第8話 貴重な証言

 命を救ったということで、まだ病室で休養を取っている身である例の被害者と一定の関係性を得られた。お見舞いという形で病室に向かい、一連のことをざっくりと話すと、安心した様子で友好的な態度を示してくれた。ひと通りの感謝を述べられた後、俺は証言を聞くことにした。

「あなたは襲われたことに心当たりがありますか?また、犯人が誰かを知っているでしょうか。僕は記者などではないので、気を張らず、答えたいものだけ答えて結構ですよ。」

 怖い思いをしたのは間違いないだろう。同情も混じり、俺の問いかけは柔らかくなった。自分が救ったという感覚は少ないが、事件に顔を突っ込んだことで運命を変えられたのは事実だ。

「わかりません。あいつは、急に入って来て、暴行を加えました。ぶつぶつと何か言っていたのは覚えています。血がなんたら。と。言葉を交わそうなどとは思えず、その意図は探れませんでしたが。」

 被害者は深く考えた様子だったが、事件への関係性があるようには思えなかった。これは仕方のないことではあるものの、情報が足りない。そもそも、なぜあんな遠方まで犯行を及ぼしに行ったのか。特殊な目的があるのか、それとも気が狂った気まぐれなのか。どちらかとしか考察はできない。

「あいつは、⚪︎県で連続殺人犯として十数年逃げ続けている人間です。僕も素性は知りませんが。今回も犯行には失敗したが、見つけられるだけの証拠を出さなかったということになります。」

 追っていれば、どこまでも確信や証拠に近づけたはずだ。今回は本当に運が良かっただけ。今後、事件の前後に行くことができたとしても救えるような巡り合わせはないだろうし、後というなら前と同じく、現場から証拠を見つけ手掛かりにするのは望めない。

「あいつが?まさか。全く誰かは知らないんですが、事件については知っていますよ。そういうのを調べるのが好きでしてね。ああ、でも自分の情報は当てにしないでください。ネットが殆どなので。」

 被害者は目を丸くし、興味を向けた。あれだけ長く犯罪歴があれば、マニアの間でも有名になるみたいだ。この人がマニアと言うだけの関心があるのかは不明だが。

「なんでも構いません。少しでも僕が知らないことがあれば聞きたいです。」

 俺も興味を向ける。きっと得られない。そんな確定的な情報なんて、穴を掘ったって見つかりはしない。それだけ、あいつには謎が多い。しかし、聞く必要がある。

「うーん。がっかりしないでくださいね。昔、スレが立ってたんです。連日の殺人についての。その中で、ヒートアップしたのが呪いについてです。オカルトじみた話なんですけどね、スレ主ではない誰かが、古い呪いの儀式と関係性があるって茶けて言ったんです。ですけど、その呪いとやらの情報が出る度、確かに一致する部分もあるとかで盛り上がったりもしたんですね。だけど、あまりにも文献が古かったり、そもそも存在するかも怪しかったりで、信憑性の欠片も無いっていうのが結論で。最終的にはただの狂人ってことが判明したようです。ね?知ってるって言ってもその程度なんですよ。」

 まあ、やはりと言うべきか。特に考えさせられる話ではなかった。その手の話はどこにでもあった。事件が不鮮明な分、様々な考察が当てられている。がっかりはしなかったが、わざわざ膝を進めるような話ではない。

「なるほど。意外や、意外、そんな一点が真相を突いたりするものです。考慮に入れさせていただきます。では、僕はこれで。また、何か分かれば教えてください。しばらくは、ゆっくりと休んでください。」

 とはいえ、後々思い出すこともあるかもしれない。繋がりがあるというだけでありがたいと思うことにしよう。

 病院から出ると、広井が待ってくれていた。この件に関わっていると自覚していて、被害者についても気に掛けていたようだ。

「ダメだ。古い呪いがどうとかってスレッドを見ただけという話で、犯人についての詳細は知らないとの同じだった。」

 俺は歩き出すとともに軽く報告を行った。念写をしてそれに沿って動くというだけでは、解決には向かえないのか。

「え?それは本当なの?私、外からでもゾッとする気配を感じたの。霊とか、そういう得体の知れない何かの。最初から決めつけるのは良くないと思う。」

 すると、広井は面倒な事を言い出した。仮にそれが犯人由来のものだったとしても、情報に関係することだろうか。念写を頼りにしてる身でなんだが、心霊的なことに頼り過ぎたくはない。

「広井も見ただろ。そんな噂、いくらでもあった。被害者の証言が特別ってわけでもない。何を根拠に追求すべきだと思うんだ?」

 軽視すべきまでとは思っていないが、おいそれと信じて探求するのは愚直だ。

「呪いなんて言葉は殆ど無かった。そう、あれを表現するとすれば呪い。私が変なことを言ってるのは解ってるの。でも、ちょっとばかり信じてもらうことはできない?凄く嫌な気持ちになったの。」

 変なこと。変なことだ。いつの間にか俺の周りがオカルトで取り囲まれているのか。奇想天外の話は、カメラとその中の住人だけで十分なのに。

「呪いなあ。俺はそういう類について今でも半信半疑なんだ。霊が存在しちまってるが。しかしながら、この世にある一切合切の人間が解明できない事象を信じる気にはなれないんだよな。」

 俺は遠ざかっていく病院を見上げ、頭を掻いた。信じたい気持ちもある。もしかしたら、それが実現していた時のリスクを無意識に恐れているのかもしれない。いや、心霊から始まって、心霊で結び付けてしまう符号が嫌なのだ。

「勿論、見当違いかもしれない。責任取れなんて言われても難しい。あんたの優しさに頼ってのことよ。無理だっていうなら一人で調べるし。」

 へらへらと笑う様に微笑を浮かべ広井は俺が見る後ろの建物に視線を合わせた。

「ちっ。そういうのを漬け込むって言うんだ。高い酒、驕ってもらうからな。」

 どんどん奇妙な方向に転がって行ってしまう。気づいたら、霊の声が聞こえるとか俺自身が言い出さなければいいが。

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