第二十六話 王女と妙案
あの後、エクラが落ち着くまで抱き締めた私は現在、城の廊下をソフィと共に歩いています。
というのも、早速お母様の元に向かっているのです。
善は急げ、的な。
さて、廊下を歩きながら、私の決意を発表しよう。
出来るだけ、エクラを幸せにする。
は?と思った方挙手!
…なんて、また誰かに話しかけているがそれは良い。
この決意には、いろんな意味が含まれている。
私は、エクラには最高の幸せを届けたい。
だが、それには様々な弊害がある。その弊害を強引に突破する手段はあるが、エクラはそれで得た幸せを喜んでくれるだろうか?
だから強引に突破はしない…今は。
…もし全てが私とエクラを拒絶して、計画が上手く進まなかったら、私はどんな手段だって使う、そんな覚悟をグリモワールのおかげで得ていた。
これを、エクラ第一主義と名付けるか。
もしそんな事になったらきっと、エクラは悲しむだろうな。
だから、あくまで最終手段。
それに私だって、お父様とお母様、それとこの国が大好きだから出来れば敵には回したくない。
だから、今から私が行おうとしているお母様とお父様との話し合いは、この先の未来を決めるとっっても重要なのだ。
やけに長く感じる廊下を歩きながら、私は不意に冷静になった。
(あれ、今のお父様とお母様って超忙しいんじゃ…?)
先日の人族の大反乱の後処理に追われているはず。話し合いどころでは無いかも…。
んー、…よし!作戦変更!
廊下の窓から城外を見ても、騎士達は勿論、大工のような格好の魔族、そして市民が協力して復旧作業に勤しんでいる。
城下町でもこれなんだ。城なんて忙しさの塊みたいな場所になっているはず。
ならば、私も何かを手伝えば、より早くこの忙しさを終わらせられるだけでなく、私の株も上がる。一石二鳥とはまさにこの事か。
そんな感じで作戦も練り終え、執務室に到着した私を出迎えたのは、怒号だった。
「城下町の復興を優先すべきです!!全騎士を城下町に集中させ、街の復旧作業と警備にあたらせるべきです!」
「だからそれじゃあ、周辺の街や村が滅ぶわよ!!彼らだって税を納めているのだから、守られる権利はあるわ!!さっさと騎士隊を編成して各町に派遣すべきよ!!!!」
あちゃー。お母様とレミアが喧嘩してる。
彼女たちは数十年の付き合いの親友だからこそ、こうしてお互いの意見を遠慮無くぶつけ合い、そして口論に発展する。
わりと良くある事だ。
執務室前に立っている警備の近衛兵達も、私が入室を渋って立ち尽くしている為、少し気まずそうで、それでいて申し訳無さそうにしている。
さて、どうしたものか。
時間を改めるべきだろうか。
…!
ここで、私は一つの妙案を閃く。
そういえば、お父様の宰相であるエスタルは現在、人族大陸に今回の人族の大反乱についての会議の為、精霊国ムートに赴いている。
だから今は、この国の復旧作業の指揮を取る者が居ないはず。
ならば私が導こうではないですか!!
私の導きでもし復旧作業がより早く進めば、私の計画する話し合いもより早く出来るし、私の株も上がる。
そして、そこにエクラも連れて行き、何か活躍させることで、エクラの事を民に知らしめそして認めさせる、その初めの一歩にできるのではないだろうか。
一石二鳥のはずが、一石三鳥になった!
