第9話  噂

 念写を試みたが、普通に目の前の情景が写り、何度やっても同じ結果となった。これにより、「今後殺人が起きない」、「必ずしも事件に沿っていくように念写ができるわけではない」、「一定期間が開けば念写は成立しない。」というような仮定が立った。最初のは多分ない。失敗を機にやめるとは思えないからだ。俺たちはしばらく大人しくなったと判断し、都合よく動機の方の探求を行うことにしていた。

「あーあ、やっぱりオカルトだ。何人も情報を提供してるがちぐはぐだ。フェイクの画像まである。なあ、広井、もうやめよう。」

 スレッド自体はまだ残っており、検索欄に多くの文字を叩き込んでいった末に見つけ、証人との同様のものと判明はしたが、そこにあった内容はお世辞にも組み立っているとは言えなかった。疑念が疑念を呼び、一つ一つのソースを調査したものの説得力のある源泉は見つからないのだ。全部は見れてないにしろ、これでは最後まで調べるのは滑稽も良い所だ。

「ちょっと待ってー。なーんか引っ掛かるのよね。タッチ―の県、確かに似たような伝承があるみたいのなのよ。これ以上はただの興味でしかなさそうなんだけど。」

 一方、事件寄りでない部分はずっと広井が調べていた。頭を悩ませながら、前向きとは言えない態度でパソコンをいじっていた。俺が根拠のない情報を提示する度、広井の顔には申し訳なさそうな色が浮かんでいた。

「そういえば私が学生の時に村の奥の方に古い古い伝承があるって噂になったで。それも呪いのなんや言うて一時期話題なってたわ。言うても自分のとこだけでなあ。」

 死んだ目で広井が画面をスクロールしていると、急に霊子が口を開いた。

「それも都市伝説だろ?噂って。出所は確かなのか?」

 今更言われても、響くものは何一つない。

「噂や噂。ゆってみただけ。」

 それは単なる会話のキャッチボールに過ぎなかった。詳らかにする必要のない、日常の一ページ。

「村?さっきそんなのがあったような。これだ。古来から存在する黄泉の呪い?今は境内に封印されるっだって。村の奥っていうと二か所くらい?」

 しかし、広井は反応し、またパソコンに向かった。俺より信じている分、些末なことにすら注意が向くのだろうか。

「そこかあ。どっちも立ち入り禁止になってんで?でも、なんか秘密がありそうでワクワクするやん。」

 広井はマップと共に信憑性の無い情報を彼女に見せ、霊子は子供のように答えた。

「お前は死んでるから関係ないようだけど、普通に犯罪だからな?」

 そんなくだらいことで捕まったら、大恥だ。

「私は行こうと思う。サイトに写真が載ってるんだけど、背中がぞくぞくするの。」

 結局直感に頼るのか。広井は俺の言葉を聞いて尚、折れることはなかった。

「そもそも、犯人を追うのが目的ではないのか。興味があるのなら止めないが、俺は断る。」

 少し失望した気持ちに成った。事件に対して軽んずる気持ちはないのだろうが、本音としては霊的な現象に好奇心や本能を揺さぶられ、首を突っ込んでいるのだと。

「そんなんじゃないの。私はなんでもいいから、できることがしたくて…」

 俺の感情が伝わってしまい、悲しそうに彼女は俯いた。それを見ても、それらしい理由は推察できない。

「お前は何を隠しているんだ?それを教えてはくれないか?俺は誤解しているのかもしれないから。」

 決別する必要まではない。それだけの理由があるのなら、それが何かを知りたい。興味本位でないというのなら、納得できる理由を提示して欲しかった。それはリスクある行動に釣り合うべきということをお互いに自認するべきだからだ。

「気づいてたんだ。あんまり大したことじゃないんだけどね?私さ、お父さんがあの事件に夢中で、仕事を辞めてから家から出て行ってしまったの。連絡もロクに寄こさなくてさ。取りつかれたように固執してた。お母さんが死んじゃった時も、帰ってもこない。その頃には連絡も取れなくなっててさ、もうどっかに消えちゃったって思ってたの。けど、私は怒ってない。ただ、帰って来てほしいだけ。それを伝えたいって思ってさ…」

 事件に夢中で固執している人物。それには覚えがあった。

「もしかして、お前が言ってるのは、前に俺が会ったおっさんの事か?」

 因果とは虚ろなものだ。俺たちが運命的だと感じているのは、偶然が生んだ陰でしかない。

「絶対そうよ。タッチ―の話聞いて驚いちゃって。まさかとは思ったけど。ホントに頑固な人なんだから。」

 消息を確認できない彼女にとっては、十分な動機だった。あんなにぶっきらぼうでも、娘からは愛されているとは。それだけで親と言うのは幸せなのではないか。

「わざわざ隠す必要があったのか?言いたくなかった理由もあるのか。」

 言ってくれるなら、協力もした。回りくどいことをしなくたって、探す手立てはある。

「私にとってはそれが本命だから連れて行ってって言えなかった。最初から事件そのものに関わるって言ったら、香山は絶対止めてくれるし。それと、お父さんが何に躍起になっていたのか、そしてその事件とはどんな複雑性があるのか、それを知りたかった。それを知るには、私自身が危険を承知でも身を置く必要があると感じるの。事件を解決に辿り着かせる責任は持つべきだからね。家族として、新たな幸福を掴もうとする者として。

 でも、私が心霊現象に似たことに脳が刺激されてるのは事実。行くべきと感じるのは、ただの使命感とかじゃないの。お父さん、結構優秀な人でさ、あの人のことはずっと尊敬してる。その人が追い続けても真相に気づけないとすれば、呪いなんて非科学的なことがあってもおかしくはないでしょ?」

 これだけの理由を語ってくれても、やはり非科学的なことに事件を結び付けてしまうことへの抵抗感があることは否定できなかった。バカバカしい。そんな思いが心の隅にはあった。

「俺はどこかのタイミングで広井には抜けてもらおうと思ってたんだがな。そこまで言うなら、仕方ないな。お望みの通り、付き合ってやろう。」

 調べれば調べるほど、一般人が関与すべきではないと思うのだが。あのおっさんが見下すのも解る気がした。

「私はあんたが最初に辞めると思ってた。でも、なんでそんなに追ってるの?逆に最後まで貫こうって思ってる?だったらどうして?」

 今度は広井が質問を投げかけて来た。

「ん、なんだ、まあ、俺は霊に取りつかれてしまってるからな。俺が死んで、何が何でも晴らしたい雪辱があるならいたたまれない。どんな形でも終わりと思うまではやろうと思ってるんだ。」

 あまり乙な答えは返せない。情けは人の為ならずだ。

「ひゅうひゅう。それでこそ敦や。ホンマ、ええ人やで。」

 俺が恥じらいを持っていることを察知して、霊子が要らない野次を飛ばした。

「黙れ。早く成仏してもらうためだ。」

 かくして、俺らは当ての無い呪いを探し求めることになった。徒労に終わる可能性は高いが、次の事件までにどんな手でも打っておくべきだ。

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