第10話 二人の想い。僕の想い。

「あ、アサ……? かゆいところは……無いか……?」


「特に……無いです……」


「じゃ、じゃあ……ここ特に洗って欲しい……とか、そういうところは……?」


「無いです……そのまま頭洗って頂ければ……」


「はい、あさ君の嘘つき。あさ君が一番洗って欲しいのはここだよね~?」


「ちょ、おぉぉぉぉぉい!」


 何度目かわからない風呂場での絶叫。


 腰辺りからススス、と股間の方へ移動しようとしてくるさぁ姉の手から逃れるため、僕は椅子から立ち上がる。


 その際に巻いていたタオルが落ちてしまいそうになるが、高速でそれを死守した。


 礼姉が頭を洗ってくれていた最中だ。


 泡々で、少し開けてしまった目にシャンプーが入ってしまって痛い。


 痛いけど、自分のブツを晒すくらいならその痛みを受ける方がマシだった。


 100%モードになってるわけじゃないが、こんな状況だし60%くらいになってる。


 穏やかじゃない自分のソレなんて見せてしまった日には、僕は恥ずかしさで部屋から出られなくなりそうだ。


 露出狂じゃないことはここに断言しておく。


「ななな、何やってくれてんのさぁ姉! 今の絶対僕が止めなかったら触る勢いだったよね!? ねぇ!?」


「っふふふ~♡ え~? そんなことないよ~?」


「って言いながら太もも触んないでってば! あぁ、もう!」


 目が痛い。


 この泡をいち早くシャワーで流そう。


 そう思ってシャワーヘッドに手を掛けようとするも、見事な空振り。


「あ、あれ!? シャワーは!?」


「あさ君、私が持ってるよ~♡」


 最悪だった。


 ということは、僕の泡を流すも流さないも、全部さぁ姉の裁量次第。


 そうは言っても、目が痛いのは事実だ。


 お湯を出して僕の頭にかけてくれるようお願いした。


 ……が。


「そういうことならあさ君、もう一度椅子に座って? お姉ちゃんたちが頭流してあげるから」


「め、目も痛いんだよ! さぁ姉がいきなりセクハラしてくるから、その勢いで目開けてシャンプーが入ったんだ!」


「さ、最低だな桜子! お前がアサを苦しめてるんだ! 早く私に手に持ってるそれを渡せ!」


「って言いつつ、桜子ちゃんはあさ君に一秒でも長く触れようとしてるだけでしょ? いいよ、あさ君。目が痛いならお姉ちゃんが流してあげる。ほら、早く座って? お湯も出してあげるから」


 さぁ姉が言って、蛇口をひねってくれる。


 お湯はシャァァと音を立てながら出始め、僕の足辺りに当たった。


 それを頭や顔にぶっかけて欲しい。


「っ……! じゃ、じゃあ座るよ!? 座るから早くかけてね!?」


「は~い」


 目視できていないが、さぁ姉を信じて僕は椅子に座る。


 シャワーはすぐにかけられ、目をゴシゴシ擦ると次第に痛みは消えていった。


 ついでに頭の泡も落としてしまおう。


 そう思って手をやった刹那、二人のうち、どちらかの手が僕の頭に参加してくる。


「ちょっ……! ど、どっち!? いいよ、もう僕自分で流すから!」


「だ、だめっ! アサたんの頭は礼お姉ちゃんが流すの! アサたん、ジッとしてて!」


「れ、礼姉……」


 甘えボイスで駄々をこねてくる礼お姉様。


 まあ、目の痛みはもう消えたし、さぁ姉よりかは信用できる。


 抵抗しても面倒なことになるのはわかってたので、大人しく僕は自分の手をどけて、礼姉にわしゃわしゃしてもらうことにした。


「……ねえ、礼ちゃん? さっきも言ったけど、今日あなた得のある役回りしかしてないよね? 私、ただお湯を流すだけの役割?」


「ふ、ふんっ。桜子にはそれがお似合いだ。私がアサたんの身の回りのことを全部する」


「っ……! へ、へぇ~? 礼ちゃん、そんなこと言うんだぁ~」


 おいおいおい……なんか不穏な流れ感じますよ……これは……。


「ねえ、あさ君? 覚えてるかな? 昔、三人でちょっと遠くの街に遊びに行こうってなって、バス使った時のこと」


「バス……?」


 いつくらいだ……?


 思い出を引っ張ってこようとするも、すぐには思い出せない。


 バスなんて割と三人で乗ってた気もする。


 いったいどれのことなんだろう。


「うふふっ。思い出せないかなぁ? なんか礼ちゃんは私が言おうとしてることが何なのか察してるみたいだけど♡」


「……さ……桜子……おま……おまっ……!」


「ふふふふっ♡ きっと覚えてると思うよ、あさ君? アレだよ、アレアレ。バスの中で礼ちゃんがお漏らしした――」


「んぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 礼姉の叫び声が反響した。


 と思えば、ベシベシ肌と肌のぶつかる音が聴こえてくる。


 これは……殴り合いでもしてるのか……!?