でも、流石に無許可で導き始めるのは不味い。
だから結局はこの、修羅場と化している執務室に入らなければならない訳で。
私は深呼吸をし気合を入れ直すと、まずは執務室から少し離れる。
そしてソフィに命令を出す。
まず、さっき考えたエクラを民に知らしめる作戦の部分だけをソフィに伝えた。
そしてこの事をエクラにも伝える事。
エクラがこの事を了承したら、エクラ用の最高級の衣服を用意する事。
この二点だ。
「分かりました、姫様。」
あ、そうだ。大事な事を言い忘れていた。
「ソフィ。分かってると思うけど、絶対に強制しちゃ駄目だよ。エクラの意思をしっかりと尊重する事。」
そう言うと、ソフィはやれやれといった様子で、
「はぁ…。分かっておりますとも。姫様の大切なお方ですものね。」
と言い、エクラの元に向かって行った。
あー、これ、ソフィにもバレてるな…。
……まあ、いいか。ソフィなら、誰かに言いふらしたりなんてしないだろうし。
私は再び執務室前へと戻ってくると、未だ怒号が飛び交う執務室の扉をノックした。
すると怒号はピタリと止み、
「どなた?」
と、返ってきた。流石。
「私です。テラスです。」
「あらテラス?どうぞ入って。」
私が失礼しますと言いながら入室すると、そこには不自然な笑顔を貼り付けた二人の女性の姿が。
ニコニコはしているが、明らかに険悪なムードが漂っている。
私は、怖っと思いながらお母様の座っている執務机の前まで行く。
すると、お母様は不思議そうに私を見つめながら、
「それで、一体どうしたのかしら?何かあったの?」
と、問いかけてきた。至極当然な疑問…なはず何だけれど、さっきまでの様子から、怒気を含んでいるように感じてしまう。
駄目駄目。しっかりしないと。
「今日は、お願いがあって参りました。」
お母様は、私を値踏みするかのように見つめ始めた。
「そう。話してご覧なさい。」
お母様の眼差しは真剣そのもの。
私が、この超忙しい今何を願うのか。
つまり、私は試されているのだ。
「はい。現在、宰相エスタルは遠方へ出かけ、城下町の復旧作業の指揮者は不在なはず。そして、誰が敵かすら分からない今、変わりの指揮者を選別するのは簡単ではないです。そんな変わりの指揮者を、私に勤めさせてはいただけませんでしょうか。」
お母様の威圧感が強くなる。
しかし私も負けまいと龍の威圧を発動させてみる。
するとお母様は厳しい目付きで、
「城下町の復旧作業と言うのは、遊びでは無いのよ。ふざけているのかしら。それに、変わりの者は既に選別済みよ。分かったなら下がりなさい。」
と言い、更に威圧を強めた。ここまでくればもはや殺意だ。
ここで諦めて下がるのは容易い。でも、軽い気持ちで提案した訳でも無い。
しっかりと目的があっての提案だ。負けるものですか!
私も更に龍の威圧を強める。
今ここに、一般人がいれば泡を吹いて倒れるレベルの圧力だ。
「いいえ下がりません。選別済みな事は既に承知しております。遊び感覚で提案した訳でもございません。」
その言葉に返ってきたのは、お母様の台パンだった。しかし最強の吸血鬼の台パンなので、城全体が揺れた。
そして机は真っ二つ。ヤバ…。
「下がりなさいと言っているのよ!!…テラス、貴方のそれはただのワガママだわ。それとも、何か正当な理由でもあるのかしら?」
とんでもない強さの威圧感が襲いかかる。
正直、めっちゃ怖い。
でも私には前世から愛用してきた魔法の呪文があるから大丈夫。
(全てはエクラの為!)
私はそう心の中で唱え、自分を落ち着かせると、お母様を上回る為にと、全力で龍の威圧を発動させた。
そして恐らくこれは、お母様からの最後のチャンス。
ならはここで決めさせてもらう!
「理由はあります。まず、先程も話した通り今は誰が敵か分からない状況。ならばなるべく、重要な役職にあまり知らない者を引き込むのは避けるべきです。次に、王族自らが民を導く事で、今回の反乱で下がった民の士気、そして王族への忠誠心をも向上させる事が出来ます。」
まだ足りないかと、私は続ける。
「そして、私であれば不測の事態にもある程度対応出来ます。空を駆け、騎士よりも早く。私は既に、何度か民を救っている実績もございますので、より迅速に民を守護してみせます。」
私はひと呼吸おいて、話すべきか迷っていた事も続けて話す。
「…それに今回、私は補佐としてエクラを連れて行く予定です。それにより、民にエクラの存在とその価値を周知させます。エクラはかなり優秀です。彼女の才能をいつまでも城に仕舞って腐らせるのではなく、成長させていくべきであろうかと。」
まだ……足りない……?
