第3話 ママ活男子疑惑。

「それで、これはいったいどういうことなのかな? あさ君?」


 リビングのテーブル上に置かれた僕のスマホ。


 そこには見事なまでに例のマッチングアプリの画面が映っていて、華々しい女の子の顔の数々が表示されてる。


 どうしてこうなってしまったのか……。


 僕は食べられる前の草食動物みたいな気分で椅子に座り、ひたすらうつむき続けるしかなかった。


 テーブルを挟んで腰掛けてる二人のお姉様の顔は絶対に見ることができない。


 オーラでわかる。


 きっと今、礼姉とさぁ姉の背後には、それぞれ鬼のような化身が浮かび上がってるはずだ。


 軽々しい態度でなんていられるはずがなかった。


「なぁ……アサ……答えてくれ……? このアプリはいったい……?」


 逃げ場はない。


 正直に話すしかないと悟る。


 もうなるようになれだ。


「え、えっと……最近流行りと言われています……マッチングアプリでございます……」


「マッチングアプリ? マッチングアプリって、恋人を作りたい人と、単純にセ●クスがしたい人が利用するカオスなあのコミュニティのこと?」


 首を傾げ、いつも通り穏やかな口調で疑問符を浮かべるさぁ姉。


 僕は冷や汗を浮かべまくりながら、おどおどとお答えする形。


「しょ、少々偏見がありますかね……? せ、セク……が目的の人は一部で、大抵が恋人を作りたいと思ってるから利用してると思います……はい……」


「あさ君はどっちが目的なの?」


「それはもちろん恋人を作るためにアプリを」


「ほら、セ●クスしまくるのが目的なんじゃい。●奴隷を作るのが目的なんじゃない」


「いや、断じて違うが!? 今僕の言ったこと聞こえてなかった!? しかも●奴隷とか作ろうともしてないんだけど!?」


「じゃあ、メス犬調教? あさ君って犬派だったのね?」


「だから違うよ! どこからどう間違えたらそうなる!? 僕は恋人が欲しいだけなんだってば! 勘違いしないで!」


「わんわん。桜子お姉ちゃんだワン」


「やめてくれってば!!!」


 見れば、なぜか礼姉も手だけ犬のポーズ(?)をしている。


 引き締まったカッターシャツ着用のOL姿でそういうのはやめて欲しい。


 いったいどういうつもりなんだほんと。


「姉ちゃんたち……勘弁してよ……。余計なもの見せたのは謝るけどさ、僕だって大学生になったんだ。彼女の一人くらい欲しいんだよ……」


「……ほぉ」「ふぅん」


「最近、一番仲良い友達にも彼女ができてさ、僕と同じで大学入学以降ずっと恋人いなかった奴だから、結構焦らされるというか……」


「でも、アサはアサだろう?」「あさ君はあさ君だよね?」


「っ……。そ、それはまあそうかもしれないけど……! ……焦るなっていうのも無理があるよ……僕だって早く可愛い彼女と……そ、その……い、イチャイチャしたいし……」


 あまりにも本音で話し過ぎてる気がする。


 が、姉ちゃんたちに嘘なんて通用しない。


 特にさぁ姉はほぼ確実にに見破ってくる。


 本当のことを話していた方がいい。


「……なので、今回このマッチングアプリを利用して恋人を見つけようとしてます……。その仲良い友達もこのアプリで彼女作ったって言ってたから……」


「ふむ……なるほどな。このアプリ、女性は利用するのにあまりお金を払わなくてもいいのか」


「うん……なんかそうみたいだね……ちょっと理不尽感じるけど……」


「利用者も女の子の方が少ないみたいね。こんなの、男の子を食い物にしようとする女だらけだと思うよ? お姉ちゃん、あさ君が傷付くところなんて見たくない」


「で、でも、恋人できる奴はちゃんといるし……! 現に僕の友達もイケメンってわけじゃないのに彼女できたから……」


「運が良かっただけではないのか?」


「ぼ、僕にもその幸運が降りかかってくるかもしれないだろ!? 何事も挑戦しないと始まらないんだよ! 逃げてちゃダメなんだ!」


「……あさ君はもうとっくの昔に幸運だと思うけれど……」


 ……?


 今、さぁ姉なんて言った……?


