづらいお悩みだ。
『それで、今度初が合コン開いてくれることになったんですけど、参加する男の子、皆怖くて……』
本当にコメントがしづらい。
『少しでも慣れてる人が近くにいてくれたら、安心して乗り切れると思ったんですが……』
コメントが……しづらい……。
『そこでだよ、朝来。この合コンさ、初に言われて俺も参加することになってんだけど、お前坂岡さんの傍にいてやってくれないか?』
もうほんと、何でこんなことになるのか……。
『すみません、一前さん……。今度お礼はしますので……どうかお話に乗っていただけないかと……』
何で……こんなことに……。
「……はぁ……」
こんなことになって言えるはずがない。
二人のお姉さんから言い寄られてます、なんてこと。
言えば坂岡さんに変な気を遣わせてしまうだろうし、彼女は本当に懇願するように僕を頼ってきてくれた。
間違いが起こらないなんてことはわかってる。
でも、礼姉とさぁ姉のことで頭がいっぱいな今の状況でどうしてこうなるのか、とついため息を漏らしたくなった。
これは言えない。
しばらくこの一件が解決するまでは幸喜にも言えないよ。
「はぁぁぁ……」
深々とため息をついていたところ、だ。
「……!」
ブブ、とスマホがバイブした。メッセージだ。
「……礼姉」
見れば、それは礼姉からだった。
今日は仕事が早く終わりそうだから、カフェでコーヒーでも飲まないか、とのこと。
僕は考えることなく『いいよ』と返信。
すぐにでも話したかった。
頼れる
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