第7話 約束と二人
その後、夜にかけて、僕はお姉様方二人と一緒に色々なところへ行った。
昼食はさぁ姉オススメのイタリアンでパスタを食べ、水族館へと足を運ぶ。
水族館なんて久しぶりだった。
幻想的な施設設備と魚たち、それからペンギンやイルカのショーを楽しむ。
小さい時も、二人とは水族館に行ったことがあった。
礼姉とさぁ姉に手を引かれ、一緒に写真を撮ったりしたもんだ。
あの頃と比べれば、さすがの僕も背が伸びた。
今は、二人と同じ目線で物を見ることができる。
物理的にも、精神的にも、少しくらいは。
水族館を出た後は、夕方の入りになっていて、駅前の方へ向かうためバスに乗る。
夕飯は、これまたさぁ姉のオススメで中華料理店へ。
駅前付近にあるため、僕たちは三人でバスに乗る。
1日を通してそうだが、いつでも礼姉とさぁ姉はくだらないことで喧嘩していた。
僕との距離が近いとか、僕に触れ過ぎだとか、今日以降の予定の取り合いとか、行く先々どこでもこんな感じで争う。
ただ、それで空気が悪くなるとかはなかった。
二人とも腐っても大人だ。
その辺りはオーバーにならないよう弁えてくれてる。
だから、まだギリギリ許せるレベルで、このデート自体はすごく楽しかった。
告白自体は驚きだったけど、二人の気持ちが自分に向いているのを知って、内心かなり嬉しかったんだ。
「というわけで、あさ君。今日は一日、お姉ちゃんと一緒にいてくれてありがとう」
「う、うん。こちらこそありがとう」
中華料理店内。
座った席で、改めてさぁ姉にそう言われ、僕は少々ぎこちなく返した。
集合した時はかなりびっくりしたけどね、と思いながら。
「本当は二人きりがよかったんだけど、そこはやっぱり最初だし、礼ちゃんもいさせてあげないと可哀想だもんね。私、優しい♡」
きゅるん、とわざとらしくぶりっこ(少し年齢を考えて欲しい仕草さ)しながら僕言ってくるさぁ姉だったが、それを聞いて、僕の隣に座ってる礼姉がわかりやすく怒りマークを浮かべた。頰が引きつってる。
「は、ははは……二人きりで、か……。面白い戯言だな。そんなこと、今もこれから先も絶対に起こらないのにな」
「いやいや、何言ってるの礼ちゃん? 起こるよ?」
「起こらない。絶対、絶対に起こらない」
「起こらないのは礼ちゃんの方だよ〜。私とあさ君の結婚式にはちゃ〜んと呼ぶから、あ・ん・し・ん・し・て? ね?」
「っ……!」
「今だってあさ君の隣を譲ってるのは、『正妻』の余裕なんだよ? ね? あさ君? 可哀想な独り身オバサンに付き合ってあげてね? ごめんね?」
「っっっっっ……!!!」
ブチッと音がした気がする。
目元を乱れた前髪で隠し、礼姉は不気味に笑んで、静かにキレていた。
僕はコップの中の烏龍茶を口に含みつつ、別の方へ視線をやる。
さぁ姉が勝手に言ってるだけだ。
僕は何も言ってない。
「あ、そうだっ♡ 結婚式を挙げたらブーケトスもするから、礼ちゃんはそれ受け取れるといいね〜。行き遅れないように、って♡」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!!」
遂に怒りが限界点を突破した礼姉。
席を立ち、テーブルに乗り上げようとするので、僕は隣から必死に抑える。
お願いだから暴れないでいただきたい。
周りには他のお客さんもいるし、割とお高めそうな中華料理店なので。
「れ、礼姉、落ち着いて……! 他のお客さんもいるから……!」
「でもっ、でもっ、アサっ! こいつ、今言っちゃいけないこと言った! 言っちゃいけないこと言ったぁ!」
涙目である。
クールで綺麗な雰囲気が台無しだ。
世間体も何も無い。
横の席に座ってるカップルは、ドン引きした顔でこっちを見つめてきてた。
まあ、そりゃそういう反応にもなるか。
僕も見ず知らずのお姉さんがこんな痴態を晒してたら哀れんでしまいそうだ。
無理もない。
「安心して。今のはさぁ姉が勝手に言ってるだけだから。式なんて挙げるわけないし、僕たちはまだそういう関係でも何でもないから」
「『まだ』って言ったぁ! ぇぐっ! ぐすっ! 『まだ』ってぇぇぇ〜……!」
「え、いや、は、はい……!?」
「これからするんだぁぁぁぁ! ぁぁぁぁぁぁ!」
「しないから! しませんから!」
思わず僕も大きめの声を上げてしまう。
最悪だった。
やって来た店員さんに注意された。
本当に申し訳ない。
「……ひっぐ……ふぐっ……えっ……! アサの……ばか……ふぅっ……!」
「……もう……するわけないでしょ、結婚式なんてそんな」
ため息交じりの僕の腕を抱き締め、幼児みたいに礼姉はえぐえぐ泣いてる。
