第6話 助っ人
長いドライブから帰った俺は自宅にてようやく重い腰を下ろせた。事件に差し迫っている感覚はないが、何も無かったと言えば嘘になるので、それなりに疲れていた。しかし、ベッドにダイブしたい気持ちを引き留めるように、電話が掛かってきてしまった。広井からだ。気の知れた仲で、無視しても問題にはならないが、遅めの時間で心配する要因もあったので出ることにした。
「こんばんは。香山、聞きたいことがあるんだけど…。前のあれ、何?」
俺が出ると低めの声でこう聞いてきた。緊急性はないがいい気分では無さそうだ。
「あれって?なんのことだ。」
勿論、カメラに関することと言うのは解っている。しかし、霊を彼女が感じ取ったのか、俺と同じく事件現場に気づいたのかは不明だった。
「とぼけないで。全部よ、全部。もう一回あのカメラを見せて頂戴。気味が悪くてしかたない。」
どうもリアクションから察するに事件についてだ。誰だってピンポイントで頭に浮かぶ情景をあらかじめ撮っていたなんて信じられない。写真がブレてから日が経って記憶が薄れてきているが、事件現場だというのは火を見るよりも明らかだった。
「すまない。もう見せることはできない。お前なら解ってくれるだろうから言うが、アレは念写だった。俺は事件を未然に知ることができる。そして、お前も見ただろう。ブレにブレた写真たちを。事件が解決に至らなかった場合、あの様になるらしい。」
事の顛末を一から説明するのは面倒だ。この説明だけでも十分だろう。それにしても、念写なんて概念はオカルト部門でも通用する話なのか。
「そういうこと…だったら悪霊より厄介。どちらにせよ、また来て。あんたが言ってた霊、今に来て記憶の隅にあるの。話してたって言ってたわよね?マジのマジなの?」
あれだけ呆れた顔をしていたのに、真剣な声色で彼女は言葉で詰め寄った。手のひらを返されると意地悪をしたくなるものだが、俺も信じろと言われる方が難しいと思うため素直に対応することにした。
「マジのマジ。んじゃ、週末あたりにな。」
俺が呼び出されたのは街の外れにあるビルだった。前は自宅に訪問したが、一つ手伝いも兼ねての事だそうだ。内容は教えてくれなかった。だいたいいつも、くだらない雑用を任される。彼女が忙しい身だと知っているし、ご飯を奢ってくれるのは確定しているため文句はないが。
「なんだってこんな辺鄙な所に。カメラ、持ってきたぞ。」
休日ということで人気は少なく、埃が被ってるなんてことはないが寂しげな雰囲気だった。広井は俺が到着すると中に入って行き、俺も続いた。
「倉庫があるの。荷物を運ばないと。まあ、早速。雑用の前に本題を。」
倉庫のカギを開け、部屋に入った広井は、くるりと身を反転し、こちらに手を差し伸べた。
「少し待ってくれ。霊子、こいつは信用できるから出てきても大丈夫だ。ほらよ。」
俺はしっかりと霊子が写真に居ることを確認し、コミュニケーションを取った後、広井に渡した。彼女も頷き、同意してくれた。
「ばあああ!」
広井が写真に顔を覗かせた瞬間、カメラからそんなちんけな脅かす声がした。当然、犯人は決まっている。
「ぎゃあああ!な、なによ。こいつ。」
本来、こんな子供騙しで驚く程、広井は臆病ではないが、霊の存在を強く感じている故に、腰を抜かしてしまった。テレビなら百点満点の驚かされ方だ。にしても、全く、余計なことをしやがった。
「あはははは。ひっかかった。えーと、すんません。そない驚かれるとは思いませんっした。私、橘 玲奈って言います。死んでるんで霊子で。」
芸人魂でもあるのかこいつは。普通に近寄りがたい存在だという認識から事が進めば話のすり合わせが楽ではなくなる。もう広井が流してくれることに期待するしかない。
「ああ、もう。最悪…。これがねえ。間違いない。この子よ。ちゃんと霊だし。これ以上不思議なことなんて、この世にあるのかしら。」
クールな広井は恥ずかしそうに立ち上がり、目を細めたが、次は関心深そうに彼女を眺めていた。霊感に訴えてくるものもあるみたいだ。
「失礼を謝罪する。これとこいつのお陰で、例の連続殺人事件に近づけてる。」
信頼関係を築いてはいるが、何かと世話になり、借りがある。雑用を受けるのもこういう理由もある。普通に受けている節もあるが。なので変に不快な思いはさせたくないのだ。
「気にしてない。それより、念写について教えて。これを運びながらね。」
得るものの方が大きかったようだ。荷物に手を伸ばし、作業を始めた。作業についてはトラックのあるガレージに荷物を運んでいくという単純なもので、大した距離でもないので疲れはなかった。その間、広井にカメラは預けぱなっしで、ずっとなにやら会話していた。事件とそれにどう俺たちが動いているのかを話しているのだろう。傍から見るとカメラを肩から下げて独り言に浸っているようにしか見えず、声がなければ変人だった。後ろを常に付いていったわけでもなく、会話の内容は追えなかった。
「やっと終わったわね。お疲れ。ねえ、香山。この事件、私も関与することにするわ。」
作業を終えると、何があったのか、カメラを返しながら予想外の言葉が広井から出てきた。
「はあ?やめとけ。マジで人が死んでるんだ。この目で見たし。霊の実態が知りたいなら、霊子で十分だろ。」
わざわざ首を突っ込むなんて道理などあろうか。遊びと本気の分別を付けられない人間でもないはずだ。
「知ってる。聞いたわ。そんな単純な理由じゃないの。何と言うか…まあ、ちゃんとした理由があるの。」
彼女は誤魔化すように薄笑いを浮かべ、カメラに視線を落とした。俺の見てない所で霊子がお願いでもしたのだろうか。誰彼構わずそんなことをするとは思えないが、世話焼きの広井ならあり得る。
「そんなん、危険やで?気持ちはありがたいけどさ。」
今度は霊子が口を開いたが、彼女が所以ではないと解った。いつの間にか敬語ではなくなっている。
「いや、タッチ―のためとかじゃないの。私的な理由。」
タッチー?!無茶苦茶仲良くなってないか?何があったのか気になるところだ。見ての通りと言えば既に説得力に欠けるが、広井は世話焼きだが友好的な態度が少ない。
「何をするって言うんだ?お前は。俺たちがやってることと言えば、現場を特定して向かうことくらいだ。危険に晒される人数をわざわざ増やすのは愚策だ。気持ちは嬉しいんだが、特にして欲しいこともないんだ。」
動揺してしまったが、食いつかず、大事なことに話を集中させることにした。ここまででも事件の一端に掛かり、犯人の特定の首先まで辿り着いている。後何度か慎重に行動すれば、遠くない未来に見えてくる。そこから事件が解決に向かうかは不明だが、広井が参加したとて、結果は変わらないように思う。
「現場を立体的に観察することができるようになる。一人じゃ探しきれない痕跡だって、見つけられる。もしかしたら、も…。現場に行かなくたっていいの。何かはする。」
なぜか霊子と同じくらいの執念を持ってしまっている。何かを隠しているのは見え見えだ。
「解った。だが、事件は事件だ。自分の身を大事にしろ。」
俺は首を縦に振ってしまった。もう少し対話し、理由を聞き出した方が良かったのかもしれない。それでも、以前の霊子の眼がちらついて深いことを知ろうとはしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます