第10話 在処

 二手に分かれ、俺たちはそれぞれの神社に向かうことになった。俺が着いたのも、廃村が続いている道を行き、立ち入り禁止のテープが張られた草むらを潜って突っ切り、道なき道を行った先にあったものだ。過去には住職がいたようで、民家と併設させるような形で、寺院が重工に存在していた。ここにも立ち入り禁止の看板やテープが張られ、怖いモノ知らずの馬鹿たちが遊び半分で行く心霊スポットのようだった。昼に赴いたがなかなかの威圧感があり、奥底の恐怖が小さく揺れる。

「まるで空き巣だな。失礼するぞ。誰も居ないだろうが。」

 軒先から建物の中に入って行き、紙や書物など、情報に当たるものを探すためにタンスや戸棚を漁った。広井の方はと言えば、彼女は若干方向音痴であり、霊子が土地勘を持っていることからカメラは預け、探索に向かってもらっている。

 簡単に目的のものが見つかるわけはない。漁って出てくるのは現世で価値のない遺産ばかりだった。誰かが目に付けるようなものは何一つ見つからない。これは金品がどうという意図ではなく、大事なものなら抜き取られているだろうという憶測だ。とは言え、中は広く探す場所は多かった。いくら見つからないと言っても、はいはい帰りますと言って帰れば無かったと胸を張って言えなくなる。根を詰め、隠し物がありそうな場所も考えながら隅々まで調べた。

「こんな所に…なんだ?」

 奥の方まで調べ上げていた途中、押し入れの襖を開け、ライトを照らして中を見ていた。すると、上と下の仕切りの下部、つまり下の段から見た天井部分に、板が当てがわれ、打ち付けられていた。それを剥がし、どけると、妙な木箱が地面に落ちたのだ。明らかに隠され、まず目的が無いと見つからない位置にあったのだ。胸が騒ぐ。


 この地に纏わる呪いについて

 古くから、この地での奇祭のため、…しば儀式が…。儀式により多くの犠牲によって出た…は依然存在し続け、儀式と再納という形でこの世に…続けている。これによる呪い、及び儀式は確認される度に肥…ていると思われる。呪いについてはいずれ大きな見過ごせない…へと成り代わる可能性があるため、儀式の遂行は必須とな…だろう。最終的な再納は…

 

 以下、これらの文書は…分け、保管する。呪いの…は奇祭があった西の寺院が専門性を持つため、文…別々に所有し、あくまで被災の隠ぺいと…場を保つこと…する。

 

 箱の中にはあったのは、確かに呪いに関することだった。殆どの文章が擦り切れ、読むことに苦戦したものの、これが自分の求めている情報だと確信できた。その他は何を撮ったのか分からない不気味な白黒の写真などの年季を感じさせる得体の知れないものがあるだけだった。

「見つかったというだけで十分か。後は広井次第だ。これでは事件との関連性を特定できない。」

 詳細は広井が向かった神社にあるようなので、俺にできることはもう無かった。あっちでも見つかるとは限らないし、後は祈るのみだ。

(やばいことになったかも。神社から人影が見えて。あっちは気づいてないようだけど凶器みたいなの持ってた。動ける状態じゃないから来て欲しいの。もしかしたら、例の犯人かも。)

 神社から出て、日に晒された時、広井からの着信があった。ここからは多少距離があり、緊急性があった。俺は走って来た道を戻り、車に駆けこんで現場に向かった。

(私、死ぬかも。今、タンスに隠れてる。何かバタバタしてると思ったらあいつ寺に火を放った。でも、ずっとうろついてるし、ここから出るわけには行かない。お願い、早く。)

 道中、もう一件のメッセージが飛んで来たが、思ったよりも幾段と芳しくない状況に置かれているようだった。向かっていることの返信をする暇もなく、俺は二十分も掛かる道を出来得る限り飛ばした。

 こちらの寺院も先ほどと同じような秘境と言えるような奥まった位置に存在したため、森を抜けていくまでに異常性を確認することは不可能だった。しかし、境内に差し掛かるにつれ、異様さが顕著になってくる。目の前に景色が広がった頃には、火の粉が舞い、ごうごうと寺院は火に侵されていた。灯油でも巻いたのか、全焼にまっしぐらで、近寄れない熱気と火力にその場が包まれていた。避難ができていないとすれば、広井に命はない。

