第八話 王女と、その全て

 流れゆく景色を眺めながら、私は今、馬車に揺られている。

 どこまでも続いていそうな草原だったり、そんなに深くない森だったり。小さな村や集落も見かけたりした。

 どれも前世では見る機会すら無かった景色であったため、私は好奇心に目を輝かせていた。

 そんな私を、微笑ましそうに眺めるお父様と、眠っているお母様。何だか、いつもと変わらないそんな馬車内の光景は、私に安心感を与えてくるのであった。





 途中、小さな町に何度か立ち寄った。

 馬を休ませるためという理由もあるが、ほかにも、様々な理由がある。



 国王が来るとなったらその街は自分たちが出来る最大限のおもてなしをしようと行動するため、より良い街にしようと行動し、その街は発展する。そして、その街の発展は、巡り巡って、やがて国の利益となる。そういった狙いもあるのだ。




 馬車に二日ほど揺られ、いくつかの街を経由して、私たちは遂に世界会議の会場であり、世界の縮図とまで言われるほど著しい発展を遂げている、通称世界都市のガラッシアへと無事に到着した。

 王都とはまた違った発展を遂げているこの街ガラッシアは、世界の様々な国の文化が混ざったような街だ。



 まず、推測だが、世界一住んでいる種族が豊富な街であろう。

 人族、魔族、エルフ族、ドワーフ族…など本当に様々だ。


 次に、この街は、世界会議の会場となる大きな館が中心で、そしてそれぞれの国の、前世で言うと大使館のような建物が、それぞれ一定間隔で点在しており、その周辺にはそれぞれの国を感じさせる建物が立ち並んでいる。ちなみに、そんな大使館の数は、八邸だ。

 この街は、上空から見ると円の形をしているため、八等分のピザの、一ピースずつにそれぞれ全く違う具材が載っている様子を、イメージすれば分かりやすい…かも。



 私たちはそんなピザみたいな街の一ピースである、我が国の大使館がある場所を目指していた。確かに、王都みたいな街並みが広がっている。しかしそこに暮らす種族の種類は、王都よりも確実に多く、なんだか不思議な光景だった。

 まるでパラレルワールドに来たような、そんな感覚を味わっていると、ゆっくりと馬車が減速していく感覚がした。何かあったのかと少し心配になったが、杞憂だった。

 大使館に、到着したのだ。




「「「「ようこそ!国王陛下、王妃様、姫様!」」」」

 大使館の大きな扉をくぐり、入館した私たちを待っていたのは、大使館に勤める使用人たちの一斉の歓迎の言葉だった。

 お父様は私たちより一歩前に出て、

「皆の者。これから一週間ほど世話になる。お前たちの良い働き、期待しておるぞ!」

と、威厳たっぷりの声で言う。

 その言葉に短い返事と礼をした使用人たちは、早速行動を開始し始める。

 おそらく、毎回恒例の挨拶のようなものなのだろう。





 さて、時刻は二十三時、思っていたよりも早く着いたな。

 私たちはすでに前の町で食事を済ませているため、早速王族の仕事の開始だ。

 お父様は、普段なら既に眠っている時間なので、かなり眠いはずなのだが、それでもお母様と私と共に大使の元へ、歩みを進める。



 少し進むと、他とは明らかにレベルの違う品格の服を身にまとう初老の男性が私たちを待っていた。



 我が国の大使、ヴェルデである。



「お久しぶりでございます、国王陛下、王妃様。おや、そちらにいらっしゃるのがもしや」

と、私を見るヴェルデ。私は事前にお父様から聞いていたのだ。目つきは怖いが、すごく立派で品があり、そして優しいと。だから、私は安心して返答をする。

「テラス・テオフィルス・シュトラールでございます。以後、お見知りおきを。」

 少し、ヴェルデの顔に驚愕が浮かんだのを感じたが、すぐに、とても優しさを感じさせる笑みに変わる。

 そして、

「なんと、とても立派ですな。このヴェルド、感動いたしました。流石は、スルンツェ様のご子息ですな。改めまして、私はヴェルドと申します。この館で何かご要望があれば、何なりとお申し付けくだされ。」

そう言って、カラカラと笑った。かっこいい爺さんだな、この人。




 そんな様子のヴェルデに、お父様が話しかける。

「そうであろうそうであろう!この子は我が自慢なのだ!その慧眼、流石はヴェルドであるな!…ところで、早速で悪いのだが、世界会議について色々と話し合わなければならん事が多いゆえ、今から会議を始めたい。良いか?」

