第13話 固執
当日、俺たちは建物内から遠巻きに観察され、手を打たれることを嫌い、移動手段を徒歩のみに絞って現場に近づいた。マンションの特定は雪里が太鼓判を押しており、行って違いましたなんてことはないだろう。逃げる手段が限られていることからも、夕夏は来ておらず、カメラを持った俺と雪里だけがマンションに着いた。
「表は潜り抜けられるかどうか。それくらいの隙間だけだ。」
上へと昇る階段の通り道は不法投棄のオンパレードにより殆ど塞がっていた。
「好都合だ。あいつは裏口から入った可能性が高い。見ろ、ノブの錆と埃が剥がれている。既に中に居るな。お前は何とか表からの侵入を試みろ。俺はこの扉を塞ぐ。だが、終わるまでは待機しておけ。」
そう言うと彼は溶接道具を取り出し、バリケードで扉を塞ぐだけでなく、開閉が不可能な状況に追い込む策に出た。俺から見れば、埃や錆の変化は解らなかった。やはり、俺は素人だ。
「そこまでする必要があるのか?ガラクタだけでも事足りる。それに、一応犯罪だと思うし…」
淡々と作業に入る雪里に俺は少々驚いていた。彼の中での作戦は共有されていない。理由は状況によって刻一刻と変わるからだそうだ。しかし、その中でも何かが彼の中では組み立っており、駒を進めているというのが感心できる点だったのだ。
「ふん、お前にはまだ覚悟が足らんな。心配になってくる…解決したいって本気で思うなら、塀にぶち込まれる程度腹を括れ。まだ怖いか?」
彼に恐怖と言う感情はないのだろうか。ルーティンワークのように非日常へと飛び込んでいた。誰だって顔も知らない十数年未解決の犯人に向かっていくのは怖い。雪里もその危険さは理解しているはずだった。
「なあ、あんたはどうしてここまで追ってきたんだ?その、俺から聞くのは失礼だが、家庭を持っていたんだろ?夕夏と再開したあんたの眼は軽蔑ではなかった。好きで家庭を放棄した風には見えないんだが。」
俺は歯に衣着せて話したが、実のところはやりかねないと思っている。これだけこだわりが強ければ、本当の意味で家族よりも仕事や自分のことを優先してもおかしくはないと映る。この俺が、誰かの目を見て感情を正確に読み取れるわけがないだろう。でたらめだ。
「生意気だな…俺はまともな人間ではないもんでな。おかしくなっちまったのさ。俺が逃げられなくなったのは、「××市立てこもり事件」での出来事だ。パトロールに行ったきり帰らない九条巡査って人を探すために××警察署の俺達は数人でパトカーを向かわせた。小規模でな、事件予測現場を探すには人数が足りなかった。捜索がメインで、事件性も高くなかったころから個別に動いたんだ。
後は、解るだろう。俺が向かった家屋が、まさかの現場だった。今だったら気づけただろう。玄関は鍵が壊され、廊下には足跡と小さな血痕があった。青い俺は、そんな小さくも大きい兆候に気づかずに進んだ。二階への階段を登り、寝室のドアを開けた時、俺の前に戦慄の光景が現れた。腐敗した被害者と、死んで間もない九条巡査が横たわって、現場は血まみれだ。二人ともめった刺し、生きている方がおかしいくらいにな。そして、奴はそこにいた。あいつは俺を見るなり、こう言った。「間に合わなくて残念だ。死んでしまったよ。恨んでくれ。しかし、僕は逃げるとする。追えばいいさ。」なんてな。俺は恐怖のあまり何もできなかった。ただ震え、自分が死ぬかもしれないと負け犬みたいに否定的な感情に支配された。だから、逃した。あいつは窓から飛び降りて、姿を消した。あいつは疲弊していた。立てこもりだって知ったのは後だ。もし、俺がまともなら、簡単に奴を取り押さえることは出来ただろう。その後は、応援を呼んだが後の祭りだ。俺の愚行で、これから続いていく殺人を見過ごすことになった。
俺は警察でありながら、その場のアリバイを説明できなかった。事件付近から新しい血痕も見つからず、その捜査だけでなく、事件の特定も不可能になった。また何件か同一事件が起こったが、毎回同じだ。犯罪のレベルは増して、捕まえることはできなくなっていく。俺は使命感からほぼ全ての任務に当たったが、あいつの姿を見ることは二度となく、そんな調子でお蔵入りになっていくんだ。
俺の頭のねじが飛んだのは、事件に没頭し過ぎ、それ以外が疎かになってクビになったからじゃない。まあ、普通ならそれだけで挫折だが。手紙が届いたんだ。犯人からな。また俺に語り掛ける。「あなたの事は知っている。僕を追っていることも。あなたの幸福を天秤に掛けるような真似はしない。しかし、諦めるというのなら、いずれあなたの周りにも被害を及ぶことになるだろう。きっと、まだまだ先だ。自由にしてくれ。どうか、僕をとっ捕まえて殺してくれ。罪深い僕を。」とかな。あいつも狂ってるんだ。その一報から、また一人、身内が死んだ。まあ、省略したが全部捨てたのはこういうわけだ。くそ、話し過ぎた。」
早口に彼は全貌を語った。呼吸の合間も見当たらず、作業に手は止まることはなかったが、冷静ではなかった。俺よりもストーリーがあり、壮絶と言えた。人生を狂わされたとっても過言ではないだろう。(そういえば、夕夏の出生については詳しく聞いたことがなかったな。)
「…行ってくる。詳細はこっから伝える。」
このタイプは変に慰めるのは逆鱗に触れてしまうかもしれない。俺は聞かなかったことにするかのように作業を見届け、表口へ向かう。無線機で詳細は伝えることができる。例え逃げたとしても、狭められる範囲から確保は現実的だ。
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