未来の為に
「あの!!」
いきなり立ち上がる僕を見て、その場にいた全員の視線が突き刺さる。
誰もが見つめる中口を開くのはなかなか勇気がいるが、今はそんなことも言ってられない。
「鈴木さん、異世界ゲートの制作に携わった彼方です。」
「そんなものは知っている。そもそも携わったというより、リーダーの立場だろう君は。」
睨みつけられるが、ここで下がるわけにいかない。
「本来の目的は、異空間への接続を可能とし、人類の避難場所として使うつもりでした。」
誰も口を開かず、僕の声だけが辺りに響く。
悪夢の事、魔神の事、魔法の事、今まであった事全て鈴木さんに話し終わるまで、一度も遮ることなく聞いてもらえた。
「……で、今の状態でこれから、最後の希望の為に異世界へ行くところだったんです。」
腕を組み、目を瞑りながら黙って聞いていた鈴木さんだが、ゆっくり口を開く。
「……そんな荒唐無稽の話を信じるとでも?」
「本当なんです!貴方も見たでしょう!この世界に存在しない異形の生物に、魔法という想像上の力を!」
「しかし……悪夢を見せられ、魔神の思うように操られただと?それを被害者の方に伝えたとして……信用されると思ったのか?」
僕は何も言えず、俯く。
「あーめんどくせぇなぁおい。いいじゃねえかこっちは戦力に問題はねぇ。殺しちまえばいいだろ」
静寂を切り裂くように、とんでもない事を言い出す紅蓮さんに皆が顔を向ける。
「紅蓮さん、貴方は黙っていてください。」
レイさんが諫めるがそれでも止まらない。
「面倒くせぇ事は嫌いなんだよ。こいつらぶっ殺して彼方はさっさとゲートに飛び込め。おれがその後ゲートを破壊してやる。」
言うのは簡単だが、残される者が罪に問われてしまう。
それに殺し合いなんて絶対に避けねばならないことだ。
すると、鈴木さんは気付いていなかったのか、目を見開く。
「お前は……黒川紅蓮か?」
「だったらなんだ。」
「特殊部隊に所属していた精鋭だと聞いたことがある……いつのまにか行方をくらまし武器商人となったと聞いていたが……まさかこんなとこで会うことになるとは……」
紅蓮さんの謎に満ちた過去を知ってしまい、妙に納得してしまった。
あれほど武器の扱いに長けており、尚且つ見た目も体格も一般人とは思えなかった為、なんとなく軍に関連した職業に就いていた事は想像に難くない。
「まあいいだろ、そんな昔の事はよ。それより殺んのか俺らと」
「正気か?貴様。こちらには数万の兵がいる。確かに未知の力を扱うかもしれんがたった数人で我々に勝てると?」
「馬鹿はてめぇだぜ?アレンの魔法なら一発で数万の兵なんて消し飛ぶぞ?」
虎の威を借る紅蓮さん。
アレンさんの力なら簡単に制圧できるだろうが、多分アレンさんも戦いたくはないだろう。
「私は家族を失った。」
鈴木さんは悲しそうな顔をして、話しだした。
「全世界の1割以上の人が亡くなった……世界の声を聞かせてやろうか?ゲートを壊せ、彼方を殺せ、だ。歪み合う世界が今は……人類共通の敵を前にして協力し合っている。私とて貴様らと刃を交わすなど……無駄に部下を死なせるだけなのは理解している。ただせめて、全世界に向けて発言をして頂きたい。」
僕の目を見る鈴木さんの目は涙が浮かんでいる。
「まてまて、そんなことして何になる?どうせこの世界から去るんだぜ、彼方は。」
「せめてもの償いだ。全世界に向けて君が侵した罪を、君の口から伝えるんだ。」
「そんなことしなくていいぞ、彼方。さっさと向こうに行きやがれ。」
皆は僕の反応を伺っている。
多分僕がさっさと行こうと言えばアレンさん達は何も言わずすぐに連れて行ってくれるだろう。
ただ……それは許されるだろうか。
世界を元に戻したとして、僕は真っ直ぐ前を向いて歩けるだろうか。
数秒黙ったままの僕を見てか、姉さんが肩を抱き寄せてきた。
「私は何があっても貴方の味方……だから彼方、貴方がどうしたいか、決めなさい。」
意を決した僕は鈴木さんに近寄る。
「分かりました、場を整えて下さい。何があったか、これからの事、全て伝えます。信じてもらえないでしょうが、世界は知る権利があると思います。」
「分かった。数時間でライブ中継の準備を整える。それまでに気持ちの整理くらいはしておくといい。」
「おい、良かったのか?全世界はお前を大罪人として見てるんだぞ。世界を元に戻せば今ここで起きたことも忘れる。意味なんてないと思うがな。」
「いえ、違います。僕が前を向いて歩けるように。ただ自分の為に世界に事の経緯を伝えたいと思っています。」
「……まあお前がいいってんなら、いいけどな。覚悟はしておけ。暴言という名の石を投げられるだろうからな。」
紅蓮さんはこう見えて、世話を焼いてくれる。
僕の為を思って言ってくれたんだろう。
数時間ゲート前で待っていると、鈴木さんが研究所へと戻ってきた。
「場を用意した。研究所のすぐ外だ。破壊の痕跡が残った生々しい現状を背景にしたほうが伝えやすいかと思ったのでな。それと中継の為に世界から記者を呼び寄せた。人で溢れているが警備は我々連合軍が担っているから安心するといい。」
「ありがとうございます。すぐ行きます。」
耳を澄ますと、外から人の声が聞こえてくる。
かなりの数が集まっているようだ。
色んな言語が聞こえてくる、本当に各国から集まってきたみたいだ。
鈴木さんに着いていき、研究所の外へと出ると喧騒が更に大きくなった。
