第5話 お姉様方の本性。
遂に勝負の土曜日を迎えた。
正直、ほとんど眠ることができなかったけど、これから起こることを思えば、多少の寝不足なんて関係ない。
アドレナリンは出まくり、むしろ清々しい気分だった。
心臓はバクついてる。
人生で初めてのデート。
あらかじめプランは練りに練ったし、少しだけRさんとやり取りも重ねた。
脳内でもシミュレーションを重ねた。
上手くいけば、夜はオシャレなイタリアンでRさんに愛を囁いてるところだ。
……上手くいけば。
「……でも、Rさん顔写真は全然見せてくれないんだよな……」
昨日の夜、集合する時にわかりやすくするため、顔写真か何かを送って欲しい、と遠回しにお願いした。
けど、彼女は僕に顔を見せてくれようとせず、結局僕だけが見せて今に至る、という形なのだ。
色々邪推してしまうし、なんとなく不安が広がるけど、そこはもう仕方ない。
悪い方に考えてもダメだ。
良いように、ポジティブにいかないと。
「よし、まあいいや……! 出よう……!」
自分の頬を軽く叩いて気合を入れ、僕は家を出る。
礼姉とさぁ姉に遭遇したら面倒なので、コソコソと家の前を小走りで駆け抜け、やがて普通の速さで歩いていく。
集合時間は10時。
何も問題が無ければ遅刻なんてしない。
よし。
はやる気持ちを抑えながら、一歩一歩と前へ進んだ。
●○●○●○●
約束していた場所には、集合時間の30分前くらいに着いた。
Rさんは僕の顔を知ってるけど、僕は彼女の顔を知らない。
ということは、こっちが早めに集合場所へ着いておき、Rさんの方から声を掛けてもらうという方がいいと思う。
変に女性を待たせる男ってのも減点対象かもしれないからな。
早めに着いてる方が好印象だろうし。
「……なるほど。もしかして、これはある意味Rさんから試されていたってことなのかも……」
ここで何も考えずに遅く来るような男じゃダメってことか。
なるほどなるほど。
だったら僕はこのテストに合格だろう。
ふふふ、危ない。
なかなか策士な方だ。
「まあ僕、パパ活男子の
もしかしたら、対等な彼氏候補の男ってより、従順に待てるペット男子をご所望とか……?
だとしたらそれは…………いや、アリだな。
写真に映ってた後ろ姿は、礼姉に似ててすごく美人そうだった。
ああいうクールな女性にペットとして優しく扱われるってのは結構いい。
想像したらゾクっとする。間違いなく僕は変態だ。改めて確信した。
「へ……へへへ……」
……と、ただ、あと30分もこうして立ちながら待つってのもキツイな。
どこかに近い場所で座るところないかな。
そうやって周りを見渡してる時だった。
「……アサ……」
聴き慣れた声が背後からする。
僕は雷に撃たれたみたいにして体をビクつかせ、速攻でそっちへ振り返る。
ま、まさかそんな……!
「……お待たせ。待ったか……?」
…………え。
体の中の血液が動きを止めて、全部が固まった気がした。
視覚だけは目の前の人の存在を捉えてる。
ど う い う こ と ?
そこにいたのは、あり得ないほど綺麗な外行きスタイルの礼姉。
何が起こってるのかわからなかった。
お待たせ……?
待った……?
ど、どういうこと……?
「……ふふ。なんで私がここにいるのか、という反応だな。思った通りだ。悪い奴め」
「……へ……? え……?」
目の前の現実を受け止めきれていない僕だけど、構わずに礼姉は密着してくる。
お仕置きしてやろう、とでも言いたげな色を瞳に浮かべ、僕の腕を抱いてきた。
ギョッとして、一気に頭が覚醒した気がした。
しどろもどろになってしまう。
「ちょ、れ、礼ねっ……!? ち、近っ……! ていうかほんとこれどういうこと!?」
「どういうことも何もない。私を差し置いて、何あんなアプリを使ってる。許せない。今日は徹底的にお仕置きしてやるつもりで来た」
「い、いやいや、お仕置きって……! じゃ、じゃああのRさんっていうのは……」
「私だ。アサがあのアプリに登録してると知って、すぐさま私も登録させてもらった」
「ええええええ!?」
じゃあ待て。
Rさんが礼姉なら、同じように後ろ姿だけだったSさんは……!?
