総力戦②

「五木さん!!!」

誰もが呆然とする中、血で真っ赤に染まる白衣を着た五木さんに僕は真っ先に駆け寄る。

いつだ?いつやられた?

気づかぬ内に致命傷を負ってるなんて……

「か……彼方君……君も肩に傷を負っているじゃないか……」

「喋らないでください!誰か!回復魔法を!」

旅団の方に顔を向けるが誰もが目を逸らす。

「早く!誰でもいい!回復を!」

「カナタくん……」

フェリスさんが近寄り小さく呟く。

「魔法もね……万能じゃないの……こんなに血を流していればもう……」

「そんな……」

出血が酷く、今回復魔法を掛けたところで間に合わないそうだ。


「いいんだ彼方君……まさか、君の肩を貫いたあれが私の所まで到達するとは思わなくてね……」

僕の肩を貫いた魔族の魔法はそのまま後ろにいた五木さんまで届いてしまったらしい。


「君は……この世界の発展に繋がる唯一の頭脳を持っている……私の分まで生きてくれ……」

「五木さん!」

血を吐き、目は虚ろになっていく彼を見て、死が迫っていることを悟る。

「私は……異世界へと繋がる技術をこの目で見れただけで満足なんだ……」

僕は涙が溢れ、視界がぼやけていく。


「この世界を……救ってくれ……それが私の最後の願い……だよ」

その言葉を最後に目を閉じた彼は、もう二度と目を開けることはなかった。



「すまない、ボクが遅れたせいで……」

「いえ、アレンさんは悪くないですよ……」

保護された者は茜と紫音、そして彼方だけが生き残り、他は皆死んでしまった。

身近な者が死んでいく様を見ていると、罪悪感に押し潰されそうになってくる。


「不測の事態となったが、明日総攻撃を掛けることは変わらない。悲しみも憎しみも全て奴らにぶつけてやろう。だから、今は、死者を弔ってあげようか」

アレンさんの言葉で皆は、遺体を運び簡易な墓を作る。

花を添える時には辺りは既に暗く、夜になっていた。


隠れ家の中は、お通夜のような静けさが漂っている。

保護対象はほとんど全滅してしまい、旅団の者達も元の世界であれば護衛任務失敗となるはずだ。

彼らも自らの力不足を嘆いていた。


「彼方、お茶飲む?」

姉さんが僕の隣に座り温かいお茶を用意してくれた。

「ありがとう。」

「彼方は悪くないよ……悪いのはあの魔族達。だから明日仇を討とう?」

姉さんは優しく慰めてくれる。


「姉さんも戦うんだろ?絶対に無茶はしないでくれ……」

「大丈夫よ、無謀な事はしない。私に出来る範囲で皆の力になるから。」

唯一の家族の時間を過ごし、夜はふけていった。



夜は明け、総攻撃当日。


「全員聞いてくれ。」

アレンさんは旅団員と僕らを1箇所に集め作戦の説明に入った。

「これより本作戦を伝える。まず第一に死ぬな。これは大前提だ」

誰も死なずにゲートを奪取する。

皆同じように頷く。


「この世界の軍隊は確認した所約10万人という規模で攻めるようだ。」

それだけ聞くと簡単に制圧出来そうだが、魔族は一体で国を相手取れる戦闘能力がある。

「魔物は彼らに任せていいだろう。しかし魔族はボクらで片付ける必要がある。魔族を殲滅次第、四天王と魔神と決着をつける。」

四天王と魔神はもはや人の身でどうこうできる相手ではない。アレンさんや剣聖でなければ相手にならないだろう。

「魔神の消滅を確認でき次第、ボクらは異世界ゲートへ飛び込み元の世界へと帰還する。カナタくん、君はその時に決断してくれ。この世界に残るのか、ボクらと共に来るのか。」