多分こういうの、日々の仕事のストレスとかも影響してるんだろうな。
幼児退行しがちになるって言うし。ストレス被ってる人って。
「ふふふっ。こういうとこ見ると、礼ちゃんって可愛いよね。もっといぢめたくなっちゃう」
「あんたは悪魔か。もうお願いだからやめて」
「はーい♡ あさ君がそう言うならやめまーす♡ ごめんね、礼ちゃん♡」
「ブーケトスやだ……ぜったい……ぜったい……私は行き遅れになんて……」
「なります♡」
「あっ!?」
意地悪なさぁ姉の言葉に反応して、礼姉はまたえんえん泣き始めた。
僕の右腕は濡れに濡れてる。
化粧も取れかけててボロボロの礼姉だった。
不憫すぎて見てられない。
「さぁ姉? 次、礼姉いじめたら僕帰るからね?」
「うふふふっ♡ ごめんなさい、あさ君。そんなに怒らないで?」
ため息をつき、礼姉の頭を撫でてあげる。
昔は僕がこうして撫でられてた。
恩返しみたいなものだ。
行き遅れとか、結婚式ネタでいじめられてすごく可哀想なので、ひたすら優しく撫でてあげた。
本当に可哀想。
「それにしても、ねぇあさ君? あさ君は、私と礼ちゃん、いったいどっちを選んでくれるのかな?」
「え……?」
「午前に告白したよね? 私たちはあさ君のことが昔から好きだった。未だに恋人をほとんど作ってないのも、全部あさ君のためだったんだよ? って」
さぁ姉の言葉を聞いて、僕は礼姉の頭を撫でていた手を止める。
礼姉はそれと同時にギュッと僕の腕を強く抱き直し、涙目&上目遣いでこんなことを言ってきた。
「アサたん……でもあいつ……こうこうじだいにこいびとつくってたょ……?」
ま、まあ、それは……。
「わたし、つくんなかった……アサたんのこと……ずっとしゅきしゅきだから……」
あ……あおぉ……。
「こくはくはされてたんだょ……? モテなかったわけじゃないのっ……! でも……アサたんひとすじだし……」
おぉ……ふ……。
「それで……それでね……? れいおねえちゃん……まわりのひとたちがこいびとつくってるなか……いっぱいおべんきょうがんばって……おしごとがんばって……いつかアサたんとおつきあいしたいな……ておもってたの……」
う……うぅん……。
「でも……なかなかすきっていえなかった……アサたんはみせーねんだし……は……はずかしかったから……」
おぅぅ……。
「けどね、けどね! いまならいえるょ……?」
……ぅ。
「アサたん……しゅきぃ……いっぱいいっぱい……しゅきぃ……れいおねえちゃんをえらんで……? あんなビッチじゃなくてぇ……」
僕は顔を押さえ、頭を抱えそうになる。
甘え礼姉がキツカワイイ。
いつものOLスーツに身を包んだクールな彼女からは想像がつかない。
なんだこれなんだこれ。
なんでこんなにグイグイ来るんだ、この人は……!
「……ふふふっ♡」
ただ、礼姉がこうして言って、もう一人のお姉様が黙ってるはずもない。
幼児退行礼姉の言い分を受け、さぁ姉はブラックスマイルを浮かべてクスクス笑い、
「こじらせてる行き遅れオバサンが何か言ってる〜♡」
と意地悪モード。
礼姉はまた『行き遅れ』というワードに過剰反応し、「あっ!?」とか言って情けなく泣き出した。
仕方なく僕は彼女の頭を撫でる。
何回言ったらわかるんだよ……いじめるなって……。
「も、もう……さぁ姉? やめてって言ったじゃん。礼姉いじめるの」
僕が言うと、さぁ姉はプイッとそっぽを向く。
こっちもこっちで大変だ。
「……礼ちゃんばっかり……」
「い、いや、ばっかりってわけでは……」
「ばっかりだよ……! 私、今日一回もあさ君の隣座れてないのに……」
「公園のベンチで……」
「あれは三人で座れるし、隣に礼ちゃんいたよ。あさ君のこと、私今日一度も独り占めしてない」
「……『正妻』の余裕は……」
プクッと頬を膨らませてジト目。
そういうことじゃない。
わかってます。
すみません。こういう時だけ都合いいこと言って。
「……ほんと、あさ君は私と礼ちゃん、どっちを選ぶのかな?」
「……え」
「答えをすぐに出して、とは言わないよ? でも、絶対誤魔化させたりはしない」
「っ……」
「そもそも、お姉ちゃんたちに告白してきたのは君なんだから」
よみがえる記憶。
これは今でも覚えてる。
自分が二人に告白したこと。
小さいながら、指切りしてまで想いを伝えた。
『いつか大人になった時、お姉ちゃんたちどちらかを選んでね』
礼姉とさぁ姉は、僕にそう言って返してきたんだ。
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