第4話 マッチング完了
遠い昔の記憶が夢になって現れた。
たぶん5歳とか、それくらいの時のこと。
当時高校生だった礼姉とさぁ姉に、左右から手を繋がれる僕。
楽しそうにお喋りをしながら歩き、やがて二人が僕の目の前でしゃがみ込み、目線を合わせてくれる。
そして、こう問いかけてきた。
『『あさ君は礼お姉ちゃんと桜子お姉ちゃん、どっちと結婚したいかな?』』
そんなの……どちらかなんて選べない。
でも、僕の口はそんな意識とは裏腹に、緩やかに動いていく。
答えなんて簡単に出したくない。
出したくないのに……。
『ぼくは……!』
「……っ!」
目を覚ますと、眼前には見慣れた天井があった。
静かな自室。
閉め切ったカーテンの隙間からは、陽の光が差し込んできてる。
時計を見れば、7時ちょうど。
朝だ。
夢の中にいたはずの二人はいない。
息を吐き、顔の上に手を置いた。
今日は一限も無いし、もう少し寝ていられる。
二度寝するか。
「…………」
……と思ったけど、モヤモヤして眠れない。
夢のこと、マッチングアプリのこと、礼姉とさぁ姉のこと。
色々なことが頭の中を巡ってて、大人しく眠れない。
頭を軽く掻き、寝返りを何度かする。
僕はあの時、いったいなんて答えたんだろう。
大切なことなのに、覚えていない。
礼姉とさぁ姉のどちらかを選ぶなんて、簡単にはできないことだ。
でも、それをいとも簡単にやってのけていた。
小さかったから、何も考えず、安直に直近で優しくしてくれてた方を選んだりしてだんだと思う。
姉ちゃんたちも冗談で聞いてたんだろうな。
どっちを選ぼうが、それをただの小さい男の子の答えとして受け入れ、可愛がってくれていた。
だから、今でもこうして家に来てくれたり、世話を焼いてくれたりしてる。
彼氏とか、婚約してる人がいてもおかしくないのに。
「……はぁ……」
そう考えると、時の流れは残酷だ。
昔みたいに、なんの気兼ねもなく姉ちゃんたちに甘えられたら幸せだろうな、とか思ってしまう。
もちろん、恋愛的な意味で好きとか、僕がそんな思いを抱くのはおこがましい。
そうじゃなくて、昔からの顔馴染みとして、仲良しとして、いつまでも一緒にいられるっていう思いがどこかにあったから。
大学生にもなったし。
さっきの夢のせいで、それが永遠じゃないのだと深く知らされた気がしたわけだ。
「……姉ちゃん……好き……」
誰もいないのをいいことに、小さくボソリと呟いてみる。
刹那、出入り口の扉が少しかちゃ、と揺れた気がしたのだが、そこには誰もおらず、代わりにバイブし始めるスマホのせいで、僕の意識はすべてそっちへ持っていかれた。
「マッチングアプリのだ……!」
すぐさまスマホを手に取り、画面をスワイプ。
アプリを開き、思わず目を丸くさせてしまう。
「えっ……! えぇぇぇぇ!?」
僕にいいねマークをくれた人の数。
それが優に30を超えていた。
しかも、ほぼ全員が美人の20代後半から30代後半。
プロフィール説明には女社長と書いてる人もいて困惑。
本当のママ活男子になった気分だ。
いや、まあママ活男子のタグ使ってるからその通りなんだけども。
「けど、これは…………ん?」
あまりの盛況ぶりに驚く中、女性たちを見ていると、少し気になる人が二人いた。
RさんとSさん。
二人とも顔出しはしておらず、部分的に後ろ姿が映った状態。
ただ、どこか髪の毛の感じが礼姉とさぁ姉に似てる気がした。
RとSっていう名前にも引っかかる。
年齢も同じ31だし……。
「……いやいや、そんなまさかな……」
自分の中で浮かんだ疑惑から目を逸らし、とりあえず自室とはいえ周囲を確認してから、二人にそっといいね返しをした。
『Rさんとマッチングしました!』
『Sさんとマッチングしました!』
素晴らしい文字列が画面に表示される。
遂にだ……! 遂にこの時が来た……!
画面から顔を上げ、深々と深呼吸。
さっそく僕はマッチングした暁に、とよろしくお願いしますのメッセージを送り、布団の上でゴロゴロ暴れる。
二度寝なんてできるはずもなく、大学に行く準備をするまでの間、ずっと妄想をしながら独り言を喋ったり、デートプランを練ったりしていた。
●○●○●○●
メッセージの返信は13時ちょうどくらいに二人から届いた。
たぶん、社会人さんだ。昼休みの休憩時間に返してくれたんだと思う。
簡単に何回かやり取りした後、まずRさんと会う日を決めた。
今週の土曜日の午前10時に駅前で待ち合わせだ。
……ただ、
「え……! え、Sさんも……!?」
Sさんも土曜の午前10時からをご所望。
自分の二股具合にかつてないほどの罪悪感を覚えつつも、その日は厳しいことを伝える。
日曜だったらどうか、と返したところ快く受け入れてもらえた。
翌日は月曜だし、たぶん次の日ゆっくりしたいんだろうな、と推測。
申し訳ない。
だが、これで予定もセッティング完了。
後は当日を待つだけ。
大学の学食でメッセージを返しつつ、僕は気持ちの悪い笑みを一人で浮かべるのだった。
これから先、起こる修羅場を一ミリも想像せずに。
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