第11話 拒否権
あの火災で消防隊はせわしなく動くこととなるだろう。前みたいに、煙を発見したということで通報を行い、首を突っ込まずに俺たちのやるべきことに専念する形となった。
「んんっ。この人が私の父、「広井 雪里(ゆきさと)」。この人は友人、香山 敦。で、彼女が橘 玲奈。犯人が出した被害者のお姉さん。霊なの。信じてくれないとは思うけど。」
間に立って紹介するというのがこっ恥ずかしいようで、ぎこちなく夕夏は他己紹介を行った。適当な公園に立ち寄り、奇妙な談合が始まっていた。
「橘…橘 翔平か?恐らく二人目の被害者とされる。もしかすると…。あんた、弟のアリバイを詳しく説明できるか?最後に会った日や帰って来る時刻などだ。」
副流煙も気にせず、煙草に火をつけ、雪里は蒸かした。しかし、高圧的な態度が続いている彼だったが、審問をする時にはどこか優し気があった。それは刑事時代の名残なのだろうか。被害者を感情的にせず、証拠を引き出すテクニックなのか。俺から見えるのは驕り驕って自分が絶対的に正しいと思うような愚者ではなかった。
「最後…確か帰ってこうへんって親が言い出したのは塾があった日。日付超えても帰ってこんかったことから失踪届出した気がするわ。翔平が見つかったのは、帰路より遠く離れた川の下流や。私の推察、が役に立つかは分らんけど、塾帰りに攫われて殺害。犯人の傾向から直ぐに死体を処理したがると思うから、何らかの理由でそれに手こずったか、慣れていなかったかやな。」
霊子も感情的にならず、ほぼ淡々と事件について説明した。ずっと追っていたと言っていただけあり、導き出している考えは、事件そのものに寄り添っていた。
「本当のようだ。そう、そうか。ようやくここに来て見えてきやがった。あんたのその情報、役に立ったぞ。事件の発生、その原点については不可解な点が多かった。奴が計画的な犯罪を行ったというにはあまりに杜撰だったんだ。件数が伸びるにつれ、より狡猾に、著しく証拠が残らないものになっていた。奴の動向は単純に快楽目的ではない。お前らの言う呪いが、俺は信じたくもないが、言わばそれに付随する理由を持っているということだ。」
雪里に俺達のことを信じる流れが見えだした。霊子の経験が無駄ではなかったようで、今では彼の顔が確信に満ちたものになっていた。
「それで、これからどうする?この写真は…何かの縁か。またあの現場辺りだ。あんたがこの写真と経験から、何時あいつが動くと予想するのか教えてくれ。」
俺らの腕では、知ることが限界だった。いくら霊子と言えど、プロではなく、日時を予想するのは困難だ。
「四日後か五日後の晩だろうな。理由は今アイツが活発だからだ。敢えて目立つような真似をし、自分の不利に成りづらい証拠の隠滅を図った。行動に出るとするならば、その辺りだ。恐らく時間帯は八時から九時。光の傾斜からな。」
カメラを手に取ることもなく、俺が写真を見せた途端、ちらりと見るだけで考えこむ様子もなく視線を逸らし、話してから煙草を咥えた。
「任せたいところだが、あんたの手には負えないと見た。言葉通り、協力しよう。取り押さえられるのが理想なのだが。その決着に届くための作戦を練る必要がある。」
流石に年だ。いくら頭が切れると言っても、走り回ったりするのはもうできそうにない。警察に相談する気なんて更々ないなら、直に捕まえる方法を模索しなければいけない。
「はっ!気に入らん。だが言う通りにしてやろう。事実そうであることは変わらん。この場所はマンションと見た。上階だな。こちら側の行動が奴に予測できないというのが何よりの強みだ。非常口さえ塞いでやれば袋小路にすることは可能だ。あの辺りは窓が打ち付けられているため、簡単な出口を塞いでやるだけで追いこめる。しかし、だ。その後が肝心だ。お前はあいつに近づいて、反抗する手立てや覚悟はあるのか?どう転ぼうが、良い未来にはならん。お前が死ぬか、はたまたお前が殺すか。易々と拘束できる相手ではないと言っておくぞ。」
