第6話 お姉ちゃんたらし
「はい、あーん……♡ あさくーん……♡」
「……っ」
「あ、アサ……こ、これ……食べてくれ……」
「……っっ」
「ちょっと礼ちゃん。今は私があさ君にアイスクリーム食べさせてあげてるんだよ? 割って入って来ないでくれる?」
「そ、それはこっちのセリフだ……! 桜子だけがアサを独り占めするなんてズルいだろう……!?」
「全然ズルくありません。さっきカフェであさ君の隣堂々と陣取ってたくせに、独占なんて言葉使わないで欲しいくらいだよ?」
「そんなのさっきまでのことじゃないか……! 今とは何も関係ないことだ……!」
――あれから少しして。
僕たち三人は適当に入ったカフェを出て、目の前に噴水がある広場のベンチに並んで腰掛けていた。
さぁ姉も礼姉も、手にはカップ入りのアイスクリームを持ってる。
さっき、すぐそこにあるアイスクリームショップで買った物だ。
自分用かと思ってたんだけど、さっそく二人して僕に食べさせてきた。
こういうところは昔から変わらずなんだけど、カフェでの告白を聞いた後だと、冷静でいられない。
ソワソワして仕方なかった。
「……あのお二人とも……?」
「なぁに、あさ君……♡」「な、なんだ、アサ?」
一瞬にして言い合いが止み、左右両方から僕の方へ顔を近寄せてくる二人。
今までにもこういうことが無かったわけじゃないけど……その、まあなんというか、意識次第で人との接し方っていうのは全然変わってくるわけで……。
二人に挟まれてる僕は、ただ自分の顔が熱くなるのを感じつつ、しどろもどろになりながら返した。
「え、えっと……人通りの多い場所ですので……喧嘩するのも程々にしていただけると助かると言いますか……」
「ごめんね、あさ君。礼ちゃん、ちょっと大人げないよね?」
「んなっ……!? わ、私だけじゃないだろう……!? アサ、大人げないのは桜子もだよな……!?」
「……(汗)」
注意してもこのご様子。
小さくため息をつき、席を立つことにした。
「「あっ……!」」
と、仲良く二人して残念そうな声を上げてるけど、これは仕方のないことだ。
両手に花の状態を通りすがりの人たちに見せびらかすのもいい。
でも、あいにく僕にそんな趣味はない。
恥ずかしかったから、さぁ姉と礼姉だけを座らせたまま、僕は二人に語り掛ける。
「そろそろお昼だけど、どうする? どこかでご飯食べて、今日はもうそのまま家に帰る?」
「「えぇ!? は、早いよ!」」
またも仲良く声を合わせる二人。
僕は周りを気にしつつ返す。
「でも、二人ともせっかくの休日だよね? いいの? 丸一日僕に付き合うようなことして。仕事とかで疲れてるんじゃない?」
「大丈夫だ! 今日は土曜日だし、明日は日曜日だしな!」
「そうそう! そもそも、私は礼ちゃんと違って個人事業主だし、月曜日もお休みにしてあるからね? たっぷりあさ君との時間過ごせるよ?」
さりげないさぁ姉のマウントに歯ぎしりの礼姉。
僕は苦笑いするしかない。
「安心してよ、礼姉。僕も月曜日は大学あるし、そこは一緒だから」
「あ……アサぁ……。……ふ、ふふっ! ほら見たことか! 暇人の桜子は一人で過ごしていればいいんだ! 私はアサと一緒に仕事終わりディナーへ行くぞ!」
「い、いや……それは行かないから。ていうか、会社の終わる時間と大学の終わる時間、そもそも違うし……」
僕の言葉を受けて、今度はさぁ姉が得意げにしてる。
この二人はいったい何を張り合ってるんだろう、と思うけど、そこはもう触れない方向で行くことにした。余計に面倒なことになりそうだ。
「じゃあ、今日は夕飯までどこかで食べてから家に帰るってことでいいの?」
問うと、なぜか首を横に振る礼姉とさぁ姉。
僕は疑問符を浮かべる。そういう意味じゃないのか、と。
「違うよ、あさ君。家に帰るのは明日の朝」
「……はい……?」
「そ、そうだぞ、アサ……? 今夜はその…………ほ、ほほ、ホテ――」
「いや、何言ってんの!? 何言っちゃってんの、二人とも!?」
「安心して? 私、ちゃんとあさ君をリードしてあげるから」
「っ……! い、いいよ、そんなの! り、リードとか、僕はそういうの求めてないし!」
さぁ姉が誘惑するような目で僕を見つめながら言ってくる。
一瞬ドキッとして、心臓をバクバクさせてしまうけど、絶対に揺らいでやらない。
僕をそんじょそこらの男子たちと一緒にしてもらっては困る。
こう見えても硬派な男なんだからな。うん。
「……ふっ。何がリードだ。恋人なんて高校生の時に一人できた程度のくせして」
「……え?」
礼姉が嘲笑うようにして言った。
意地悪そうな視線の先には、顔を赤くさせてるさぁ姉。
「れ……礼ちゃん……? 何を言ってるのかな……?」
「ふふふっ。しかも、その高校生の時にいた彼氏とも一か月で別れてたな。キスはおろか、手もちゃんと繋いだことがないらしかったじゃないか」
「え!?」
「ちょ、ちょっと!?」
僕が驚きの声を上げると同時に、さぁ姉は真っ赤な顔のままベンチから立ち上がる。
礼姉はどこ吹く風で続けた。
「アサ、こんな年下好きのビッチBBAはやめておけ。恋人もろくにできたことがないくせに色々手慣れてるらしい。私にしておいた方がいいぞ」