異世界へ行けば、忌み嫌われる赤い眼のせいで茨の道となるだろう。

残れば全ての責任を問われ、下手すれば殺される未来。

どちらにせよ僕には辛い未来しかない。


「これより1時間後、ここを出発する。それまでに準備を。それとカナタくんと紫音さんはちょっと残ってくれるかな。話があるんだ。」



僕と姉さん、何故かアカリも残り他の者が準備に取り掛かると神妙な顔つきで話し始めた。

「アカリも残ったのかい?まあいいけど。君達に伝えておくことがあるんだ。家族に関することだから紫音さんにも残ってもらった。」

姉さんを残したのは何故か不思議だったが、家族に関することなら姉さんにも聞かせる必要がある。


「異世界には世界樹の伝説がある。何処にあるかも分からない世界樹の頂上に辿り着いた者は神が願いを叶えてくれるというものだ。」

「え……なんでも……ですか?」

「そう、なんでも。君が望めば時間を遡り今までの悲劇を無かったことにもできる。」

そんなの、返事は決まっている。


「異世界に行きます。連れて行って下さい!」

「よく考えた方がいい。世界樹は何処にあるかボクでも分からないんだ。ただ現状を変えるには唯一の手段だとは思うけど。」

元々僕の命を掛けてでも時を戻すことを考えていた。

渡りに綱とはこのことだ。


「それに……カナタくん。君は忌み嫌われる赤い眼をしている。世界樹を探す旅は過酷になるだろう、それでもいいのかい?」

「僕はそれでも、元の平和な世界に戻したいんです……」

「彼方、私は応援するよ。だから貴方のしたいようにして。何処に行っても私はずっと味方で居続けるよ。」

「姉さん……ありがとう……」

世界樹を目指すのなら、姉さんとは今日をもって永遠の別れになるだろう。

涙は止めどなく溢れてくる。

もしも、あの平和な日々に戻れるのなら……僕は……成し遂げて見せる。


「決まったね。世界樹に関しては向こうの世界に戻ったら伝手を辿ってみよう。紫音さん、貴方の弟は何があってもボクらが守って見せる。だから安心して欲しい。」

「お願い……します……」

涙を堪え、唯一の家族を見送る覚悟を決める。

死ぬ訳では無いが、もう会うことはない。

紫音のワガママで弟をこの世界に残せば、世界から追われ続ける一生となる。

それは姉として看過できるものではない。


「姉さん、必ず世界を元に戻してみせるから。」

「死なないでね……無理はしないで……」

作戦開始まで涙を流しお互いの温もりを忘れないよう抱きしめ合った。



隠れ家を出た一行は研究所へと足を進める。

一匹の魔物すら出会わない。

恐らく守りを固めているのか、魔神も総力戦で挑んでくるようだ。


遠くの空を見ると、戦闘機が飛んでいく。

これから軍は突撃するようだ。

すると、轟音を立てながら飛来する物体が見えてきた。

弾道ミサイルが研究所へと着弾すると、青白いドーム状の壁に激突し爆発する。


「あれは……魔力障壁……あれほど巨大な結界は魔神の仕業か……」

アレンさんも見ていたようで、一人呟く。


次々に飛来するミサイル群は魔法障壁に阻まれ、研究所に一発たりとも着弾することはなかった。


「やはりこの世界の武力では歯が立たないですか……」

レイさんも今のを見て事態を重く受け止めたようだ。





「攻撃が始まりました。」

研究所では既に魔族の軍隊が作られており頑強な要塞と化していた。

「世界各地に散らばった魔族と魔物を呼び戻せ。全員ここの防衛に当たらせろ。」

「首都の制圧にとりかかった者達も全てですか?」

「二度は言わん。全てだ。我が軍が全力をもってやつらを正面から叩き潰す。」

魔神もこの世界に来たすべての戦力を今日ここで決着をつけるためか、集結させていた。


「くくく、この世界と異世界の総力戦か……心躍る戦いではないか。そうは思わないか?ゾラ」

「一部厄介な者達も混ざってはおりますが数はしれています。このまま防衛し続ければ奴らは消耗します。」

「それに……リンドール様の結界はこの世界の人間では破れないでしょう。」


研究所に用意した玉座に座る魔神は不敵に笑った。



進軍を開始した日本軍は結界が破れず、目的地を目前にし二の足を踏んでいた。

しかしそのおかげからか、アレン達は順調に進んでいる。


結界まで残り100メートルの位置で止まり、アレンさんは魔法の詠唱に入った。

詠唱は基本省略するが今回はしっかり詠唱している。

威力を上げるため、とのことだがそれほどまでに魔神の結界は硬いそうだ。


「全員ボクの後ろに。」

指示に従い全員が後方へと下がる。


「じゃあいくよー。破滅の波動、グランドカタストロフ!」

両手を前に翳し、軽い口調とは裏腹にドス黒い魔力溜まりが作られていく。

一定のサイズになると今度はその黒い魔力が光線のように、結界へと飛んでいく。

極太の光線は轟音をたて、結界へ着弾。

拮抗しているのか、雷のような音がここまで聞こえてくる。

風圧が後ろにも来る為僕らはみんな、顔の前に腕を出し踏ん張っている。


数秒ののち、結界はガラスの割れる音と共に消え去っていった。


「さあ、結界はなくなった!展開しつつ突撃!!!」

アレンさんの掛け声と共に団員達は各々駆け出し、ある者は屋根伝い、またある者は道路を駆けていく。

僕と姉さんもそれに習い、走り出す。

もちろんアカリは直ぐ側で走っている。


「全員、魔族共を殲滅しろ!!一匹残らず!」

剣聖も叫び、剣を抜き駆けていく。


結界が消え去った事は、遠目で見ても分かる。

暫くすれば、日本軍も突撃を掛けることだろう。


前方では既に爆発音や剣戟の音が聞こえてくる。


始まった。

僕らの未来を掛けた戦いが。

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