第二十四話 王女はドキドキ

「は?」


 そんな言葉を口にしたのは誰であったか。


 今となってはもはやどうでもいい事であるが、とにかく、その後も近衛兵は話を続けた。






 私が魔法で巨大な牢屋を作った後、お母様の宰相レミアの指揮のもと兵士が牢屋を囲うように警戒陣が組まれ、牢屋内からの攻撃に対応した。


 牢屋内の人族は皆王城の方向に集まった為、攻撃の対応にはあまり困らなかったそうだ。


 そしてそんな状況が続いて数時間、やがて日の出が近くなると、何故か人族はピタリと動きを止めたらしい。


 警戒を強め様子を見ていたら突然、精霊術でお互いを攻撃し始め、そんな状況に(私の牢屋に入り口がないせいで)対応出来ずどうするべきかと悩んでいる内に全滅したらしい。












「一体…何がどうなっているのか、我にはもはや理解出来ぬぞ…。」


 お父様の嘆きが静かな室内に響くと、私とお母様も、同意するように頷く。




 お父様は近衛兵に退室の命令を出し、近衛兵は静かに部屋を去っていった。


 二人を見ると、思考タイムに入っていた為、私も自分で考えてみる。








 まず、これは希望的想像なのだか、他の街で暴れている人族も同じ様な末路を辿っていてほしい。


 そうであれば、この国は救われる。人族の討伐なんて、人族と魔族の和平を崩しかねない仕事が増えてしまうところであった。


(それに、私が殺っちゃった人族の事も有耶無耶に出来るし。)




 次に、やはり明らかに何か私達の知らない方法で人族は操られていたとしか考えられないと言う事なのだが、これはかなり危険だ。


 非力な人族に力を与え、そして盲目にする。


 そんな力が、この世界にある…のだと思う。


 勿論確証なんてない。ないが、実際に体験してしまったのだ、そう感じてしまうのは仕方がない事だろう。




 そして、今回のこの我が国を狙ったテロ事件の目的がよく分からない事なのだが、これも恐ろしい。


 脈絡の無い殺人事件が一番怖い(個人の感想)のと同じで、狙いの分からないテロ事件は恐ろしいのだ。


 …いや、もし今のこの人族と魔族の和平を崩す事が目的なら?




 ……有り得ない、かな。あまりに遠回りかつ博打が過ぎる。


 今回のテロで、恐らく多くの犠牲が出ているであろう。


 その中に含まれているのは魔族だけでは無いはず。


 人族と魔族の和平どころか、人族VSその他の全種族になる可能性のほうが高いのだ。








 ……まさか…いや…でも…。


 …有り得ないとは思うが、一つ最悪な可能性が頭に浮かんだ。


 それは、人族側に、もし全面戦争になっても大丈夫な戦力がある可能性。


 どうか、有り得ない事で終わってほしい。












 一通り思考タイムが終わった私は、既に話し合いを始めたお父様とお母様混ざり、意見交換をした。




「そうよね。やっぱり、相手の目的がよく分からない事よねえ。ふわぁぁ…。」


 私の話を聞き、お母様はあくびをしながらそう返す。


 そりゃそうだ。普段ならお母様は、既に眠っている時間なのだから。


 しかしどうやら、しばらく眠れない日は続くのだろう。そして私も十五歳の立派な王女。


 ならば国の為、この身を削る事もやぶさかでない!


 …そんな私の心情を見抜いてかは分からないが、お母様に、


「貴方はそろそろお部屋に戻りなさい。エクラちゃんが貴方の事を待っているわ。」


と言われ、続けてお父様には、


「そうだぞ。お前は既に国の為に大活躍してくれたではないか。後の事は我らに任せて、お前は休め。良いな?」


と言われてしまった。




 まあ、お二人もこう言っていますし、私はゆっくりと休みましょうかね。


 別に、はやくエクラに癒やしてもらいたいからとか、そんな理由ではないですよ?




 私は心底寂しそうに、


「わかりました…。では、失礼します…。」


と、部屋を出ていったのであった。












 そんな私を待っていたのは、尊さマックス愛しのエクラ…ではあったのだが、その顔は怒りであった。


「おかえりなさい、テラス様。」


 優しい笑顔が怖い。


「私、約束しましたよね。二時間だけだって。あれから、何時間経ったんでしょうか。」


 怒ってるエクラも尊い…!が、今は真剣に謝るべきだ。


「ごめん。エクラ…。」


 私はちゃんと謝った。下手にふざけたりはせずに真っ直ぐと。




 そんな私を見て、諦めの表情で微笑むエクラ。


「…心配、したのですよ?外が騒がしくなって、城内も騒がしくなって。そしたら慌てた様子の王妃様が部屋に飛び込んで来て、テラス様の事を聞いてくるのですから。」


 そう言うとエクラは未だ部屋の入り口に立っていた私の手を掴み、ベッドへと誘導する。


 そして、ベッドへと私を押し倒すエクラ。


「え、エクラ…?」


 エクラはしばらく無言で、困惑している私の事を眺めた後、イタズラっぽく笑った。


「ふふ♪少し、イタズラしちゃいました。テラス様、睡眠は取られていませんよね?ですので、今から私と一緒に眠りましょう?」








 はぁぁぁぁ!!!


 心臓が!心臓が破裂するぅぅぅぅ!!!


 何だこの尊すぎる小悪魔!?


 眠気とか、全部飛んだわ!




 って、冷静になってエクラを見ると、彼女も眠たそうだ。もしかして、私が帰ってくるまで眠らずに待っていたのだろうか。








 私は出来るだけ平静を装いながら返事する。


「わかった。一緒に寝ましょう、エクラ。」


「はい!テラス様!」


 私はエクラに押し倒されて既にベッド上に居るので、先にベッドに横になる。


 するとエクラは、私の背中に抱き着き、腕を回しそして私を翼で包む。


 これは昔からずっと同じ私達の眠り方。ただ、昔と変わった点は、私とは違ってたわわに実ったあれが背中にフニッとする点。




 元はエクラの睡眠時の不安を取り除く事が目的であった為、試行錯誤を繰り返した結果、この形に落ち着いたのだが、今となっては私の寝付きが悪くなってしまう原因となっていた。






 背中のフニッとにドキドキしていると、エクラが囁くように話しかけてくる。


「どうしましたか…?眠れませんか…?」


 前世の記憶がある私とは違い人生の殆どを城中で過ごしているエクラは、自分のたわわの凶悪さが分からないのだろうか。


 それに加え、彼女の少し天然な部分が拍車をかけているのだろう。


 いや、まさか分かっててやっている訳じゃないよね…?


「テラス様…。少し、こちらを向いてはくださいませんか…?」


 そう囁く彼女に言われるがまま、私はエクラの方に寝返った。




 するとなんと、エクラは私の頭を抱き寄せ、そのたわわに私の頭を埋めたのだ。


 そして、自らの翼で私を優しく包む。




 その柔らかさと心地良さと温もりに対し、正気を保った私を褒めてほしい。


 私の頭を抱いたまま、エクラは優しく私の頭を撫で、


「今日、何があったのかはわかりません…。でも、テラス様はきっと、誰かの為に凄く頑張ったのでしょう…。よく頑張りました…。」


そう囁く。


 ああ、何だこの極楽は…。意識が…。














 翌朝、ではなくその日の正午。


 私は意識を取り戻した。


 …?目を開いても暗い。こんな、暖かくてモチモチなアイマスクをして寝たっけ…。


 私はそんなアイマスクを外そうと手を伸ばし……


 …ムニ?




 …ムニムニ?




 ……ムニ。




 ……あ、そうだった。私、エクラに頭を抱き寄せられたまま寝落ちしたんだった。


 て事は、今私がムニムニしているのって…!




「おはようございます、テラス様。寝起きから大胆ですね♪」




 ああああああ!!!!


 私はすぐ様飛び起き、ベッドから転がり落ちるように脱出、そして


「ご、ごめんエクラ!」


と、全力謝罪。


 寝ぼけていたとはいえ、遂に大罪を犯してしまった…!


 推しとの過度な接触は禁忌なのに…!




「テラス様、謝らないでください。私、別に怒っていませんよ?むしろ、テラス様が望まれるのであれば私……構いませんよ…?」




 ああああああ!!!どうしよううううう!!!!(聞こえていない)


 切腹か!?切腹をするでござるか!?(聞こえていない)




「テラス様…?」


 エクラの少し悲しげな声によって、一気に現実に戻される。


 ああ、悲しんでる…!


 私はそう感じ、そして物凄い焦りを感じる。 


 結果、こんな事を口走る。


「本っっっ当にごめん!!!こんな事では許せないと思うけれど、私に出来る事なら何でもするから、それで埋め合わせてくれない…?」






 ここで、今の状況を客観的に見てみよう。


 一国のお姫様が平民に頭を下げ、更に何でもするなんて、とんでもない事を言っている。


 ね、ヤバイでしょ。


 でもこの時の私は、寝起き+パニックという頭全く回らない状況だったから…ね?






 そんな私を見て少し笑うエクラ。


「聞いていなかったのですか?私、怒っていませんよ?むしろ…ふふ♪」


 え、尊。


 …じゃなくて、取り敢えず怒ってなくて良かった〜、一安心。


「ところでテラス様。先程の、何でもするというのはどういう事なのでしょう♪」


 …前言撤回。














 こんにちは。テラスです。


 この、誰かに挨拶するのも何回目ですかね。


 誰かさん。いかがお過ごしでしょうか。


 さて、時刻は正午ぐらい。


 私は今ベッドに腰掛けています。普通ですね。


 そして、膝では私の推しが横になっています。普通…ではないですね。ヤバイです。


 いわゆる、膝枕というやつです。


 先程、私が口走ってしまった事に対し推しのエクラが要求したのが、なんとこの膝枕。


 私に、久しぶりに膝枕をして欲しい、と。


 いや、尊過ぎない!?


 そして私、寝間着なので素足なんです。


 だから、エクラの頭の感触や息が、私の太ももからダイレクトに伝わってくるんですよ。


 誰か私の心臓を助けてやってください。








 一つ、勘違いしないで欲しいのは、エクラは別に眠たいわけではないと言う事。


 その証拠に、私達は膝枕の状態でお話をしている。


 今朝何があってどうなったのか、から始まって、そこからは他愛のない話をし続けた。


 その間ずっと、私はエクラの頭を撫で続けていたのであった。




 エクラは嬉しそうに、


「私達が今より幼かった頃、こうしてよくテラス様に膝枕をしてもらっていましたよね。」


と言いながら、エクラの頭を撫でている私の左手の甲に自分の手のひらを合わせる。




 エクラの急な行動に驚いた私と、私の驚きを感じたのか、嬉しそうなエクラ。




 エクラは指を絡ませ、そして握る。私はどうすればいいか分からず、手がパーのままだ。




「テラス様。私、テラス様には本当に感謝しているんです。あの時、地獄から私を救い出してくれた事、何も返せない私に、全てを与えてくれた事、そして…。」




 そこまで言って沈黙するエクラは、握っている私の左手を口元に持っていく。


 そして、エクラは私の左手の薬指に、静かにキスをした。


「ふぇ…?」


 私は呆気にとられ、そんな腑抜けた声を出す事しか出来ない。




 しかしエクラは違う。


 少し顔を赤らめながら身体を起こし、ベッドから少し離れた所で立ち止まる。そしてくるりと、ボーッとしている私の方を向くと、


「少し、イタズラ、し過ぎちゃいました♪では私は、着替えてまいりますね。」


と、微笑んで脱衣場へと消えていった。










 ……夢?