私が肩で息をしながら、必死に頭を回して次を考えていると、突然目の前から放たれる威圧感が消えた。
ずっと大きな壁に押されている感覚だった私は、その壁が突然消えた事でそのまま倒れそうになったが、踏ん張った。
すると、さっきまでのが嘘であったかのように、またしても突然お母様は大きな声で笑った。
え、怖……なんて思ったが、その顔は満足感で溢れていた為、私は察する事が出来た。
あぁ…合格したのか…と。
私も呼応するように龍の威圧を解くと、さっきまで一言も話さなかったレミアが介入してくる。
「ローアル様。少し、いやかなりやり過ぎだと思います。姫様が余りにも可哀想でした。」
(そうだよ!めっちゃ怖かったんだから!)
しかしそんな私の心の叫びはどうやら全く届いていないようで、レミアを無視したお母様はとても満足そうに私を見ると、
「よく頑張ったわね、テラス。貴方の覚悟、そして強さ。しっかりと伝わったわ。だから、貴方には城下町の復旧作業、その全権限を渡しましょう。しっかりと励んでちょうだい。」
と言って、頭を撫でてくれた。
そして無視されて不服そうなレミアは、
「姫様。とても格好良かったですよ。」
と、褒めてくれた。
その後詳しい話し合いや説明、引き継ぎ作業などを終わらせた頃、外はすでに暗くなっていた為、今日はやめて明日から行動を開始する事になった。
私も、エクラにどうするか聞かないといけないため、その決定には賛成した。
そして、私がこれから指揮を取る事に関してだが、私が日頃から民を救っていたことも相まって、大歓迎を受けた。
「姫様が指揮を!?流石です!」
「姫様の指示なら安心出来るってもんよ!」
「俺、姫様に命令されたい…!」
「姫様ー!カッコイイわー!」
という感じで。
前任の指揮者は複雑そうな表情を浮かべていたが、王族相手には何も言えまい。
さて。いろいろ終了したので、私は今自室前へと戻ってきたのだが…。
先程、ソフィによって私の入浴も済んだ為、あとは寝るだけなのだが、何だか今日は、妙に緊張する。
あんな事があった後だ。意識しない方がおかしい。
私は意を決して部屋のドアを開ける。
するとそこには、私の帰りを待ってちょこんとベッドに座っているエクラが居た。
入浴を済ましたばかりなのか、妙な色気が漂っている。ヤッバ。
エクラは、私を見ると嬉しそうに、
「あ、おかえりなさいませ。テラス様。」
と微笑む。マジヤッバ。
「ただいま、エクラ。」
私が帰ってくると、いつもは近寄ってきて一緒にソファに座る。
しかし今日のエクラはベッドに腰掛けたまま動かない。
まさか、隣に座れという事です…?
あれ、おかしいな。ベッドに並んで腰掛けるなんて、この数年間で何度も行ってきた筈なのに、いつもの数十倍心臓がうるさい。
なので私はつい、エクラから少し離れた場所に座ってしまう。私のバカ!
