第8話 僕の母親が元メスガキな件

「それじゃ、あさ君。今日はここまででいいみたいだけど、本当にホテルは行かなくてよかった?」


 夜。


 デート(?)が終わった家の前で、さぁ姉が周りに聞かれたくないようなことを言ってくる。


「行かなくていいよ。お願いだから家の周りでそういうこと言うのやめてください……」


 ただでさえ面倒な知り合いが多いんだ。


 近所のおばさん界隈では、僕が未だに恋人を作れてないないことを問題視し、仲人を買って出ようとしてる、なんて話も聞いたことがある。


 さぁ姉たちとできてる、なんて話が広まれば、それはそれは面倒。


 お祭り騒ぎどころじゃ済まない。


 目の前でキスしろ、くらい言ってきそうだ。


 本当に勘弁していただきたい。


「ほら、礼姉もそろそろ離れて? 家帰るんだから」


「……嫌だ……今日はアサの家に泊まる……」


「はいはい。そんなの無理だよ。今日は父さんも母さんもいるからね、僕の家」


「いい案だね。私もあさ君ち泊まりたいな」


「さぁ姉、今僕が言ってたこと聞いてた?」


「桜子は来るな! 私がアサの家に泊まるんだ! アサを独り占めするんだ!」


 言って、ギューッと僕を抱き締めながらさぁ姉を牽制する礼姉。


 僕はため息。


「だから礼姉も……」


 今僕の言ったことを聞いてたか。


 そう言おうとした矢先だ。


 自分の家の玄関扉がガチャリと開いた。


「あら? 礼ちゃんに、桜子ちゃん?」


 なんでこんなタイミングで出てくるんだ、母さん……。


「あさみさん、こんばんは〜」

「こ、こんばんは、あさみさん」


 二人は僕に見せてた駄々っ子スタイルを解消させ、母さんに挨拶する。


 ほんと、表ヅラだけはいいんだもんな、さぁ姉も礼姉も。


「どうしたのどうしたの? 三人で集まって。朝来なんて、今日女の子とデートに行くとか言ってなかった?」


 さっそくだ。


 僕はギクリとし、母さんから目を逸らす。


 その仕草がさらなる疑惑を生むのはわかってる。


 でも、反射的にそうしてしまった。


 痛いところを突いてくる母さんである。


「……ふーん。そういうこと。朝来、あんたデートって、礼ちゃんと桜子ちゃんに遊んでもらってただけなのね?」


「は!?」


「通りでね〜、おかしいと思ったわよ〜。女っけの無いあんたが急に!? ってお母さんびっくりしてたんだから〜」


「っ……!」


「はいはい。デートね、デート(笑) よかったわね、お姉ちゃんたちに遊んでもらえて(笑)」


 完全に僕のことを舐めてる。


 あの煽りっけに満ちた顔。


 実の母親ながら結構ムカつくぞ。


「ありがとね、礼ちゃん、桜子ちゃん。朝来と遊んでくれて。せっかくの休日なのに大変だったでしょ?」


 言いながら、母さんは僕たち三人の方へ歩み寄ってくる。


 礼姉とさぁ姉は「いえいえ」と手を横に振って大人らしく対応。


「楽しかったですよ〜。あさ君と遊ぶの久しぶりで。ね、礼ちゃん?」

「あ、ああ。今日一日、色々なところへ行ったな」


 当たり障りのないことを言ってくれてホッとした。


 さっきまで、本当に母さんには聞かせることのできないような言い合いをしてたから。


「そ、そういうことだよ。わかったらウザ絡みすんのやめてくれ、母さん」


「ウザ絡みってひどいわねぇ。もぅ……」


 ムッとし、すぐにニヤッとする母さん。


 どうやらまだ礼姉とさぁ姉に絡むつもりらしい。


 口元に手を当て、コソコソと二人へ質問し始めた。


「でもでも、二人とも? 今日一日、朝来からエッチな目で見られたりとかしてな〜い?」


「は、はぁ!?!?」


 何を聞いてんのこの人!?!?


