第4話 現場

「〇県奇怪連続殺人事件」。××市を起点とする、殺人事件。それがこの事件の外堀だ。名称は単調だが、十年以上も続いて、都市伝説が立つと共に現実で起こっている確かな殺害だ。証拠がほとんど残らず、事件現場には必ずと言っていいほど不可解な点が残され、殺害方法を断定できない場合も多いそうだ。実際に何人もの人間が動き続けている事件ではあるが、その謎多く闇の深すぎる事件性に、足を真相までたどり着かせた人間は未だ存在しなかった。被害は少なくとも百件以上にも上り、巷では「死神に見つかってしまう。」なんて作り話ができるくらいで、その地に住むなら誰でも知っている、不穏極まりない存在だった。

 

 俺はネットを駆使して情報を割り出していった。「ゴーグルマップ」という地図アプリも利用し、霊子の推察も交えつつ作業を進めた。彼女は俺より勘が鋭く、情報を整理する能力にも長けていた。おかげで、犯行現場を割り出していくのは比較的スムーズに行うことができていた。

「もう一回××市まで行くなんて。言っておくが、今回はあくまで視察だからな?」

 場所の特定を終え、俺は車を走らせていた。助手席にカメラを乗せて、内側をこちらに向け、霊と会話する。軽くホラーだ。

「解ってる。無理させようなんか思ってへんから。関わるの嫌やって言うんやったらもう引き止めたりせんし。」

 霊子は事件に首を突っ込むということをしっかりと受け止めているようだった。俺もどの程度まで関与できるかは不明だが、やるからには結果を残したい。

 念写が犯行時刻までを予測できるのだとすれば、写真の時間帯は夜だった。現場は市内に収まっていたが、住宅はなく、山に近いことからもかなり道を外れなければいけないと考えられる。写真には木々と野生動物出没注意の看板があり、それ以外に特徴はなく、この前のように人影も写ってはいなかった。如何せん夜に撮ったという事実だけは反映されているのか暗くて情報量が少ないのだ。

 現場に直行するのは蛮行なため、数キロ離れた田舎じみたコンビニに車を停め、徒歩で少しずつ現場との距離を縮めることを試みた。最近の社会人は足を使わないため、二桁も行かないキロメートルでもこたえてくる。足の疲れを感じた頃に、写真で写った場所が遠巻きに見えて来た。

「うむ。今日ではないのだろうか。日付が解らないのが致命的だ。」

 来てみたが、無駄だったかもしれない。二、三日は張り込めるように予定を組んでは来たが、こうも静まり返っていると何も起こる気がしない。何もない故に往復して張り込むのは相当な根性が必要だ。

「大丈夫やで、多分、犯行は今日から明後日。日にちすら通り越してっるってことはない。」

 人っ子一人いないのに、霊子は確信めいた言い方でそんなことを言った。

「なぜ言い切れる。」

 彼女は洞察力も持ち合わせている。彼女が居なければ、この場の特定ももっと時間が掛かったに違いない。それにしてもだ。

「昨日は新月やねん。やとしたら、その明日か明後日くらい、月が顔を出す。もっかい写真見てみ。薄っすら月明りもあるやろ?」

 彼女の発言は言われてみればレベルのものだった。写真をまじまじと見ても月が出ているのかは一目では分からないし、その光を見たとて、昨日が新月であると直ぐに洞察できるものなのだろうか。

「それはそうなんだろうが、確信できるか?」

 疑っても仕方ないが、人が人を殺すことがもうすぐ起きるというのを、俺はまだ真に理解したくないのかもしれない。

「三ケ月(みかげつ)くらいになるとはっきりと月明りもあるもんや。まあ、外れてたってええやん。あいつ、殺し続けてるから、最悪、件数の報告もできる。多分、前みたいにニュースになるのって稀なケースやと思う。結構前から殺しはしてる割に、脚も出てないから。」

 彼女は前に殺人事件を追っていたと語ったが、俺が想像するより遥かに考え、動き、事件と犯人に向き合っていたのだろう。心だけでは解決できないモノは山ほどある。今日の所は変わった様子がなく、事件現場周辺へ行っても何もなかった。

 というわけで、次の日の夜にも同じような立地から現場を確認した。今日は人影があり、周辺をうろついていた。

「おい、誰かいるぞ。犯人ではないのか。」

 そのままの意味で息を飲んだ。走っては追いつけない位置に居るというのに、殺人がリアルに起こっているのだと背筋が訴えてくるかのようだった。

「よく見えへんわ。どうする?もうやめとく?」

 こちらが認識できる位置に行くことはあちらにも同様の条件を与えることになる。俺にとっては、今の殺人犯は人以上の怪異のように感じている。多くの人を殺め、捕まってもいないのなら、常人の手ではないはずだ。

