EX.6 腐り、狂う心
私は、テラス様の事が大好きです。
以前は、この気持ちは親愛であり敬愛でした。
ですが今は……
〜エクラの腐心〜
今日も私は朝から机に向い、膨大な数の書類を処理します。
私はテラス様のように、高速に書類を処理する事が出来ません。
ですから、こうして睡眠時間を削り、使える時間は全て処理作業に充てるようになり、はや一ヶ月程でしょうか?よく分かりません。
今日も私は眉間にシワを寄せ、ダルい体に鞭を打ち、大きな溜め息とともに仕事を始めるのです。
全ては、テラス様の為に……。
テラス様が、貴族の方から譲り受けたあのお屋敷に到着し、そして悪魔との死闘を繰り広げた事。
この事は、この街のみならずシュトラール全域、更には周辺諸国にまで広まりました。
まず、ヒュディソスの街の住人達はあの日、急遽来訪が知られた女王ルーフ様の歓迎式典に向け、皆様総動員となり働いていました。
ただ、街の住人だけでは絶対に労働力が足りないと判断されていた為、あの日は近くの村や街から多く協力者が派遣されて来ていました。
ですが悪魔の襲来を受け、皆蜘蛛の子を散らすかのように各々で逃げ始めてしまい、その結果もはや抑えられない程話が広まってしまいました。
これで、今回の出来事を内密に処理する事はかなり厳しくなってしまいました。
これが、一つ目の厄介の種です。
街は逃げ惑う街の住人でない者のせいで荒れました。
八割ほどの街の住人たちもその流れに混ざって逃げ、その内半分近くの者は今も街に帰ってきていません。
もしこの状態で悪魔が勝利、もしくは逃走に成功していたら、その被害は……。
ですが、幸いにも悪魔はテラス様によって倒されました。
良かった良かった!!
……と、皆様笑顔で終わる訳がありません。
テラス様が上手く誘導してくださったおかけで、街に魔法が被弾するなどという事はありませんでしたが、街は荒れ、住人も減りました。
となると、本来はテラス様が統率を取り、住人や貴族を導き、復興へ歩みを進めねばなりません。
しかし、テラス様は先の戦いで意識を失い、お体の状態からしても、復興への統率を取る事など不可能です。
勿論私はただの秘書ですので、テラス様の代わりとなるなど、おこがましいにも程があります。
ルーフ様は、女王様とはいえ見た目もかなり幼く、女王としての経験も浅く、目立つ実績もまだありません。
実力主義なこの街では、率先してついて行く者は少ないでしょう。
では、誰が?
……そうです。これが、二つ目の厄介の種です。
世界樹国ヴェデーレの先々代国王にして、現在は大臣として現女王ルーフを支える、『ヘクセレイ・ザーマ・ヴェデーレ』が皆を導き、連れてきていた兵士や、新たに本国から召集した兵士をフル活用して、あっという間に街を元に戻してしまったのです。
街がより早く以前の姿に戻った事は良いのです。
街の住人の皆様はより早くいつもの日々へと戻る事が出来るのですから。
ですが、それを成し遂げたのが他国の大臣というのがかなり不味いのです。
我が国は今回の件でヴェデーレへの多大なる恩が生まれました。
それだけでも不味いのに、この街ヒュディソスの実質的な最高権力者となってしまっている現状を思うと、頭が痛くなります。
その他にも沢山あります。
テラス様へあの屋敷を譲渡した貴族への尋問、余りにも不自然な悪魔の連続出現について…………など。
その中でも真っ先に考えるべきなのは、やはり我が国の王妃、『ローアル・ノクス・シュトラール』、つまりテラス様のお母様がヒュディソスの街へ現状視察とヴェデーレとの話し合いの為にやって来る事ですね。
テラス様の非常事態に駆けつけられないほど忙しかったですから、ここまで来訪が遅れるのも仕方がありません。
国の存亡、ひいては世界平和の崩壊の危機でしたので。
〜エクラの心乱〜
手に持った紙の束を睨みつつ、私は作業を続けます。
テラス様の代わりに書類の処理を行う時、始めの頃は、
「テラス様……会いたいです……。」
だとか、
「テラス様の声が、聞きたいです……。」
だとか考えていましたが、最近は疲労からか、余計な物事を考える事が難しくなってきたような気がします。
その結果、仕事中の私の頭は、仕事のみを深く考える事に特化し始め、おかけで仕事の速度も少しは早くなりました。
(……いけないですね。こんな事は考えずに早くこの書類を処理しなければ。)
そんな書類処理に追われる日々を過ごす私にとって一日二回の楽しみなのが……食事です!
書類処理中は平坦な私の気分も、この時間だけは上がります!!
あまり時間をかけられない為、食事はこのままこの執務室で摂るのですが、私の真のワクワクは場所でも、食事内容にもありません。
その楽しみとは……?
……食事をいつも持ってきてくれる兵士様とお話する事です!
私の滞在するこの街長様のお屋敷では、逃げてしまった使用人様方に変わり、ヴェデーレから派遣されてきた者たちが働いています。
七割ほどが派遣された者なのですが、シュトラール城の使用人様方とは違い、かなり態度が余所余所しいのです。
話し掛けても、愛想笑いを浮かべるばかり。
貴族の皆様は、私がどういった人物であるのかが分からず、どう接すればよいか分からないと避け、ヘクセレイ様は紳士なお方であるとテラス様から聞いていましたが、お互い多忙な為、そう何度もお話しする機会など、ありませんでした。
そうして、私はこの屋敷で孤立しました。
そんなある日の事。
時間が惜しい余り、執務室での食事を決めたあの日、食事を持って執務室へと入って来たのは、私より幼く見える一人のエルフの兵士でした。
『彼』は緊張した面持ちで部屋に入ると、その手に持った食事を仕事机とは別の机に持っていくと、頑張って練習したのが遠目でも分かるほど真剣に食事を並べ始め、その震える手で何とか並べ終えると、こちらに振り返り深くお辞儀をし、年相応の青年の声で、
「エクラ様。お食事の用意が整いま
と、盛大に、最後の最後で噛んだのです。
少しの沈黙の後、私は耐えられなくなって
「フフっ」
と、笑ってしまいました。
私の反応に、顔を真っ赤にして答えるその青年に対して、私は直ぐに
「あっ、ごめんなさい。馬鹿にした訳ではないのです。ただ、一生懸命な姿が余りにも微笑ましかったので…。」
と謝罪をしました。
その子はすぐに、
「も、申し訳ございませんでした!!」
と言い、その場をしましたが、そのまま行かせてしまうと自責の念だけが残ってしまうと思った私は、
「あっ、待ってください!」
と呼び止めました。
その時振り返ったその子の顔が、羞恥に染まって涙目であったのを見たその瞬間、
「……良ければ、少しだけ話し相手になっていただけませんか……?」
という言葉が、私の口から出ていたのでした。
それからというもの、あの子は毎食欠かさず食事を運んで来ては、私の話し相手となってくれています。
初めのうちは、他の使用人様方と同じく愛想笑いを浮かべるばかりでしたが、今では、
「エクラ様!俺、今日教官に褒められたんです!!それで、今度の稽古試合に出てみないかって言われて……言われまして!!」
と、彼のお話を聞いたり、
「エクラ様!俺、実は夢がありまして!!訓練もっと頑張って、もっと強くなったら、故郷に残してきた母ちゃんと妹呼んで、俺が養いながら一緒に街で暮らしたいんです!!だから俺、もっともっと訓練頑張ります!!!」
と、彼の夢を聞いたり、積極的に話してくれるようになりました。
何処までも真っ直ぐで、純粋無垢な少年である彼の存在は、激務の日々のオアシスとなり、確実に私を強く支え続けてくれています。
そんな彼がまた、もうすぐ昼食を持ってやってきます。
今日は一体、どんな事を話してくれるのでしょうか。
この前話していた、剣の稽古試合の結果はどうなったのでしょう。
昨日の夕食に出てきたお菓子を、こっそり一緒に食べた事はバレていませんでしょうか。
ああ、早く、
リヒカイト様に、お会いしたいです。
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