嫌な予感がした刹那、またしても聴き慣れた声が僕の名前を呼んだ。
礼姉は「ちっ」と舌打ちする。
ギギギ、と壊れた機械みたいに僕がそっちを見やると、
「おはよう、二人とも。やっぱりこういうことだったのね?」
邪悪な光を瞳に灯したさぁ姉が、笑顔を浮かべてそこに立っていた。
動揺は2倍だ。
もう驚きなんて言葉では言い表せない。
さぁ姉もすごい気合の入ったオシャレ具合。礼姉と違ったタイプのゆるふわ大人の女性スタイル。
僕は口元を震わせながら、指を差して問う。
「え……S……さん……?」
さぁ姉は楽しそうに、けれども燃え上がる炎のような何が灯った瞳をにこりとさせ、
「はぁ〜い。Sさんで〜す」
軽く手をふりふりさせてそう言った。
僕は……、
「な、何でだぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
溜め込んでいた驚きを一気に爆発させ、声を上げるのだった。
●○●○●○●
「それで、これはどういうことなの、二人とも!?」
デートプランを完全無視して入ったカフェにて。
僕は二人をボックス席の向かい合ったところに座らせ、問い詰めていた。
礼姉もさぁ姉も、僕を騙したことに罪悪感なんてまるで感じていない。
というか、むしろなぜか彼女らの方が不機嫌だった。
「どういうこと、というのはこっちのセリフだな。なんでここに桜子もいる? 二股か? 二股してたのか? アサ?」
「ねー? 私、あさ君をそんな男の子に育てた覚えは無いのになぁ〜。あさ君は、桜子お姉ちゃんだけを愛する優しい男の子にしてたつもりなのに〜」
「訳わかんないこと言わなくていいから、さぁ姉! 怖いよ! いきなりの洗脳宣言じゃん! 今までの10何年かが一気に疑わしいものになったよ! ほんと、意味わかんないんだけど!?」
捲し立てて、肩で呼吸する僕。
でも、二人のお姉様方はそんなのお構いなし。
注文していたコーヒーを一口飲み、
「「二股男に育てたつもりなんて無いのに……」」
と、わざとらしくため息をついていた。
呆れたいのはこっちだ。
せっかく気合を入れてデートの準備してたのに……。
「もう……とにかく説明してくれよ……何でこんなことしたんだよ……?」
「そんなのは決まってる。くだらないアプリを使うのはやめろ、とアサに説教しに来た」
「く、くだらなくないから……! 今の時代はこうやって恋人を作ることが普通で……」
「も〜、礼ちゃんは素直じゃないなぁ〜。そんなのどうせ口実でしょ? あさ君が好きだから、彼女作りの邪魔したいだけなんじゃないの?」
「え、えぇ……!?」
す、好き……!?
礼姉が……僕のことを……!?
「ち、違っ……! そ、そんなことは決して……!」
「へぇ〜。じゃあ、私があさ君のこともらっちゃうって言っても何も文句はないね?」
「さ、さぁ姉!?」
さっきから何をおっしゃってるのかわからない。
さぁ姉が、僕をもらう……!?