「おまえっ! おまぇぇぇっ! それだけはっ! それだけはむしかえすなよぉぉぉ!」


「いやんっ♡ あさ君助けて♡ 礼ちゃんが叩いてくる♡」


「ちょ、も、もう、やめなって礼姉!」


 注意しながら、僕は水に濡れる目を擦りながら開ける。


 そこには顔を真っ赤にして、完全に裸の礼姉がいた。


「――!?!?!?」


 僕は吹き出して、速攻で別の方を向く。


 礼姉は僕に見られたのがトドメの一撃になったのか、弱々しく声を漏らし、大人しくなったようだ。叩く音が消え失せた。


「桜子……ふざけるな……ふざけるなぁ……! なんであの時のことをわざわざここでぇ……!」


「うふふふっ♡ いつもはクールなシゴデキOLの礼ちゃんも、あさ君の前だとただの『礼お姉ちゃん』になっちゃうね♡ 可愛い♡」


「っっぅぅぅぅ~……!」


「いや、シゴデキOLの~とか言ってる場合じゃないよさぁ姉! なんで礼姉全裸なの!? さっきまでタオル巻いてなかった!?」


 僕が言うと、背にピタリと温かくて柔らかい素肌が触れてくる。


 思わず「ひぃっ!」と声を漏らし、体をビクつかせてしまった。


「そんなの、とっくの昔に取っ払っちゃってるよ、あさ君?」


「あ、あの……え、ええと……」


 ヤバい。


 これはヤバい。


 60%だったものが上昇してしまう状況。


 さぁ姉が僕の背に前から身を寄せ、大きな二つの果実を当ててくる。


 しかも、裸だ。


 裸ということは、言いづらいが、その……先端もちゃんとあるというわけで。


 それが僕のことを見事に押してきていた。


 速攻で母さんの全裸姿を思い浮かべる。


 後ろにいるのは母さんだと思い込むことで、パーセンテージ上昇を食い止めることができる……はず! たぶん! なんかそれでも上がってる気がするけど! もうヤバい! 助けて! てか、息子がこんな状況なのにうちの両親は何やってんだ! 真剣に止めに来いよマジで!


「ねえ、あさ君?」


「は、はい……?」


「あさ君はさ、お姉ちゃんたちとのそういう思い出、大切にしてくれてる?」


「……え……?」


 そっと、まるで薄氷が割れないようにする感じで。


大切に言葉の一つ一つを呟くさぁ姉。


「私は……というか、今すぐそこで泣いてる礼ちゃんもそうなんだけどね? 今日言った通り、私たちはあさ君のことが昔から大好きなの」


「っ……」


「犯罪者みたいだけれど、それこそ君が小さい時からずっと思ってたんだよ? 早く大きくなってくれないかな、大きくなって私たちを迎えに来てくれないかな、って、ずっと、ずっと」


「そうだよぉ……アサたぁん……ぇぐ……お姉ちゃん頑張ってるの……」


 えぐえぐ泣きながら、礼姉が僕の足元にまとわりついてくる。


 二人に引っ付かれてるけど、さっきみたいに振り払おうとは思えなかった。


 考えてしまう。


 今までの二人のことを。


 ……もちろん、そこまで冷静でいられてるか、と聞かれたら強く頷くことなんてできないが。女の人の体が密着してるわけだし。曲がりなりにも。


「もちろん、あさ君に好きな子ができたら話は別だよ? その時は……お姉ちゃんたちもあさ君が幸せになれるよう応援するしかないし、邪魔しようだなんて思えないから」


「……嘘だな……アサ……騙されるな……桜子は絶対邪魔してたぞ……」


「ちょっと……礼ちゃん……!」


 礼姉の言葉に苦笑してしまう。


 そうなのかな。


 どうだったんだろう。


「……僕にはそういう相手が今の今までできなかった。可愛い女の子は確かにいて、可愛いなとは思うけど、いつだってそれで終わりだ。そこから先に発展することなんてなかった」


「「……うん」」


「けど、それは今になって思うけど、もしかしたらすぐ傍に礼姉とさぁ姉がいたからかもしれない」


「「……え?」」


「二人がいたから、なんかよくわからないけど、誰か周りにいる他の女の子と付き合うってイメージが微妙に湧かなかったんだ」


「「……」」


「もちろん、恋人を作ってみたいって思いはあったよ? だから、ああやってマッチングアプリも入れてたわけだし……」


「「……」」


「ただ、なんとなくよくわからない思いがずっとあった。僕はこれでいいのかな、って。礼姉とさぁ姉は、ずっと手の届かない憧れだと思ってたから」


「アサ……」「あさ君……」


「けど、そんなことないって今日を通してわかったよ。二人の想いが変わらず傍にあるって知れて、すごく嬉しい。色々ごちゃごちゃ言ってるけど、すごく嬉しいんだ、僕」


 ――だから。


「ありがとね、礼姉、さぁ姉。こんな僕を大切に想い続けてくれて」


 背を向けながらだけど。


 自分の精一杯の本音を伝える。


 後ろからは、息を呑むような、鼻をすするような、そんな音が聴こえた。


 そして――


「ぉわっ!?」


「あさ君~~~~~!」

「アザぁぁぁぁぁぁぁ! お姉ちゃんもありがとぉぉぉぉだよぉぉぉ!」


 涙に濡れた二人の声と共に、一気に柔らかい体が押し寄せてくる。


「ちょ、お、おわぁぁぁぁぁぁ!」


 今日一の叫び声が浴室に満ちたのは言うまでもない。


 ただ、心の中で思っていた。


 たぶん僕は、世界一の幸せ者だ、と。








【作者コメ】

何だこの最終回……。いや、終わりじゃないけどね!?

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