「いや、どうも様子が変だ。行ったり来たりしてやがる。逃走するような気配もない。殺しを行った後なら行動は早いはず。殺す前なら土地を呼んでるとかか?いや、死体の可能性もあるが。誰かを救えるなら、行く価値があるだろうか。」

 事態が滞っているとは限らないので、頭をフル回転させ、あらゆる可能性を考慮した。ぴったりと当てはまる考えは浮かばず、行動を先走られた。

「それはそうやけど…危ないんとちゃう?私、なんもできひんから心配やわ。あくまで一人なんやで?」

 復讐心があるのに、霊子は俺の身を案じてくれていた。

「この位置だと何処に去ったかも正確に見届けられない。せめてそれができる位置までは近づこう。」

 行くと決めた時から、この程度のリスクは承知していた。実際、行動に移すとなると勇気がいるが、怯えて何もできないなら、そもそも了承なんてするべきではない。これは責任でもある。

「…わかった。くれぐれも気を付けて。」

 霊子は少し驚いた様子だった。前に直ぐに捨てようなどと試みたことが影響しているのか。

 街灯もなく、脇道は元々田んぼだったので傾斜があり、見つかる危険性のみを低くすることは容易だった。まだ距離もあるし、足音が聞かれない位置までは安全と言えた。しかし、どこに向かうのかを目で追うには明度的に思ったより近づく必要がありそうだった。

 俺は暗い傾斜の中を屈んで歩いたため、途中で踏み外し、ざらら。という音を立てて滑ってしまった。

「誰だ?!」

 気づけば、俺は声の届く位置まで移動していた。野太い声で、こちらに気づいたのが解った。音の出所は掴まれているというのに、俺は息を殺して足の高い草地へと転がり込んだ。じっとしても、足音は近づいてくるばかりだった。大きくなり、こちらへ向かってくるのが聞こえた。その足跡は堂々としており、こちらへの恐怖を感じさせない、恐ろしいものだった。

「そこに居るのは解ってる。姿を表せ。」

 かなり偵察に心得があるのか、ピンポイントでハンドライトの光を向けられ、照らされた。あろうことか、俺は腰が抜けて、眩しい光を手で受け止めることしかできなかった。ビビっちまってるのか。

「くそっ。お前の望みは何だ。」

 こいつが殺人鬼だ。警戒することなく坂道を下ってこちらに歩みを進めてくる。こんな時間、こんな場所に居るのを他にどう説明する。最期となろうと、動機を伺うことにした。

「望み?くだらん話だ。お前、どこかの記者だな?どうやってこの場所を探った?」

 吐き捨て、見下ように答えが帰ってきた。こいつにとって殺人は日常茶飯事で、大したことでもないと言いたいのか。

「記者?残念ながら一般人だ。お前は俺を殺そうってのか?」

 後ずさりしながら、俺は奴を睨んだ。平気で簡単な理由で殺しをしない限り、件数は増えていかない。俺もその対象に成っているのだろう。

「殺す?何を馬鹿げたことを。やれやれ、奴ではないか。それもそうだ。あいつなら顔すら見せずに逃亡をしている。どうやら、お前も奴を探してる口だな。残念ながら犯人ではない。」

 イラつきと皮肉が混じった声で俺の言葉を借りながら馬鹿にしてきてる風だった。早とちりだったみたいだ。目の前に居るのは殺人鬼なんかじゃなかった。

「あんたは?」

 煙たがれてるのは伝わっていたが、安堵が友好的感情を呼び出し、俺は立ち上がって聞いた。これが吊り橋効果ってやつなんだろうか。

「それよりも、まずこっちにこい。お前は知らないだろうからな。何を使ったのかは知らんが、正確な探知に免じて情報をやる。」

 俺は首を傾げたが、言われるがまま坂道をもう一度上がり、男の傍まで行った。ここでようやく顔が見られた。声と態度通りの、強面というより頑固そうな、若干還暦にも近そうな中年のオヤジだった。男は歩き出し、先ほどまでうろついていた場所へまで直行した。

「俺は周辺を監視する。そこの林を抜けて真っ直ぐ進んでみろ。」

 さっきの位置で男はピタリと足を止め、写真で見た場所の先を顎で指した。まさか、と思い、固唾を飲んで男から離れて足を止めた。カメラと会話してる変な奴だと思われたくないので、姿が見えなくなってから起動し、霊子と情報を共有することにした。歩みを進めていくと、地面に何かが埋まっており、掘り起こされた跡があった。よく見ると死体だ。まだ新しい。俺の恐怖がビりりと刺激され、硬直を生んだ。

