第十三話 王女とサプライズ

 今回のメインの話題である『勇者信仰』に無事突入した。


 というのも、会議の途中に会場内の空気が、険悪なものになることがたまにあるらしく、そうなれば早めに会議が切り上げられるのだが、今回は事前に、精霊国の参加がない事が確定していたため、そうはならないだろうとは思っていた。


 精霊国は、問題児の様な国なのだ。


 …まあ、出席が義務付けられているこの会議に、参加していない時点でお察しなのだが。





 翼王国のヒムレン王が反応する。

 背中に大きな鳥の翼を生やし、足は鷹の鍵爪の、亜人族だ。別名鷹族とも呼ばれる彼らは、まさに鷹に人を足した様な姿だ。


「…あれか。ここ数十年で突然出現した、人間至上主義の宗派。」


 獣王国の王デゼルトが答える。


「そうだ。俺の国、いや、お前らの国全てにおいて、あいつらの思想は危険なものじゃあねえのか?」


「…そうだが、しかしだな…」




 超長い話を聞きながら、私は保留にしていた、この世界の宗教について脳内で復習する。



 まず、宗教という何かを信じ崇めるという文化は、人族と接点が多い種族ほど持っており、魔族にそのような文化はない。


 魔族は、まあ強いて言うのなら世界樹を信仰していると言えなくは無いが、日本人が、自分に都合のいい時だけ神にお願いするあの感覚と同じだ。



 そしてこの世界には、代表的な宗派が三つある。



 一つは世界樹信仰。魔族大陸の多くの亜人族が信仰しているが、特にエルフ族が強く信仰している。

 世界樹の守護者だと自ら名乗り出たぐらいなので、その信心深さは、計り知れないものだろう。



 二つ目は、龍信仰。人族大国のドラコー帝国が総本山の、龍の守護を信じ崇める宗教だ。

 人族大陸の一部の亜人族も、信仰している。


 ちなみに、私のお父様が昔、お母様と戦いを始めたのは、この国の人々のためだったりする。

 当時、龍巫女と呼ばれていた人族の女性が、懇願してきたらしい。



 三つ目は、精霊信仰。これは、精霊国ムートが総本山で、龍信仰者でない人族は全て精霊信仰の信者であり、龍信仰者は、人族の間では少数派だったりする。


 そのため、龍信仰者と精霊信仰者は仲が悪かったが、今では、お父様の頑張りのおかげで仲は良くなってきている。




 そんな中、ここ数十年で突如として現れたのが、今話し合われている勇者信仰者だ。



 勇者信仰についての情報なのだが、お父様とお母様は詳しく教えてくれなかったため、会議を聴きながら情報を集める。





 まず、この世界の勇者は、おとぎ話上の存在である。

 世界を闇が支配した時光とともに現れ、世界を正しき姿へと導くと伝えられている存在らしい。


 そしてそんな勇者を信仰し、いつの日か伝説を実際に果たす事を願うのが勇者信仰である。

 まあそれだけなら、似たような宗教は他にも沢山あり、わざわざ世界で集まって会議する必要などない。

 しかし、とある問題があるため、このような大事になっている。



 それは、人間絶対主義的な考えを持っている事と、ひそかに勢力を拡大しているという噂が出てしまっている事。


 そして人族は、精霊か龍のような、目に見えて力を感じることのできる存在を信仰することが常識なため、勇者なんて伝説上の存在を信仰する事自体が異質な事が問題なのだ。




「よって、我々は勇者信仰の存在を断固として存在を認めない。この決定をもって、今回の会議を終了とする!」


 そう大きな声で、お父様が世界会議を終わらせる。すでに、会議が始まってから三時間ほどが経過して、現在二十一時。まあ、大体予定通りの終了時間だ。



 そして二十分ほどの準備時間を挟んだあと、親睦会という名の舞踏会が始まるのだ。






 待機室へと戻った私達。私は部屋に入った途端、椅子に座り込んだ。


「疲れた…。」


 そう言って椅子で溶けている私に、お父様とお母様が話しかけてくる。


「テラス!会議での提案、見事であったぞ!会議中にもかかわらず、お前のことを自慢してしまったぞ!」


と、ご機嫌なお父様と、


「ええ、本当に。よく頑張ったわね。」


と、優しく頭を撫でてくれているお母様。これで、昨日のエクラの件の失態はカバー出来たかな。



「それにしても、よくグリーンスライムを利用するなんて思いついたわね。いつの間に、忌物の生態なんて勉強していたのかしら。」

「前に、少しだけ忌物について図書館で調べる機会に恵まれた事がありまして。」

と、お姫様モードを崩さないように意識しながら話す。

 その理由は簡単で、この後の舞踏会の為。

 私はまだ七歳なので、誰か知らない人と踊ったりはしない。

 とはいえ、我が国と繋がりが欲しい、他国の大商人や、貴族なんかが私に話しかけてくる事は容易に予想できる。

 その時にボロが出ないよう、集中を維持しているのだ。


  

 はぁ…。エクラに会いたい。

 …あれ?集中、切れてない?





 ソフィを含む使用人達による、私達の化粧直しが済むと、私達は舞踏会の会場へと歩みを進めた。

 少し早めに会場についてしまったが、とっくに準備など終わっていたのか、既に舞踏会場は豪華な装飾に、豪華な食事が並んでいた。


「凄い…。」

 今年の担当国が獣王国である為に、並んでいる料理は肉が多かった。

 しかしそこからは決して野蛮さなど感じられなかった。

 …前世のイノシシみたいな生物の活造りは流石に驚いたが。



 少し経つと、先程の会議で見たお偉いさんたちも、続々と入室してくる。そして、気付けば会場内は様々な種族で溢れかえっていた。


 そして、早速私はたくさんの方々に話しかけられていた。

 大体は、何かについてのアドバイスを求められたり、嫁に来ないかという提案だったり。

 私は、笑顔で対応する。優しくね。

 アドバイスは、要は私の脳内にある設計図を引き抜きたいだけなので、それっぽい、かつ役に立たない事を返答してあげた。

 嫁に来いという提案も、結局本質的にはアドバイスを求めてくる奴らと何も変わらないため、遺恨が残らないように、優しい口調でキッパリと断ってあげた。

 つまり、ただ私との繋がりを持って居たいだけである。

 もはや、流れ作業だ。



 そういえば、一人だけガチの求婚をして来た人族がいた。

 今回不参加の精霊国ムートの結構偉い貴族らしい。

 キm…じゃなくて、私にはまだ早過ぎる話ですから、と断った。

 流石の周辺の貴族たちも引いていたのが面白かったから、今回は水に流そう。



 そんな会場が、突如として静かになった。


 会場の一番奥にある、大きなステージのような場所に、獣王国デゼルトの王が現れたのだ。

「皆のもの!今年の、俺の国主催の舞踏会に参加してくれて感謝する!俺の国自慢の音楽や食事を全力で楽しんでいってくれ!そして、今日の最後には、とあるサプライズを用意している為、是非楽しみにしてほしい!それじゃあ、今年の世界親睦舞踏会の……、始まりだ!」