 ギョッとして、思わず声を裏返らせてしまう。


 最悪だった。


 せっかく何もなく一日を終えられそうだったのに、どうも試練はここかららしい。


 澄まし顔だった礼姉とさぁ姉は、絶好の機会とばかりに、母さんと同じような笑みを浮かべる。


 僕は、心の中で終わったことを察する。


「ん〜? どうだろ〜? 礼ちゃんはそんなにでしたけど、私はちょっと……?」


 はい。もうふざけないでくれ。嘘ばっかり。そんでまた礼姉を煽り出すさぁ姉ね。


 そんなことしたらさぁ姉が、


「い、いやいや、嘘はよくないな、桜子? お前はあまりアサに見られてなかっただろう? それよりも私の方が大変だったぞ? 脚とか組み替える時、いつもいつもアサが目をかっ開いて見てくるから本当に大変で大変で」


 こうなるんだよね。


 うん。どっちも嘘ばっっっっっかり。


 そんで母さんを見ろ、あの顔。


 最大級にニヤニヤしながら僕のことを見つめてきてる。


 ほんと、何度も言うけど、実の母親ながらムカついてしまって仕方ない。


 そんなに息子の痴態を拝みたいんですかね。


 嵌められて恥ずかしがる息子とか、僕が親なら絶対に見たくないんだが?


 絶対僕の顔、今真っ赤だよ?


 母さんのせいで真っ赤だよ?


 このお姉様方二人が暴走するのはわかってるけど、あなたが暴走しちゃダメでしょうよ。


 ほんとお願いしますよマジで。


「あらあらあら〜(笑) 朝来ぃ〜、お姉ちゃんたちが美人で憧れなのはわかるけどぉ〜、欲望丸出しはお母さん良くないと思うなぁ〜(笑) んんん〜?(笑)」


 涙目で歯軋り。


 父さんが言ってたセリフを思い出す。


 昔の母さんは、今で言うメスガキ系女子だったらしい。


 高校時代、父さんは散々からかわれていたらしいが、それがとても気持ちよかった、と回想していた。小柄なのも癖に刺さったとか、なんとか。


 どうでもいいけど、ドMロリコンであることを息子に公言する前に、女の人を見る目をもっと養って欲しかった。


 そのせいで、僕は今こんなにも苦労してる。


 うざい。あまりにもうざ過ぎる。


 お願いだから、誰かこのおばさんを教育部屋かどこかへ連れて行ってくれ。


 性根から叩き直さないとダメだよ、本当に。


「あっ、そうだ♡」


 そうだ♡、じゃない。


 何も思い付かなくていい。


 どうせ碌なことじゃない。嫌な予感しかしない。


「礼ちゃん、桜子ちゃん? 今日、久しぶりにうちへお泊まりしない?」


「おいいいいいいいいいいいいい!?!?!?」


 やっぱりそうだった。


 とんでもない提案。


 礼姉とさぁ姉は、上手くいった、とばかりに僕を見て舌舐めずり。


 バカだ。絶対にバカだうちの母親は!


「ちょっと母さん!? 何言ってんの!? 礼姉とさぁ姉が泊まるって、そんなのいきな」


「「いいですね! お泊まりしたいです!」」


 ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 こんな時だけ仲良くハイタッチして、声を重ね合わせる礼姉&さぁ姉。


 母さんは、僕の言いたいことを完全に遮って、話を先に進め出す。


「はーいっ♡ じゃあ、さっそく中へどうぞ〜?」


「「ありがとうございます〜♡」」


「ありがとうございますじゃなぁぁぁぁぁぁい!!! ちょ、ほんと二人ともっぅぶっ!?」


 騒ぐ僕を、礼姉とさぁ姉が両方から抱き締めてきて、口を塞ぐ。


 モゴモゴ言うしかなかった僕は、涙目でズルズルと自宅へ引き摺り込まれるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る