第一章 世界を騙した男①
バスに揺られること15分。
隣には黒髪でショート、整った顔で誰もが見惚れる姉、紫音がいる。
「緊張するなー自分が壇上に立つわけじゃないけどテレビとかも来るんでしょ?カナタは緊張してる?」
落ち着きがない様子で僕の顔を覗き込んでくる。
実際緊張してない訳がない。
著名な科学者や研究者も来るし、テレビも来る。
もちろん取材とかもされるだろうし生中継もするって話も聞いてる。
「もちろん緊張してるよ。流石に全世界に向けて話すんだから緊張しない訳がないよ」
天才だろうが、僕は一介の大学生。
今までテレビなんて出たことないし、著名な人達とも顔を合わせたことがない。
ここまで大げさになるなんて、著名人の言葉は重いんだなと実感する。
今日の朝もテレビで、[異世界は存在する!?そもそも行くことが出来るのか!?][科学者の五木さんが理論上可能と大胆発言!]なんてテロップが流れて芸能人が騒いでたな。
誰だよ五木さんって。
「姉さんも覚悟しといた方がいいよ。僕の身内ってだけで取材されるだろうから」
「ええー!?聞いてないよそんなの!」
「考えたら思いつく事じゃないか、一介の学生
が世界に向けて発言するのに姉さんには何にも聞いて来ない訳がない」
記者も僕の素性やプライベートではどういった生活をしているのか、なんて所まで知ろうとしてくるだろうし、一番身近な姉に聞くのは当たり前だろう。
「次は、国際大会議場前〜」
目的地を読み上げる運転手。窓に顔を向けると白く大きな3階建ての建物が見えてきた。
バスを降りるとどこを見てもテレビカメラや取材陣が溢れている。
僕を見つけた1人の記者が駆け寄ってきた。
「彼方さん御本人ですね?」
顔はもう出回ってるから知ってるくせに、と思いつつも真面目な顔で答える。
「はい、本人です」
その一連のやり取りを見ていた他の記者やテレビカメラも寄ってくる。
「すみません、時間が押してるので取材はまた後でお願いします」
断りを入れて、人をかき分けつつ会場へと足を運ぶ。
「私を置いてくなーカナター!」
残念、姉は取材陣に囲まれてしまったようだ。
僕の代わりに適当に答えてくれ、申し訳ない。
と、心にも思っていないが軽く両手でゴメンの合図を送って先に会場入りをした。
五木隆は若くして先進科学分野で実績を残した著名人である。
反重力装置の開発に成功し、宇宙探査に大きく貢献した第一人者でもあり全世界でも認められた人物でもある。
次の課題として、タイムスリップ。時空に関することだがまだ何もきっかけが掴めず燻っていた所に彼方という人物が現れた。
異次元空間へのアクセスなんて、馬鹿げた事をと思ったが論文を見た限り理にかなっていた。
彼と協力すればタイムスリップも可能にできるかもしれない、それほどまでに彼に期待していた。
そんな彼が質疑応答のカンペを用意していた時、待合室の部屋がノックされた。
「彼方です、五木さんの部屋でお間違いないでしょうか?」
若い男の声だ。彼が期待する人物が到着したようだ。
「そうだよ、どうぞ入って」
開いた扉から顔を覗かせた彼はひどく緊張しているようで固い表情になっている。
「そんなに緊張することはないよ、私も有名になったとはいえ一科学者には変わりないのだから」
「は、初めまして城ケ崎彼方と申します。本日はよろしくお願いします」
「五木隆です。こちらこそ今日はよろしくお願いしますね。」
発表の場ではあるが、ある程度質疑応答の流れはカンペがありそれに従って進めていくだけだ。
ただ実際に彼の考えは分からない為、どんな内容で詳細を詰めているのか今すぐに話を聞かせてもらいたいが、それは後の楽しみにとっておこう。
「とりあえず質疑応答の流れはこの紙に書いてあるから一通り目通しておいてくれるかな?」
そう言いながら五木は彼方に3枚ほどの紙を手渡した。
「なるほど……これに沿って進めていくんですね」
「そうそう、できるだけアドリブはないようにしてるけど、私以外の者からの質問はその流れに沿わないだろうからある程度は即興でも答えれるように考えていてくれれば助かるかな」
彼方にとっては今日の発表で、立証実験を行うための出資額や場所の提供が決まる。
ここまでこちら側に立って物事を進めてくれる五木さんには感謝しかないな。
誰だよ五木さんとか思っててすみませんでした。
「もうすぐ時間だね。壇上のほうに移動しておこうか」
二人で会場に足を向ける。
全世界を騙してみせる。そう意気込んで歩く彼方の手には、手汗でくしゃくしゃになった3枚の紙が握られていた。
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