「ここを行くのは無理だ。火の手が強すぎる。」

 今にも建物は倒壊してしまいそうな勢いで、そこにあるもの全てが灰になろうとしていた。火の手と煙のせいで前方がはっきりと見えないので、どれだけ死ぬ覚悟を持っていたとしても突っ込んでいくことはできない。

「広井!広井!返事をしてくれ!くそっ。メールの返答も無いのか?!」

 犯人はどの程度まで居続けたのか。広井がここまで走って出られる隙を生ませない間居たとするならば、まだ近くにいる。そしてそれが本当なら燃えていく寺院の中、そいつは涼し気に時間を潰していたことになるのだ。

 絶望の表情を露わにし、膝から崩れ落ちていると、玄関口の方向から人影が見えた。しかし、女性にしてはガタイが良く、違和感があった。煙からのっそのっそと安全圏まで移動しているようだ。おまけに人を担いでいた。俺はその場の状況を判断し、火が及ばない場所まで来たそいつに突っ込んでいった。

「何をしている!今すぐ放せ!」

 広井に外傷は無さそうだが、まだ煙で見えなかった。ここで犯人と相対するなら、次はどう動くべきか。今の俺にはその計画はなかった。

「やかましい。またお前か。今日も調査ごっこで、こいつは仲間か。面倒な奴らだ。邪魔をしやがって、くそっ。」

 二度目だ。俺はこの男を犯人だと思った。顔見て、ホッとしたような、イラっとしたような気分になる。刑事、広井の父。これだけ悪態をついているが、人の救助を優先し、動いてくれたのは事実だ。彼女の方も外傷はなく、一酸化炭素中毒にも陥っていないようで、オヤジの手から離れ、地面に下ろされた後は、新鮮な空気を健康そうに胸いっぱいに吸っていた。

「あんた、この中を?まあ、いいか。一つは、調査ごっこかもな。しかしだ、もう一つはこいつの顔を見てから考えてくれ。」

 俺は広井に近づき、顔についた煤を払った。親のこいつはしっかりと顔を確認していなかったようで、まだ誰かも判明してないみたいだ。

「お、おま、お前。どうしてだ?!」

 人が死んでいても眉一つ動かなかったのに、彼女の顔を見てかなり動揺の色が見られた。

「ど、どうも。」

 気まずそうに彼女は顔を上げ、微笑んだ。久しい再開に繊細な言葉も出てこないみたいだった。

「代弁すると、あんたに帰って来てほしんだとよ。」

 広井、と言うとややこしいのは解っているが、娘がなかなか話を纏められ無さそうにもじもじとしていたので、俺が声を出した。

「今更か?俺の人生はもう…。それで何になるって言うんだ。この事件、最早無視なんかできたものではない。夕夏、なぜそんな風に思う?」

 険しい顔のまま娘に視線を落とした。嫌いだというわけではないようで、全部が全部、好き好んで出て行ったのでもなさそうだった。

「なぜって。それが家族ってもんでしょ?良い?犯人を何とかすればいいんでしょ?私たちも手伝うから、早く帰ってきなよ。誰がお母さんの遺品を整理すると思ってんの?何をそこまで拘ってるわけ?」

 家族ならではの一面が広井には見られ、口調も普段より砕けた感じになっていた。この距離感もただの怒りではなく思っていることを口にしているだけのようだ。

「素人が。お前らにできることなんてないんだ。俺は帰らんぞ。」

 どこまで頑固なんだ。これは非常に骨が折れることになる。娘が困っているのにお構いなしか。逆に広井がこれでも帰って来てほしいと言っているのが天使のようだ。

「私たちは…はっ。そうだ、香山。あんまり目を通せてないけど、犯人の動機として考えてもよさそうな資料が見つかったわ。」

 距離感に慣れているようで、父親をそっちのけでバッグから俺が見つけたものと同じような木箱を取り出し、俺に差し出した。

 先ほどのものより幾枚か入っていて、既読の呪いについて概要に繋がるような話だった。その中で最も重要そうな事柄はこんなところだった。


 …の呪い

 呪いは…の呪いという名称で、秘祭が原因となる不特定多数に継承として現れる様々な禍のことである。本人に対しては非常に重い症状が現れる。強い倦怠感、吐き気、強迫観念、自殺願望、身体特徴の変化。人により症状は異なるが、本人による呪いへの精神的抵抗は不可能に近く、呪縛から解放されるためにそれを払おうとする行動が著しく増える。