「て、手慣れてないよ! 今のは言葉の綾でつい言っただけだし! 私、まだ処●だし!」
普段からは考えられないほど大きな声での大告白。
周りに割と人がいるってのに自爆したさぁ姉は、耳まで真っ赤にして力なくベンチにまた座り込んだ。
すごく楽しそうにクスクス笑ってる礼姉。最低だよ、この人……。
「あ、あの……さぁ姉……? 大丈夫……?」
大ダメージを受けてるであろうさぁ姉に声を掛ける僕だけど、なぜかこの人もまた愕然としたような体勢でクスクス笑い始めた。
恥ずかしさのあまり壊れてしまった、というやつなのだろうか。
「ふ……ふふ……フフフフフ……」
「「……?」」
僕と一緒に礼姉も疑問符を浮かべる。
静かで、どこか闇を感じるような笑い声を上げながら、さぁ姉が顔を上げた。
「……ふふふ。でも。でもだよ、礼ちゃん? 礼ちゃんも処●だよね?」
「は!?」
ギョッとする礼姉。
僕は……もう何も言わないことにした。
そもそも、何も訊いてない。
礼姉が初めてかどうかも、さぁ姉が初めてかどうかも、何もこっちから訊いてなんかいない。
全部二人が勝手に喋ってるだけだ。
全部二人が……勝手に……。
「ななな、何を急に!? て、ていうか私は――」
「しかも、私と違って一度も恋人できたことないもんねぇ~?」
「ぁがっ!?」
礼姉が聞いたことのないような声を出した。
僕は一人でよそを向く。
何も意見しません。何もコメントしません。反応しません。
「――あさ君?」
「あっはい」
――反応してしまった。
――するしかなかった。
めちゃくちゃストレートに誓った傍から話振られた……。
「こんな31歳女性をどう思うかなぁ? 男の人と付き合ったことないんだって(笑)」
「っっっっっ~~~~……!」
今度は礼姉の番だった。
真っ赤になって、悔しそうにプルプル震えてる。
僕は……仕方ない。
コメントせざるを得なかった。
こんなに圧を掛けられながら意見を求められたら。
「…………えっと」
「正直に言っていいんだよ? 『みっともない』でも、『情けない』でも、『恋愛経験なしのオバサンが何昔から仲良くしてる年下の男の子に鼻の下伸ばして迫ってるんだ』ともねぇ~」
「おままままままお前ぇぇぇぇぇ!」
涙目だった。
涙目になりながらさぁ姉に突っかかる礼姉。
でも、さぁ姉はそんなもの関係なしに、邪悪なスマイルで僕の方だけを見てきてる。
何なんでしょうこれは。
地獄……?
「こんなのでよく私のこと悪く言えたよねぇ~。本人もぜんっぜん人のこと言えないのに!」
「っっっっくぅぅ~~~……!」
……まあ、そこは。
確かに、とも言える。
でも、僕は――
「……いや、いいんじゃないかな……?」
「……え……?」「アサぁぁぁ~!」
さぁ姉が虚を突かれたような顔をし、礼姉は涙目で僕の足元に縋りついてくる。
これで職場ではクール系で通してるらしいから詐欺だと思う。
実際にはこんなのです。行橋礼さんは。
「僕は何とも思わないよ? 礼姉に恋人がいなかったってことに対して」
「っ……!」
さぁ姉が悔し気に唇を噛む。
それを見て、僕は首を横に振った。
「もちろん、それはさぁ姉も同じ。二人にどんなことがあろうと、僕は嫌いになったりとか、そういうの無いから」
「……あさ君……」
「でも、ちょっとは嬉しい。……なんか僕、自分で勝手に二人のこと、遠い所にいるお姉ちゃんたちって風に捉えてたから」
「……それは……どういうこと?」
「うん」
さぁ姉に問われて、頷く。
足元に縋りついてる礼姉の頭に、枯れた葉っぱが一枚落ちてきたから、それを取ってあげながら応えた。
「歳が離れてる分、二人とも僕にはない経験をたくさんしてて、年齢相応の価値観で生きてる。だから、僕と一緒に話してる時とか、一緒にいる時、無理して合わせてくれてるんだろうな、ってここのところ思うことが多くてさ」
「そんなこと――」
「うん。さぁ姉たちは優しいから否定してくれるよね。でも、僕が勝手にそう思ってしまうから、それはどうしても拭えなかった。拭えなかったから――」
僕は苦笑しながらさぁ姉を見つめ、
「ちょっとでも一緒の部分が見つかって嬉しいなって思った。僕もまだ恋人できたことないし、何なら未経験なので。そういうとこ、全部同じ。仲間だね、二人とも」
少し安心した自分の気持ちを素直に口にした。
さぁ姉は僕をジッと見つめた後、口元を緩めてくれる。
「あさ君、それちょっとお姉さんのことバカにしてるな~?」
「え……? い、いや、別にそんなつもりは――」
「もう。まったくまったく。ほら、こっちおいで?」
言って、さぁ姉は自分の座ってる真横をたすたす叩く。
ここに座って、ということだろう。
ただ、そうは言われても、僕は礼姉にしがみつかれたままだ。
それに気付いたさぁ姉が強引に礼姉を引き剥がしてくれ、僕は言われた通りベンチにもう一度座る。
礼姉がうにゃうにゃうるさいものの、さぁ姉は僕にこそっと耳打ちしてくれた。
「あさ君は、ほんとに昔からお姉ちゃんたらしだね」
――と。
いたずらな笑みを浮かべながら。
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