確かにそうだ。これはもう、最悪と言っていい。言った手前でおかしなことだが、言われる前はもっといい手がある。という希望的観測をしていた。ベテランの出す答えがイェスと知ってしまえば、俺に良からぬ選択を突きつける結果となっていた。俺は最初から、命を懸ける程の覚悟などない。霊子の怨嗟を何とかして払ってやりたいという、綿にも並ぶ軽い同情でしかないのだ。俺がやらなければいけないのか。俺は唇が震え、絶句した。犯人と初めて遭遇した時も、心のどこかで取り押さえることは諦めていた。追いかけたのは、相手が逃げたことで比較的安全に情報が得られると思ったからだ。
「…。」
「敦、ええよ、無理せんで。素人ができるようなことじゃないし、責任感なんて要らんねん。私、気づいた。あいつは私の手には負えんかった。逃げ方も一流、生きてたとしても、雪里さんと同じ、いつまで経っても雲を掴むみたいな話やってん。あと殺人が何回か分からんけど、終わりが近づいてるのは確かやん?そりゃね?それで何もできずにあいつが完全に姿晦ましてまうのは嫌やけど。それは私のエゴでしかないねん。ここまで頑張ってくれただけでも、私は成仏できるわ。」
俺が何も言えずにいると、俺を見かねたのか、胸が締め付けられるような明るい笑顔をこちらに向け、霊子が優しく語り掛けて来た。念写と言う、犯人を特定できる可能性を掴んで期待はしたが、こいつは初めから俺に人生を賭けさせようなんて思ってなかったんだ。自分が望んで恨んで悲しんで、その挙句に出てしまったお願いだった。自分は無力に成ってしまったから、開け方も解らない赤子に扉の鍵を預けるような、そんな願いだった。犯人はもう俺の顔を知ってしまっている。次に会うとすれば、好戦的になるのは明らかだ。
「やめろ、くそっ、なぜ俺が泣きそうになってんだ。逆に断れなくなった。だが、方法がな…そうだ。あいつが呪いのために何かをしているのは解った。それがおじゃんになれば諦めざるを得ないんじゃないか?夕夏、あの紙をもう一度見せてくれ。」
決心がついたわけじゃない。自分が袋小路の中、マンションを登っていく想定を頭の中で繰り広げていると、ふとしたことが気になっただけだった。儀式に失敗と書いており、それ即ち、犯人の目的の阻害という事になる。目的がそれ一点なら、阻止してしまえば殺し合いのリスクは避けられるかもしれないと思った。それは奴の機嫌と言うか性分に頼る事となる。殺すことになんの躊躇もない奴ならば、やっていることは同じなのだ。
「奉納って一体何のことを指すのかしら。儀式に必要な血をどうにかするんだと思うけど、呪法典とかに詳細があるとかなんとか。よくわからないわ。結局、現場に行くか行かないかは選択する必要があるわ。そもそもあいつが何を行っているのかは、正確に分かってないし。」
堂々巡りだ。結局のところ近づいていかなければ解決なんて夢のまた夢だ。
「ああ、もういい。俺が行く。最初からこうなると解っていた。」
大きなため息と共に雪里が煙草を捨てた。死の危険を顧みない、無謀な提案だ。いくら腕があると言え、俺が行く方が安全さは高い。それに逃走ルートを予想することもこの人の方が幾段も長けている。
「考える時間が欲しかった。行く、行くさ。最悪の事件が終わるなら、価値があるだろう。」
どんどん妥協と言う方向に話が転がり込んでいっている気がした。そう思うと、自分が望んでいない方向にも向かって行っている気がしたのだ。俺はいやいやでも口を滑らせた。本当に嫌だった。
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