 しかし、呪いは個人に留まる効力ではないため、強迫的な行動は最終的に反発作用となり、根本的な解決に至らしめると考えられる。呪いは地を崩れ去るにまで効力を強めていく。千年前にはこの呪いにより、---地方から---地方までの全土が崩れ、---万人の犠牲を払い、その地は復興不可能のとして日本から消滅させることを余儀なくされた。(「---地方特例隠蔽事案」を参照)それだけでなく、未知の病や霊界との境界線の崩落など、大きく人間に悪影響をもたらし続ける事象が確認され、現在まで問題視されている。根本的な解決はいずれ必須となり、多くの犠牲を払う必要が出てくる。

 解呪には多くの血が必要となる。死んで数分の血から得られる淀みを「再納の血」と呼び、儀式の遂行において最重要項目とも言える要素になる。ここに解呪と儀式についての概要を書き記す。他、「呪法典」の各詳細を確認の元、慎重に遂行しなければならない。


 1.秘祭儀式の周辺及び、地方から特定多角形の直線に結ばれるそれぞれの場所から再納の血を儀

 2.呪符を込めた布に血を沁み込ませ、地に奉納する。(この時、犠牲者の死亡が確認できていない場合、儀式は

 3.呪法の通りに儀を進め、厄災の根

 4.儀式の奉納に失敗した場合…


 最後は無暗に引きちぎったように破れ、細部の確認には至らなかった。だが、血がなんやらとぶつぶつ言っていたという被害者の証言と一致する部分があり、犯行の目的と考えることを後押しするかのようだった。

「夕夏、お前の言っていたことは案外真相かもしれない。見てみろ。」

 ややこしいのは解っていたので、俺は敢えて下の名前を呼び、もう一度彼女に用紙だけを手渡した。少しの間彼女も目を通し、うんうんと頷いていた。

「ああ、それでね。私たち、この事件の行方と動機を知ることができてるの。十分に協力することはできる。不思議な力もあるの。信じられないようなね。」

 彼女は立ち上がり、親に訴えかけた。俺からすれば、呪いのような何かを感じ取った彼女が、一番不思議に思えるのだが。

「ほう?言ってみろ。俺ですら出せてない答えを。」

 娘に対しても高飛車な態度でオヤジは鼻で笑い、俺たちを交互に見た。当然、この文章もこの人には見せていないため、それを知らない。

「呪いよ。呪いを解くため、あいつは動いてるの。」

 大真面目な表情で彼女は燃え行く寺院を忌々しそうに見つめてから、間を利用して話した。

「呪い?聞いてを損したな。そんなものがあるはずがなかろう。お前は昔から霊が見えるなんて言っていたな。俺が証明しろって言ってもいつもそこに居るからって。スピリチュアルなものに頼ってちゃ、事件はどうにもならんのだぞ?」

 オヤジは待っていましたと言ってやってもいい、考えていた反応を示した。

「あいつは全部を終わらせに来ている。今こそ、最終面が写るのではないか?」

 俺が口を挟んだことに、オヤジは首を傾げていた。俺は推察が通ることを期待し、夕夏からカメラを取り上げ、シャッターを切った。

「良いか?おっさん。ああ、親だった。すまんな夕夏。けど、これを見てくれ。これは念写だ。俺は今までもこれを利用してあいつの動向を追っていた。ここは次の現場だ。それにこの資料。あんたが見つけられなかったのは、腕が立つ故だ。あんたが追いきれないのは、あんたの想定外のことが起こってるからなんだ。娘の言葉を信じてやってくれ。それが、こいつのする唯一の証明だと思って。」

 異常なカメラは異常の中の正常を表した。念写に成功し、ここではない景色を映し出している。俺が出る幕ではないのだろうが、俺らもこの人の手を借りる必要はありそうだった。現場での勘は、俺らの数十倍鋭いに違いない。解決を望むなら、付け焼き刃ではだめだ。

「ちっ。ったく、お前、責任を取れよ?協力するのは今回だけだ。」

 ぶっきらぼうに彼は背を向け、俺達から遠ざかって行った。来い、という事なのだろう。夕夏はやれやれ顔で俺の肩に手を置いてその後を追い、俺も小さく息を吐いてその後を追った。

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