とんでもない急展開に頭が追いつかなかった。
14年来の関係が、途端に見たこともない色を帯び始める。
「そ、そんなことは絶対にダメだ! あ、アサは……アサは私のものなんだから!」
「ふふふっ。ほら、そうやって最初から素直になっておけばいいのよ。まあ、そうだとしても、私もあさ君のこと好きだから譲らないけど?」
「どぇぇ!?」
「させるか! っ〜!」
「え!? え!?」
いそいそと礼姉が席を立ち、なぜか僕の隣へとやって来る。
そして、堂々とさぁ姉の目の前で僕のことを抱き締めた。
心臓がドクッと強く跳ねる。
「絶対、絶対絶対に渡さない! アサは……アサたんは……礼お姉ちゃんのものなんだから!」
「れれれれれ、礼姉ぇぇぇぇ!?!?」
ギューっと抱き着いてくる礼姉。
半端ないくらいいい匂いがするのと、サラサラとした黒髪と、幸せ成分で頭がどうにかなりそうだった。
相変わらず僕は何が起こってるのか理解できてない。
口をパクつかせ、顔を極限まで熱くさせ、すりすりしてくる礼姉を感じるしかなかった。
「へぇ〜。ふふっ、ここに来て本性見せるのねぇ、礼ちゃん」
「そ、そもそも、今日は私がアサたんとデートする日だったんだぞ!? なんでお前が来てるんだ!?」
「そんなの決まってるでしょう? 私もあさ君のこと大好きなんだもん。礼ちゃんと二人きりにさせるわけないじゃない」
「くっ……! こ、この、泥棒猫!」
「それはこっちのセリフ。いい加減あさ君から離れてくれない? 三十路の女がいつまでも抱き着いてたら、あさ君も嫌だって言ってるよ?」
「みっ……!? そ、それはお前もだろうがぁ!」
声を震わせて言い返す礼姉だった。
至近距離から僕を見つめて、聞いたことのないくらい甘々な声で問いかけてくる。
「あ……アサ……お姉ちゃんが抱き着いてくるの嫌……?」
「っ……!?」
凄まじい破壊力。
あのクールな礼姉が、捨てられた子猫みたいな目で僕に訊いてくる。
無意識のうちに「そんなことはない」と返していた。
礼姉はホッとして、安心したように「よかったぁ」とすりすりしてくる。
僕は動けない。
あり得ないことが起こってる。
礼姉がこんなこところを僕に見せてくるなんて。
……でも。
「……け、けど……びっくりしてる……礼姉と……さ、さぁ姉も僕のことが好き……なんて」
「そんなにびっくり? 昔から私はあさ君に言ってるよ? 好きって」
向かい合って座ってるさぁ姉はにこやかに言ってくる。
僕は、でも、と反論した。
「それは昔の話だよね? 今は……その……もう時間も経ってるし……」
「そんなの関係ないよ。好きなのは変わらないし、私たちはずっと一緒だったでしょ? 積み上げた関係の分だけ、好きの想いは募っていったの。ただそれだけ」
「で、でも……そうは言ったって僕は二人からしたら子どもだし……」
「ふふふっ。そうだね、子どもだね」
「だ、だよね!? じゃ、じゃあ、それならいっそう僕のことなんて……」
「子どもだけど、関係ない。だって私たち、あさ君がこーんなに小さい時から好きだったんだも」
「えぇぇ!?」
手で小さいのを表すさぁ姉。
僕は恐れ慄き、密着している礼姉はうんうん頷いていた。
この二人……筋金入りのショタコンじゃないか……!
「小っちゃいあさ君のことを想って、いつも裏ではハァハァしてたんだよ? 可愛くて可愛くてたまらなくて、でも大きくなっていくあさ君は、それはそれで良くて、違った可愛さを纏っていって……」
「ひ、ひぇぇ……」
「今でもね、食べちゃいたいくらいなの……♡ 私好みの男の子に育ってくれてありがとうって感謝したいくらい」
「こ、怖すぎるんですが……」
「これも全部、私の努力の成果だね……♡ ちょうど今、食べ頃……♡」
恐ろしい色を瞳に浮かべてうっとりしてるさぁ姉。
震え上がる僕を、礼姉がナデナデしてくれる。
「あんな恐ろしい奴になびいちゃダメだぞ……? アサたんは……はぁ……はぁ…お姉ちゃんの言うことだけを聞いて生きてればいいんだからな……?」
あなたも充分恐ろしいが。
逃げ場なんて無いと思った。
僕は気付けば二人のお姉ちゃんから包囲網を敷かれてたらしい。
恐怖に身がすくむ。
なんてことだ……。
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