 その声を合図に、陽気な音楽の演奏が始まった。

 会場内の者達は皆、踊り始めた。さっきまで私に取り入ろうとしていた奴らも私から離れて、誰かと踊り始めた。



 私は、チャンス!と、まずは豪華な食事達に近づいていく。

 そして、一通り食べていく。

 最後に、こっそり異空間収納の魔法を発動させ、美味しかった料理の一部を収納していく。

 理由はもちろん、後でエクラに食べさせてあげる為だ。



 そんな事を繰り返していると、会場内で、先程から演奏をしていた楽団の演奏が止まった。

 楽団は今から一時的に休憩に入る。つまり、踊りも一度休憩というわけだ。


 先程まで殆ど誰もいなかった食事エリアに、一気に有象無象達が増える。

 食事を食べ、担当国の評価をするのも、彼らの仕事なのだ。この食事は苦すぎる、だとか、甘すぎる、だとか。

 自国のプライドがある以上、単純に美味しいとは言えないのであろう。



 そんな中私は、既に食事エリアから離れていた。

 流石に限界を感じ、バルコニーのような場所にある席に座って、夜の街の景色を眺めながら食事を取っていた。



 暑さも寒さも感じにくいこの体だが、なんだかとても、寒く感じた。



「はぁ…。エクラに会いたいなぁ…。エクラと一緒に食べたかったなぁ…。」

 小さく、そんな独り言を呟く。

 バルコニーには私一人だけなので、少しだけ開放感を感じる。

 しかし、身につけている衣装が私を縛る。

 お前は姫だ、と。

「…帰りたいな。」


 それは、『どちら』に帰りたいと願った言葉であったのだろうか。



 私のそんな呟きは、夜闇に消えていった。






 外の気温によって冷えた紅茶を魔法で温めながら、夜景を眺め続ける私に静かに接近し、話しかけて来た者がいた。

 私の魔法、地図に写ったのですぐに気付いたが。

「このような場所で一人、なにをしているのじゃ、お嬢ちゃん。」

 それは、世界樹国ヴェデーレの王であった。

「申し訳ありません。私、このような場にまだ慣れておらず、少しばかりここで休息を取っていました。」

と、返した私に、ヴェデーレの王は微笑を返す。

「少し、にしてはちと長くここにおるのう。」

 見られていたのかと、私は警戒する。

 そんな私の様子を見て、また微笑を浮かべるヴェデーレの王。

 その笑みが優しいおじいちゃんにしか見えず、つい警戒を解きそうになってしまう。

「そんなに警戒せずともよい。わしは、お嬢ちゃんに魔法の才能を見出したのじゃ。その手に持っておる紅茶が何よりの証拠であろう。」


 私が外にいた時間と、気温を考えると、今尚紅茶が温かいのは有り得ない。

 まさか、こんな事で見破られるとは。しかも相手はヴェデーレの王。

 世界樹からの恩恵を真っ先に被っているエルフ族は、魔法のスペシャリストだ。

 誤魔化しようがない、やりにくい相手だ。


「カップの中の紅茶のみを温める、かなり高度な魔力の操作が求められる技術。それがお嬢ちゃんが今した事なんじゃよ。」



 面倒な事になった。

 私の魔法の超適正が広まってしまうと、更に私との繋がりを持とうとする輩が増える。

 更に私には、自作魔法という名の爆弾もある為、余計に知られてはならなかった。

 …今更だが。どうしよう。



 …あ、そうだ。

「私には、とても優秀な魔法の講師が居り、そのお方のおかげで、今はこの様に魔法を行使する事が出来るようになったのです。」

「ふむ…、なるほどローアルか!確かに、アヤツが指導しているのであれば、納得よのう。」

 そう、お母様の名を、あえて直接は出さずに使ったのだ。

 これで確信したが、やはりお母様は、エルフ族と何らかの接点を持っているようだ。


「その才能を腐らせるのは勿体無いと、我が国への留学でも提案しようと思ったんじゃ。どうやら、無駄な事であったようじゃな。ローアルならば、その才能を腐らせるような事はせんじゃろうて。」

 そして小声で私に、

「…大丈夫じゃ。今日の事は誰にも話さんから、安心せい。」

と、言って、また微笑を浮かべるヴェデーレの王。やっぱり、優しいおじいちゃんだ。




 その後、ヴェデーレの王と共に会場内へと戻った私を待っていたのは、再び知らない方達とのお話タイム…ではなかった。

 ヴェデーレの王が共に居てくれたお陰で、誰も寄ることが出来なかったのだ。

 そして私は、ヴェデーレの王に魔法の、深い知識を教えてもらっていた。

「そういえば、お嬢ちゃんに名乗っていなかったのう。わしの名は、ヘクセレイ・ザーマ・ヴェデーレじゃ。よろしゅうな。」

 名乗り返した私は、ヘクセレイおじいちゃんを、完全に信頼すると決めたのであった。



 さっきまでとは違い、とても楽しい時間を過ごしたのであった。


 そして、楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去るもので、舞踏会の終了が、再び壇上へと上がったデゼルト王によって宣言された。


 そして最後に、皆にバルコニーへと集まって欲しいと言ったデゼルト王。多分、サプライズとやらだろう。

 私は、ヘクセレイ様と共にバルコニーへ出る。完全に、おじいちゃんとその孫娘の構図である。


 デゼルト王が、バルコニーの小さな壇上に上がり、そして夜空を指差す。

「それじゃあ、サプライズの時間だ!皆のもの、夜空に注目してくれ!俺の国の新技術をとくと見よ!」



 そうして、夜空に現れたのは、花火であった。



 前世日本の花火大会には劣るものの、それでも美しかった。会場の者達も、その美しさに言葉も出ない様子であった。



 

 しばらく観察していた私は、これが魔法である事が分かりいても立っても居られなくなった。

「ヘクセレイ様。少し、お花を摘んで参ります。」

 そう言って、人影のない場所へと移動した私は……、本当にお花を摘みに来たわけではないですよ?

 不可視と無音、そして飛行の魔法を発動させる。



 そして、花火が打ち上げられている場所へと向かって、バルコニーから飛び出した。



 そこには、複数の魔法使いの姿があった。

 その豪華な服装を見るに、宮廷魔術師と呼ばれる高位の魔法使い達だろう。

 私は、異空間収納に入れていた例の日記を取り出し、その場で魔法の花火を解析し始める。

 案外簡単な術式だったため、すぐに解析は終わった。あとは、前世の花火に見た目を近づけるだけだ。




 花火が最終局面に達した時に、それは完成した。


 宮廷魔術師達が、最後の花火群を打ち上げ始めた。それは、終幕の合図でもあった。


 そして、私のターンの始まりの合図でもあった。




 私が急いで設計した魔法はなにも問題を起こす事無く、起動準備が完了する。

 起動場所を宮廷魔術師達の足元に設定すると、私は急いで舞踏会の会場へと戻った。


 

 ヘクセレイ様の隣に戻り、宮廷魔術師達の花火が打ち上げ終わったのを確認すると、私はその魔法を静かに発動させた。


「星花火。」



 その瞬間、夜空には、先程とは比べ物にもならないほど豪華で、壮大な花火が何十発も打ち上がった。

 既に終わりだと思っていた大勢の者たちが驚きの声を上げたが、これこそがサプライズだったのかと、納得していた。

 デゼルト王は、驚愕で固まっていたが。



 その花火は、前世で子供の頃、親と一緒に見に行った花火大会のスターマインを完全に再現できていた。




 私の目からは、自然と涙が溢れていた。

 ヘクセレイ様は、何かを察したのか黙って私の頭を撫でてくれた。





 そんな波乱万丈の中、舞踏会は終了したのであった。

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