 ……そうか、夢か。


 そう思いながら、私は自分の太ももに残る温もりと、自分の左手の薬指に感じた温もりを再確認する。




 ……夢じゃない!?!?




 さっきのエクラの行動、一体どういう事なの!?


 イタズラ?…にしてはガチ過ぎる…!


 うわああああああ!!!!




 と、顔を真っ赤にして悶える私は知る由もなかった。


 脱衣場で、同じように顔を真っ赤にして悶えている少女の存在を…。












〜イチャイチャの裏側で(ローアル王妃)〜




 私の娘、テラスが自室へと戻っていった。少しだけ、寂しそうな表情を浮かべて。


 私の夫はそれを辛そうに見ていたが、私は知っている。


 あの子絶対、寂しいなんて思っていない。




 テラスはあの襲撃事件があった数年前から、ずっとエクラちゃんと一緒に同じ部屋で生活を共にしている。


 昔、私の夫は、仲が良くて良い事だ!、と共に生活することを快諾した。


 そんな単純なところも好きなのだが、そうではなくて、私には分かっていた。


 あの二人が、互いに友達以上の気持ちを抱えている事を。




 当時は、テラスはエクラちゃんをまるで宝石のように大切に大切に扱い、エクラちゃんはテラスを尊敬の眼差しで見つめていた。




 しかし数年、私は二人を観察してその心情に変化が生じている事を見抜いていた。




 エクラちゃんは、テラスに明確な好意を寄せているわね。そして、エクラちゃん自身、その事をしっかり理解している。




 ただ、問題はテラスね。


 あの子、きっと自分の心情の変化に気付いていないわ。


 エクラちゃんを見る目が変わっている事、きっと私とあの子達の専属メイドぐらいしか気が付いていないのでしょうね。




 はぁ、全く。あの二人、見ていて飽きなくて最高よねぇ?












〜イチャイチャの裏側で(スルンツェ王)〜




 我が子が行ってしまった。


 我の言葉に、テラスは悲しげな表情を浮かべた。


 我はただテラスには、辛い政治の世界はまだ早いと思って発言しただけだったのだ…。


「あなた。そんな顔しないの。ほら、あの子の為にも、私達の仕事を始めましょう?」


 そう我に言うロアであったが、何故か少し楽しそうであったのは我の見間違いであろうか。






 我らは、沢山上がってくる報告を処理していく。


 我が宰相エスタルは、今回の事件について知りたい各国からの使者に対応している。


 本当に優秀な宰相で助かるな。




 暗部から上がってくる情報は様々だった。


 殆どが暗い内容であったが、その中でも、良い情報はいくつかあった。


 まず、我が領土全域で人族による反乱は終了した。どうやら、皆同じ末路を辿ったらしい。




 しかし、テラスが麻痺を付与して無力化した人族はどうやら自害しなかったらしく、しかも運が良い事に、その中に首都に滞在していた人族の国の大使も含まれていたのだ!


 テラスのおかげで、他国との戦争などに発展する可能性が減ったのだ。


 これは、後で大いに褒めるべきだな。




 生き残った人族はおよそ二千人。


 今は、一人一人を魔法で無力化し、自害できない状態にして城の地下牢に輸送中との事。


 城の地下牢とは、城の地下三階から五階まで続く巨大な牢獄の事である。


 二千人の収容となれば、ここしか無いであろうな。妥当な判断だ。








 その後、他国への報告の書類なども書き終えた頃、気付けば時刻は正午を少し超えていた。


 前を見ると、ロアは居眠りをしていた。


 無理もない。本来ならばロアは眠っている時間なのだ。


 我は着ていた上着を脱ぐと、それをロアにそっと被せる。


 そして、完成した書類を持って、静かに部屋を出ていったのであった。








 そうであった!


 先程、テラスを褒めるべきだと考えていたのであったな!


 テラスの様子も気になる事であるし、このまま、テラスの部屋に向かおうか!


 がっはっは!!


 我はそう笑いながら、書類を抱え、テラスのもとに向かうのであった。

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