「なんでだ。既に犯行は終わっていたんだ。いつの間に?念写は犯行の時間帯ではないということか。」

 掘り起こしたのはさっきの男の仕業だろう。あの男の張り込みの時間を考えても、今日の夜にこの場所で殺害されたというのは無理があった。

「うわ。これ、生き埋めやわ。出血の後はあるけど、血相も悪くない…。念写ってさ、てっきり犯罪自体を教えてくれてるやと思ったけど、もしかして死ぬ時間を指してたりするんかな?やとしたら、死んだのって…」 

 目の前の情景を霊子にも見せてみたが、この死体に思う所があったみたいだ。俺にそういう能力があるとかではなく、死ぬ人間の最期の贈り物ということなのだろう。

「まず戻ろう。変なオヤジが此処を教えてくれたんだ。声だけでも聞いておけ。」

 さっきまでカメラは切っていたため、彼女は一連の出来事を知らない。まだ警戒すべき人物である可能性は捨てきれないものの、まさか犯人そのもので臨機応変に俺たちを騙しているなんてことはないだろう。死体を見せているわけだし。

「どうだ?分かったか?犯行時間が余りにも早すぎる。お前は二度とこの件には関わるな。いつか死ぬことになるぞ。」

 戻ると男はタバコを吸っており、ふてぶてしい顔でこちらに語り掛けた。もう少し人に敬意を示す態度を取る事は知らないのか。

「そういうあんたは何者なんだ。今回も取り逃がしたんじゃないのか?」

 挑発するつもりはなく、単に男の素性を探るために聞いた。今の所、情報通の頑固野郎としか思えない。

「俺は元刑事だ。うちの上が捜索を打ち切りやがったんで俺は辞め、単独で奴を追っている。俺は奴のことだけを考えて生きている。あいつの行動パターンも手に取るようにわかるように成って来た。あいつは殺しが性分だ。ならば、制裁を下せるのは遠くない未来だ。解るか?お前にどんな事情があるかは知らんが、青すぎるんだよ。」

 予想できるのは私怨か。このような人柄は、追える力を持つ人間が追わないという人間不信から来るものであって欲しいものだ。

「いや、俺にも復讐の目的がある。降りろと言われても、簡単には降りれない。」

 俺のものは根深いものではない。他人事だと言えば済む話で、本来自分を危険に晒す必要なんてないはずなのだ。実のところは簡単に降りることができる。

「ふん。好きにしろ。どうせ今回だってまぐれだ。ただし、俺の邪魔を二度とするな。もし邪魔をしたなら病院送りにしてやる。これは比喩ではない。そして、もしお前が奴の標的になっても、俺は一切手助けをせん。単細胞でも、自分を知ってるならやるべきことぐらいはわかるだろう。」

 もともと刑事を勤めていたとは思えない口の悪さだった。俺はイラっとは来たが、ベテランの覇気というか、ある種そういう鋭さが伝わって来ていたので、自分が青いというのは反論できるものではなかった。

「なんすかあなた。さっきから偉そうに!自分が恨んでるんやったら、他に恨んでる人も気持ちもわかるんとちゃいます?いくら自分が凄いからって人を馬鹿にするのはやめたほうがええと思いますけど?」

 カメラをずっとつけっぱなしにしていたので、堪忍袋の緒が切れたのか霊子が話し出してしまった。俺はお前をどう説明したらいいんだ。

「ちゃちな細工だ。カメラに見せかけた通信機か。お前らのような奴が足を引っ張るんだ。今回は大丈夫だったが、もしかしたらお前らのせいであいつを逃すことになるかもしれん。そうなったら、もう二度と奴はしくじらないだろう。お前らは不要なんだ。」

 目に映る存在が不可思議なものだとは信じないようだ。確かに、こんなにくっきりとして、普通に話していると幽霊などとはまず連想されないのも分かるが。このオヤジとは馬が合わない。ふんぞり返った態度に俺もイライラとした気分になってきた。

「私ら、特定班なみに事件に近づけるんですけど?まぐれと思ってるんやったら、その高そうな鼻が折れますよ。まあ、今日のところは堪忍しますけど、あんたにどうこう言われる筋合いはないんで。帰ろ、敦。」

 引いて低姿勢にならずに接することがないのは心強いが、別にトラブルになりそうなことは言わなくても良いと思う。男も、もう用はないと言いたげにそっぽを向いていたため、これにて今日の斥候は終えることになった。

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