第7話 鉢合わせ

 犯人の行動は一律には捉えられないようだった。今回の念写で特定した場所は、霊子が曰く付きなんて言っていた周辺から数十キロ単位で離れた位置であり、当人が逃げることに成功し続けていることを裏付けていた。古びた家屋が一件、映っていた。時間帯は曇っているが昼だ。

「まだ判明していないことが多くある。今回も行き当たりばったりだ。前は霊子が聡明である故に行動の幅が増えたんだ。念写が何日後を示しているのかはまだ規則性がない。明日かもしれないし、一週間後かもしれない。俺が居られるのはもって二日だ。毎回何かを手にできればいいのだが、そう上手くいくとは思っていない。」

 今回は助手席に広井を乗せ、向かっていた。俺にも仕事があるし、あのおっさんみたいに生活をあれに注ぎ込むことはできない。念写と言う信じがたいことを頼りにしているために、それ以外の部分では奴を特定できなかった人間たちと同様、俺もこれといった情報を得られないため、取り合えず向かうくらいしか事件に迫る方法がなかった。

「タッチ―から聞いたんだけど、元刑事?の人は傾向から追ってたんでしょ?今回も居ると良いんだけど。だったら楽じゃん。ほら、話すことができれば多少は…」

 思っているよりずっと幾つものことを語ったらしい。これまでの動向は全て霊子が教えたのだろう。

「ひろみん、あれはあかんで。頑固も頑固。はなっから人の事見下してんもん。邪魔やって思われてるし、事件に関与する可能性はあっちから与えてはくれへんで。」

 カメラを切っている間は一人で寂しいと主張するので、余裕のある時は点けてやることにしている。だから今も霊子が口を挟んだ。にしても、ひろみんか。俺が呼んだらぶたれそうだ。

「そうかな。根は良い人…だと思いたい。もし、出会うことになったらさ、私一人に任せてくれない?説得は得意なの。」

 そう言ってくれるならありがたいところではある。俺も偏見を疑わない態度にはウンザリとしている。とはいえ、それは彼女を現場に置くという危険が付き纏っている。状況は選ばなくてはいけないだろう。

「まあ、考えておく。」

 そのまま会話は終わり、車を走らせた。

 腰を伸ばしたくなる距離を運転し、ようやく着いた。神のいたずらか、周辺まで辿りついた頃には写真と似たような太陽を遮断する色合いの雲が空に広がっていた。

「何か嫌な予感がする。急ご、敦。でも、見たところ普通に人気もある。思ったより、ちゃんとした住宅街や。」

 霊子が言った通り、ネットで実際に見ていたときよりも人の気配を身をもって感じ、決して廃墟が並んでいるような立地ではないことは確かだった。つまり、周りに誰かが居ても、犯人は人を手に掛けるということだ。

「あの家だ。畜生、殆ど写真で見たまんまだ。今まさにか。」

 近づいていくにつれ、気味の悪い感覚が背中を突き刺してくるようだった。写真と角度が合っていく程に、脳裏にある造形や濃淡と一致してしまう。

「玄関が開けられたままだ。近づくぞ…音がする。やばい、俺が行ってくる!」

 ドアまで小走りで近づき、そっと耳を当てたが、中から足音が響いていた。鍵は開いているというより壊されている。不法侵入だと解りながらも、行動に移すしかない。

「それはやめといた方が良いわ。犯人はずっと狡猾よ。何があるかもわからない。」

 広井は反論した。彼女が正しいのだろう。しかし、そうは言っていられない。救えるかもしれない命があるのなら、そのレバーを自分が握っているのなら、動かすべきだ。よく、トロッコ問題でレバーを切り替え、自分の選択で人の命を奪う選択自体に問題があるというような論争があるが、俺はそうは思わない。自分で動かせるという立場に立った時点で、人は選択をしなくてはならないと俺は思うからだ。

「そんなことは解ってる。時間がない。待機していてくれ。何かあれば叫ぶ。その時は警察に電話してくれ。お前が頼りだからな。」

 相手がどれだけ頭が良かったとしても、一声も上げず俺を殺せるか。また、それができたとて、本来警戒できない媒体からの声を止められるか。答えは否だ。犯人に近づくという点に至っては、明らかに部があった。

「そうね。わかった。絶対死なないで。待ってるから。」

 広井は携帯を取り出し、いつでもSOSが打てる態勢を整え、頷いてくれた。

 俺は突入する形でドアを開け、中に入った。この一軒家は狭く、リビングまでの廊下も短く、簡単にそこまで到達できた。音が挙がっているのはこの先で、部屋に繋がるすりガラスのドアは乱暴に破壊されていた。

「ここか!お前…。」

 またそのドアを開けると、激しい抵抗の後に部屋は散らかり、俺は犯人と対峙することになった。深く帽子を被っている上に顔は何かに覆われ、背格好から男であるということしか伺えなかった。傍らには被害者らしき人物が転がっており、救いがないとも言いたげに、庭に出るための窓にあるカーテンが外の風で白旗を振っていた。

「なぜだ。」

 まさにその場所に居た奴は、俺の姿を確認するなり、一言焦りとも取れない声色でそんなことを言い、窓から庭に飛び出した。恐ろしく早い反応速度であり、俺が動揺している一瞬で犯人は次のコマに進んでいた。

「追うぞ。庭先からならどっちに行ったかはわかる。」

 ばったりと鉢合わせて刺される覚悟だったが、犯人は逃げた。ならば、その覚悟をどぶに捨ててはいけない。ここまで間近で犯行に相対したのは恐らく俺が初めてだ。

「待って!この人、まだ息がある。この人の救護が優先や!」

 俺が庭への敷居を踏んだ途端、霊子が叫び、俺を止めた。広井に中に入らないようにするという暗黙のコミュニケーションが、ここに来て裏目に出た。来てくれ!と叫べば来るだろうか。事件性があると判断し、まず警察という判断になる可能性もあるため、確率は五分だ。俺が追いかけるとしたら、それでは遅い。生きているならば今すぐに対応し、何とかしなくてはならない。

「解った!今回は諦めよう。あんた、大丈夫だ。救急を呼ぶ。」

 被害者の男性は非常に弱り、首に絞めつけた後が存在したが意識があった。うっすらと俺を目で追い、反応しているのが受け取れる。犯人は賢く、そうそうへまをしないという頑固オヤジの言葉を思い出したが、後悔の先にすら立たなかった。

 結局、被害者の家に救急隊が駆けつけ、一人の命を救えたことになった。その後、俺たちに取り調べが入ったが、犯人を見たという証言と、それを探していたということを隠し(もちろんカメラに住む霊についても。)、たまたま通りかかったところで違和感を覚え、通報したという口裏によって厄介にはならなかった。被害者も今ははっきりと意識を取り戻しているが、意識が朦朧としている中、俺が犯人とその場で対峙したことは覚えていないらしく、俺たちにとって都合が良いのか悪いのか分からないまま、この一件は解決した。

 ふと、カメラであの写真を見ると、ブラーが掛かることもなく普通にその場で撮ったかのように異常性はなかった。今回は殺人未遂となり、警察が警戒線を張る事となったが、なかなかどうしてあいつは逃げおおせたらしい。まだまだ、策を練る必要がある。

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