「この犯罪者がー!」
「私の家族を返して!!」
「責任を取れ!」
「処刑しろ!」
聞こえてくるのは僕に対しての罵詈雑言。
足が震え、立ち止まってしまう。
鈴木さんに聞いてはいたが、実際に聞くのとではまた違う。
立ち止まってしまった僕に優しく手を握ってくれたのはアカリだった。
「大丈夫、私がついてる」
いつもそばにいてくれたのはアカリだった。
この時ほど心強く思ったことはない。
「ありがとう、いつも。」
そう言って頭を撫でると照れたのか、すぐ僕の後ろに隠れてしまった。
アカリのお陰で足の震えは止まってくれた。
またゆっくり歩き出し、壇上に立つ。
至る所からフラッシュの光が僕を照らす。
もちろん罵詈雑言が止むことはない。
「全員静粛に!これより今回の悲劇について、異世界ゲート総責任者、城ヶ崎彼方による説明が行われる。質問は後で受け付けよう。」
五木さんが亡くなった為、順番的に僕が責任者となっていると簡単な説明があり、僕にマイクを渡してきた。
暫くすると静寂が訪れる。
そのタイミングで僕はマイクを片手に持ち第一声を放つ。
「初めまして、総責任者の城ヶ崎彼方です。」
またフラッシュが各所から焚かれる。
雑誌の表紙でも飾るのだろう。
「今回の悲劇について、皆様には伝えておかなければいけない事がたくさんありました。信じて貰えない事も沢山あります。しかし全て事実です。それを今ここで説明させて頂きます。」
異世界について、異形の生物について、魔法について、これからの事について、1時間程かけて全てを話した。
「……なので私は未来のために異世界へと渡ります。逃げるな、と言われるかもしれませんが、元の世界へと必ず戻してみせます。」
「そんなもの信じられるか!!ふざけるのも大概にしろ!!」
「この世界を捨てるつもりか!」
溜まった鬱憤を晴らすかのように飛んでくる罵詈雑言。
するとアレンさんが僕の横に立った。
「この世界の人達はうるさいなぁ、いっその事滅んでみるかい?」
手にはドス黒い魔力の塊を生み出す。
それを見た者達は一斉に静かになる。
「なら聞くけど、異世界ゲートが作られるって時になぜ君達は反対しなかったんだい?文明の発展に繋がるって所だけ見てたんだろう?危険があることも説明にあっただろうに。結果、今の状態になってしまってから悪者はカナタくんだけ?ボクらにとって彼は仲間なんだ。それ以上侮辱するならボクら黄金の旅団が相手になろう。」
その言葉と共に旅団員は全員武器を構えだした。
本気な訳ないが、彼らの威圧感は本物だ。
長年潜り抜けてきた修羅場が違う。
「彼は自らの過ちを悔いている。だからこそ命のやり取りが身近となる異世界へと向かいこの世界を元の平和な世界へと戻す旅に出るんだ。信じられないなら共に来るかい?何人着いてきても構わないよ、ただ自分の身は自分で守ってもらうけど。」
誰も口を開かない。
ただ静寂が広がるのみ。
僕はそんな彼らを背に研究所へと戻っていく。
誰も声を掛ける者はいない。
見送る人は姉と紅蓮さんと茜さんのみ。
もしも世界樹が見つからなければ、もう二度と会うことはない。
涙を堪え、ゲートへと向かう。
「さあ、もういいだろう?鈴木さんだったかな?彼は義務を果たした。だからもう行くよ」
「なあ……本当に……元に戻るのか?」
「大丈夫、必ず世界樹を見つけてみせる。」
暫く黙っていたが、口を開く。
「頼んだぞ……この世界の未来の為に……」
何も返さずアレンもゲートへと向かう。
ゲートの前に立つと、この世界の記憶が走馬灯のように流れていく。
「おい彼方、これ持っていけ。」
紅蓮さんが手渡してくれたのは、小型のレーザーライフル。
なんでも、太陽光で充電式とのことで弾薬の心配がないとのことだ。
「魔法がそんなに使えねぇんだろ?ならとりあえずこれ使っとけ。」
「ありがとうございます、貴方がいなければ僕らは隠れる場所もありませんでした……本当に感謝しています。」
「よせよせ、俺に感謝なんてもんは似合わねぇ。……まあ達者でな……」
「彼方君、怪我しないでよ……無事に願いを叶えてきて……」
「任せてください、五木さんが生きている世界に必ず戻します。」
茜さんと握手を交わす。
涙で化粧が少し落ちているが見なかったことにする。
「彼方なら出来る。平和な未来を取り戻して。」
「姉さん、未来で、また会おう……」
抱きしめ合う。この温もりを忘れないように。
「アカリちゃんも元気でね。」
「紫音、私が必ずカナタを守る。安心して。」
アカリも姉さんと抱き合う。
「アカリちゃんがいるなら安心ね。気をつけてね。」
「準備はいいかい?」
アレンさんに促され、ゲートと向き合う。
「もう戻っては来れない。世界樹を見つけなければ平和な未来はない。覚悟はいいかい?」
「はい、大丈夫です。」
「じゃあ行こうか!僕らの世界へ!!」
アレンさんが最初に飛び込み、続いてレイさんと団員が飛び込む。
最後に僕だ。
飛び込む瞬間、研究所入り口から声が聞こえてきた。
「城ヶ崎彼方!必ず!必ず元の世界を取り戻せ!!お前の姉は私達が守ってやる。安心して行くといい。」
僕を憎んでいたはずなのに、今は優しい言葉を送ってくれる。
ゆっくりと頷き、僕は黒い深淵が広がる異世界ゲートへと飛び込んだ。
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