 ボソボソっと小さい声で言うから聞こえなかった。


「ま、まあ、そういうことだから。別に悪いこと何もしてないし、いいでしょ? 姉ちゃんたちにも迷惑かけてるつもりないし」


「「心配はしてるよ?」」


「っ……! し、心配も別にしてくれなくていいから! 大丈夫! 僕もいつまでも子どもじゃないし!」


「……子どもじゃないから私たちは心配なんだよ……」


 今度は礼姉がボソボソと呟いた。


 なんて言ってるか聞こえない。


「……わかった。いいよ。あさ君がそこまで言うなら、私たちも変に止めたりしない。すっごく彼女が欲しいっていうのも充分伝わってきたから」


「う、うん。わかってくれてありがとう」


「それで、どうなの? これを使い始めて、女の子からアプローチは来たりしてるのかしら?」


「えっ……」


「アプローチが来てるなら、どんな子があさ君に近づいて来てるのか、お姉ちゃんに見せて? 純粋に気になるし」


「うっ……え、えっと……その……」


「アサ、私にも見せてくれ。気になる」


「っ……」


 悔しいが、誰にも言い寄られてない現状を素直に話した。


 姉ちゃんたちは、なぜか一瞬安心したような表情の後、やっぱり僕を憐れみのこもった目で見つめてくる。


「ほらね? わかった、あさ君? これが現実なの。こういうのって、一般的に言われてる男性の魅力をすべて持ってる人じゃないとウケないのよ。あさ君には厳しいわ」


「う、うるさいやい! そ、そんなの僕にだってわかってら!」


「だが、安心しろアサ? アサにはアサの魅力がたくさんあって」


「礼姉も変に褒めてくれなくていいから! あぁ、もう! どうせ僕はモテないですよ! わかってますよ! こんなアプリしたって恋人簡単にできない弱者男性ですよ! ちくしょう!」


 だから気に食わないけど、幸喜の勧めてくるママ活タグを使ってるんだ。


 そういう不純なこと、あんまりしたくないってのに。


「もういいでしょ? わかったらこの話は終わり! 僕は悲しくも地道に恋人作りに励んでます! 姉ちゃんたちは綺麗だし、美人だからこういう悩みなんて抱えたことなんてないんだろうけどさ!」


「「……」」


 二人してなぜか意味ありげに僕を見つめてくる。


 なんだってんだ、ほんと。


「じゃあ、三人で夕飯作ろうよ。話してたら遅くなった。お腹空いたよ、もう」


「……うん。そうだね。礼ちゃん、あなたはソファに座ってテレビでも観てて? あさ君と二人で夕飯作るから」


「なっ!? わ、私も作るぞ!? 料理の腕前は段々と上がってきてるのだから!」


「あさ君のお母さんにも言われたの。なるべく礼ちゃんには包丁使わせないで、って」


「なななっ!?」


 やり取りする二人を眺めつつ、僕はため息をついて席を立つ。


 姉ちゃん二人にマッチングアプリのことがバレたのは不覚だったが、ママ活タグのことについては何もバレてない。


 さすがにこれが知れ渡れば恐ろしいことになる。


 本当の悲劇だ。


 危ない。


 そうやって安堵と共に夕飯のことをさぁ姉へ話そうとした矢先だった。


「それはそうと、あさ君? 最後に一つ、お姉ちゃんから質問があるのだけど」


「ん? 何?」


「この『あゆみ』って女は誰? ハートマークが付いてるけれど、マッチングしたってこと?」


「!?」


 さぁ姉が手に持ってる僕のスマホ。


 その画面には、『あゆみ』と書かれた美人女性の顔が映っていた。


 嘘だろ……。


 ほんとにマッチングしてる……。


 してるけど……!


「可愛い男の子が好きです……ママ活も……可……?」


「あ、あぁぁぁぁ! い、いやいや、この人は違う! マッチングしてないよ! してない! あ、あはははっ! 違う違う!」


「……アサ、ママ活ってなんだ……? 可愛い男の子が好き……?」


「さ、さぁ!? な、何だろうね!? ぼ、僕もそこはわかんないなぁ!」


「……でもこれ、あさ君のプロフィールにもママ活って書いてないかな……?」


「そ、そんなことないよ! み、見間違い見間違い! 間違えて入力しちゃってたのかも!? はははっ!」


「「……」」


「さ、さぁ、夕飯作ろう! 礼姉も一緒にね! なんだったら包丁の使い方とか、僕がしっかり教えてあげるし!」


「「……」」


「よ、よーし! レッツクッキーン!」


 この時の僕が過去最高に冷や汗をかいていたのは言うまでもない。


 何もバレていないはず。


 何も……たぶん……。

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