 私に対するとんでもない愛から一転、突然仕事の話になったな。ヴェルドは返答する。

「ええ、それはもちろん。しかし、国王陛下だけでなく、姫様にまで無理をしてもらう必要は無いかと。」

 そんな言葉にお母様が横から介入する。

「貴方もお休みになって。道中、私の代わりに沢山働いてくれたのでしょう?ならば、ここからは私に任せなさい。それに、あまり無理してテラスの前で倒れる、なんて失態は見せたくはないでしょう?」

 そんなお母様の言葉に、お父様はそうだな、と小さく笑った。

 え、私?別に眠たくないし、良いんだけど、まあ、休めるなら休んだほうが良いよねえ。

 それに…。





 その後、大使館の執務室前でお父様達と別れた私は、ソフィと共に大使館のメイドに大使館内についての案内を受けていた。

 そして最後に案内された浴場で、そのまま入浴を済ませ、私は自らの寝室となった部屋に帰る。 

 王城の私の寝室と同じぐらいの質素さなので、安心する。

 王城で私があえて質素な寝室に住んでいる事を知らない使用人さんは、申し訳ないと言っていたが、むしろ大歓迎ですと私が返したせいで変な顔になっていた。




 時刻は二十四時半といったところだろうか。

 一通り身の回りの整理が終わった私は、ソフィが部屋を出ていくと、私はすぐに魔法を展開する。

「防音!幻影!不可視!無音!地図!飛行!」

 ここまで来るまでに、様々な景色を見た私は、周りにはバレていないだろうけれど、テンションが、とても上がっていた。




 私はフード付きのローブを身に纏い、徐に窓を開け、そして、窓の外に飛び出した!






 私は夜の街の上空を音もなく飛んでいた。

 夜風が心地よい。

 それに、夜になっても明るいこの街の夜景は、本当に綺麗だった。

「凄い…。」

 私はしばらくその絶景を眺め続けていたのだった





 その後、低空低速飛行に戻した私は、目の前に浮かぶ、さっき地図の魔法で出したオートマッピング機能付きの地図の空白の部分を埋めながら、街を巡る。

 様々な種族や文化が、互いに手を取り合い生活しているさまも、またこの街の美しさなのだろう。本当に、いい街だ。



 …いい、街だった。その光景を目にするまでは。

 どんな世界のどんな国にも町にも村にも貧富の差というものはある。その貧富の差を無くそうと努力した英雄は、前世にもいた。しかし、本質は何も変わっていなかった。結局、そんな英雄も、金と力を一度手にすると、破滅へと向かっていった。



 私は、メインストリートを離れ、少し薄暗い路地の上空を飛んでいた。

 この街には、世界が集まってくる。その中に、己の人生を賭けてこの街へとやってきた者は少なくない。成功者は、メインストリートに店を出し、さぞ華やかな生活を送っていることだろう。しかし、もちろん全員が成功するはずもなく、失敗した者のほとんどは故郷への帰還を余儀なくされるだろう。

 しかし中には、故郷に帰ることすら出来なくなった者も多く存在する。ここは、そんな者たちが、陰に潜んで生活している場所だ。

 そんな者たちに寄り添い、職を与え、衣食を与え、そして未来を与える。



 私は、そのような愚か者ではない。



 彼らは己を賭けてこの街へやってきた。そして、賭けに負けた。それなのに、賭けたものを返してください、なんて、そんなことが通用するわけがない。いや、してはいけないのだ。

 非道だろうか。冷酷だろうか。…自業自得ではないだろうか。




「はあ…。本当に、嫌な場所。地図だけ埋めて、さっさと出よう。」

 そんな独り言を呟きながら、私はさらに深い場所へと進む。空の酒瓶を周りにばら撒いて寝ている者、全身血だらけで倒れている者、そんな者たちの所持品を漁っている者、蛆の湧いた死体なんかもあった。

 メインストリートが、この世界の光を集めた場所なら、ここは世界の闇を集めた場所だろう。そんなことを、考えていた。

 しかし次の瞬間、私はとある光景を目にした衝撃によって、思わず、空中で停止した。そして、呼吸も忘れ、ある一点を凝視した。




 それは、別に珍しい光景では無かった。ただ、卑しい者たちが自身の心の平穏のため、あるいは現実逃避のため、自分より立場が下の者をいじめ、蔑んでいただけ。




 いじめられていたのは、私と同じぐらいの年齢の、少女。ひたすら石を投げつけられ、忌物だと言われている少女。薄汚れた白い髪を掴まれ、顔を殴られ、それでもなおその蒼い瞳で睨み返すそんな強い少女。




 その少女は、前世の私が、現実の全てを捨ててでも、決して届かない愛を与え続けた、






 私の、推しの姿、そのものだった。

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