第20話 先天と後天の精補するべし
「オーラゼロやんかいさ。あんたは褒められるのが心地よいかもしらんけど、仕事休んでまで塾に送り出している私の身にもなってよ。褒められると調子に乗るあんたには幸田先生の指導がちょうどええんや。褒められても患者さんが治らへんかったらそれはただの自己満足やろ。叱られて患者さん治せるようになり。うん?なんかこのくだり覚えがある…そうや営業マンの時、ノルマ達成できんと落ち込んでたのと一緒や、成⾧ゼロやな」
「幸田先生、こないだ膝痛の患者さんが治りました。先日、先生に習ったばかりの膝の治療手技を使ったら患者さんに“すっかり治りました”って言われてめっちゃ嬉しいです」
「膝って初学の先生には難しいんやけど、伊丹先生の迷わない即断力がいい結果につながったと思うよ」
「ありがとうございます。劇団“旬季”の俳優さんで、治してもらったお礼や言うて全員のサイン入りポスターを持って来てくれたんですよ」
「それは嬉しいな、店宝やね」
叱られ続けて良かったと思った。
「出来てへん時は出来てへんとハッキリ言う人がほんまは優しい人なんよ」
と妻は言う。
この年になって叱る人が優しい人と言う事に気づいた私…恥ずかしい話である。
ある日往診依頼の電話が鳴った。
「ホームページを観ました。往診をお願いしたいのですが」
「はい、往診対応していますよ。どういった症状でしょうか?」
「肺がんと肺気腫を併発しています」
「そうですか、それはお辛いですね」
「実は私ではなくて娘なんです。医師からはあと一ヶ月と余命宣告を受けています」
「そうですか、詳しいお話はお伺いした時にお聞きしますね」
「良かった…来ていただけるんですね。すぐにでも来ていただきたいんですが」
「そうですね、明後日の治療院終了後に伺いますわ」
「それは助かります。ありがとうございます」
「当日、問診をして治療方針を立てますね」
「よろしくお願いいたします。住所を申し上げます」
神崎由紀さん、26歳、職業は不動産業の社⾧。
旦那さんは異業種で働くサラリーマン。
お二人の間には3歳のかわいい女の子の娘さんがいる。
お父様から譲り受けた個人不動産店を市内で9店舗まで増やした。
「店を大きくして来ましたが、頑張り過ぎて肺がんになっちゃいました」
「それはお疲れ様でしたねえ」
「娘がまだ3歳なんで、もうちょっとだけ生きたいんです。それと今は車椅子の生活なんですが、よちよち歩きでも良いので車椅子席でサトゥーンのライブも観たいんです。先生、サトゥーン知ってます?」
「ええ、今一番人気のアイドルグループですよね。彼らのライブって盛り上がりそうですよね」
天真爛漫な由紀さんに私は心打たれた。
週に2回の治療が始まった。
由紀さんは鼻に酸素のチューブを入れて呼吸がしんどそうだ。
指にはパルスオキシメーターを付けている。
指し示す血中酸素飽和度は95と低い。
浅田先生に事前に肺気腫、肺がん治療穴を聞いておいた。
そのツボに鍼をすると、血中飽和濃度が95から96に上昇する。
そして幸田先生に習った筋肉を緩めるリリース法を用いるとさらに97まで上がった。
私は心のなかでガッツポーズを取った。
これならいける…なんとか命を救えるのではないかと思った。
治療中、3歳の娘さんがそばで見ている。
「ママ、鍼でチックンされて痛くないの?」「全然痛くないよ。奈々もやってもらう?」
「嫌だ!」
と扉の後ろに隠れる奈々ちゃん。
「先生、杖、車椅子無しで、前より歩けるようになりました。ありがとうございます」
「それは良かったですね。サトゥーンのライヴ行けるかもしれませんよ」
「嬉しい!私絶対治して行く」
と由紀さんの症状は良くなっていく。
「それでは今日も、まず全身調整の鍼をしますね。お脈を拝見します」
と私は由紀さんの手首に指を当て脈診を始める。
まだ骨の近くで脈の拍動を感じるが最初に比べたら皮膚寄りの拍動になってきた。
反応がいい。
これなら“今日、明日と言う事はない”と思った。
治療を終えてお父様と話す。
「娘の命はあと何日でしょうか?」
「はっきり何日とは言えませんが、今日、明日と言う事はありません」
と私はキッパリと言った。
「先生、なんとか患者さんを救いたいんです。余命一ヶ月宣告から一ヶ月が経ちました。呼吸が楽になれば外出もできると思うのですが」
私は浅田先生宅に相談に来ていた。
「伊丹君、肺がんは肺を補ってもいいが、その根本にある生命力を上げて行くのが先だよ」
「と言うことは気血津液を増やすと言うことですか?」
「その通り。その患者さんは肌が乾燥してないかい?」
「はい」
「がん細胞が気血津液を侵してるんだ。先天の精と後天の精が枯渇しているので抗えないんだよ」
と浅田先生は教えて下さった。
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