するとエクラは、そっと私に近付くように座り直す。
結局、いつも通り私達はくっついて座った。
私が謎の緊張に苦しんでいると、エクラはそっと話を始めた。
「…テラス様。今日は、ありがとうございました。……私、ずっとテラス様に憧れを抱いていました。でもある日、気が付くと憧れは恋へと変貌していました。駄目だと思いながらも、この思いは膨れていく一方で。そして今日、遂に膨らみは限界に達し、あの様な愚行をしてしまったのです。」
そこまで言うと、エクラは私の手をいわゆる恋人繋ぎと言う奴で握る。
「そして私は後悔しました。きっと、嫌われてしまったと。こんな事なら、更に押さえ込むべきだったと。…私は、調子に乗っていたのです。本当に、愚かでした。」
エクラは愚かなんかじゃない、そう言いたいがそういう雰囲気ではない為、私は手を強く握り返しておく。
「でも、そんな私をテラス様は受け入れてくださいました。今日だって、私の事を考えてあの様な提案をして下さって。……私は、テラス様に全てを与えてもらいました。しかしそれは余りにも一方的で、私は何も返す事が出来ません。……テラス様、私は私しか持ち合わせがありません。だから……」
私は、その先を絶対に言わせたくない。
そう思った私は、エクラの額にキスをした。
驚きで言葉を止めたエクラに、私も優しく話をする。
「その先はまだ駄目。…それにね、私は既にエクラから貰っているものがあるんだよ?エクラは絶対に知らないと思うけれど、私はエクラに生かされていたんだ。もし、エクラが居なかったら私、とっくに死んでいたと思う。つまりね、私はエクラから命を貰ったの。だから今度は私がエクラに命をあげた。でもそれだけじゃあ満足出来なかったの。」
私はエクラが大切なのだ。
それは決して、欲望では無かった。
それなのに。
「私は強欲だからね。エクラが欲しくなってしまったの。…エクラはさっき、自分の事を愚かだと言った。でもエクラの言う愚かさなんて、私に比べたら可愛いものだよ。そもそも愚かじゃないし。……強欲はね、罪なの。だから、私は罪人。」
「そんな…!テラス様は…!」
エクラは焦り叫ぶが、私は静かに話し続けた。
「でも、そんな私をエクラは受け入れてくれた。私、とっても嬉しかった。なのにさっきの発言は何?自分の事をまるで物のように私に差し出そうとして。そんなの駄目。私は強欲だからね、そんなの絶対に許さないから。」
そう。私は少し怒っていた。
エクラは確かに大切だし大好きだ。
そんなエクラが『私をどうぞ』だなんて嬉しくないはずがない。
でも違った。今回のは対価であった。
私はエクラに対価など求めていない。
何かを返してほしいなど思わない。
それなのに、勝手に自身に価値(しかも低い)を付けて私に支払ってくるなんて許せなかった。
だって…。
私が唯一エクラに求めるのは対等だから。
エクラは静かに涙を流す。
そんなエクラを見て、私は自分を『何やってんだお前ぇぇぇ』と叱りつける。
しかしエクラの表情は、先程よりもスッキリとしたようであった。
「ごめんなさい…。私、全く理解していなかったのですね…。」
私は後悔と罪悪感に押しつぶされそうになり、それから逃げるように握っていた手を解くと、私はエクラを抱き締めた。
「エクラ。私はね、いつかエクラと対等になりたいの。身分なんて関係なくお話して、一緒に生活して、一日一日を大切にする。そんな関係に。今はまだ難しいかもしれないけれど、いつか必ずそうなりたい。そして、そんな関係になれたとき、私はエクラの気持ちに答えようと思う。」
そして私はエクラを抱き抱え、ベッドに横になる。吸血龍姫の力を持ってすれば、エクラ一人ぐらい楽勝で抱きかかえたまま宙に浮けるので、少しだけ浮いてベッドの真ん中に移動したというわけだ。
私はエクラの頭を、自分の胸に押し付けるように抱き締める。
エクラが、してくれたように。
「今日はもう、このままおやすみ。エクラと違ってあまり胸は無いけれど、少しは柔らかいと思うから。」
エクラは何も言わず、ただ静かに泣いた。
そして、そのままエクラが眠ったあと、私は自らの気持ちを囁く。
それは、前世では決して届かなかった言葉であった。
「愛してるよ、エクラ。」
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