第19話 褒められて成長する…は情けない

人前でスピーチする事に慣れていない私の心拍数は上がってきた。

「鍼灸師が商工会議所の会員なのは珍しいですが、私には主張したい事があります。世の中には悪い事をして叱られた時に“お灸をすえられた”と言いますがはなはだ遺憾です。お灸は免疫力を高め冷え性の体質改善にも効果があります。そんなお灸を体罰のように言われては立瀬がありません」

とスピーチを終えた。


「初めまして、クリーンピースの尾原と申します。お掃除の代行業をやっています」

と挨拶に来てくれた人がいる。

名刺交換会は積極的にこちらから声をかけに行くものだと聞いていたので次から次へと私は挨拶に回っていたが、挨拶に来られたのはこの方が初めてだった。

「初めまして、和楽鍼治療院の伊丹宏典と申します」

「スピーチ感動しました。お灸は罰ゲームではありませんと言うお言葉良かったです。私もお灸の良さはわかっていて友達に薦めるのですが、なかなか分かってもらえない事に歯がゆさを感じていたんです」

私もお掃除代行業には興味があったので業務内容を詳しく聞いた。

お互いが相手に興味を示す事で一気に親密度が深まった。


「伊丹先生、ラジオ番組に出演しませんか?」

「ラジオですか?」

尾原さんの提案に私は驚いた。

なんて人脈の広い方だろうと尊敬する。

「鍼灸は現代医学で原因不明と言われる病気も治る事があります。なぜならすべての病は肝心脾肺腎と胆小腸胃大腸膀胱三焦の五臓六腑の不調から起こります。五臓六腑を整えるツボに鍼灸を施せば原因不明とお手上げする事はないわけです」

と本番ではできるだけ専門用語使わずに言った。

「よくわかりましたよ、伊丹先生」

「ありがとうございます」

尾原さんには感謝の念しかない。

それ以降、地方のビジネス誌にも取材を依頼してくれたり、健康セミナー講師を私に依頼してくれた。

そこからの新患さんもあった。


追い風が吹き始めた開業5年目、また妻が私を助けてくれた。

「カンファレンスをしよう」

と妻が私に言う。

「この患者さんはもっとたくさんお灸して欲しそうやったで」

「あの患者さんはもっとたくさん鍼を刺して欲しそうやったで」

など受付で妻が感じた患者さんの反応を書き留めていく。

次回、それを読み返してから治療する。

それを繰り返していくうちに治癒率が徐々に上がって行った。

「治療家目線で患者さんの気持ちが汲めない時があると思うから、治療家でない私の意見は患者さん目線の参考になると思うわ」

「ほんまやな、ありがとう。治療に行き詰まった時、このカンファレンスノートは力強い味方や」


私は改めて治療の楽しさを感じた。

「カンファレンスの提案ありがとう」

「私を軍師とお呼び!」

と妻と笑って話せる日がやって来た。

「そやけどまだまだやな。痛みや辛さで苦しんでる人の治療をもっともっと、せなあかんよ。あんたが今まで鍼灸治療で胃痛や便秘を治して来たのを見てるけど、初診から内科的な症状が主訴で鍼灸院に来る人は少ないやん」

「そうやな」

「そこでや。鍼灸で腱鞘炎や五十肩は鍼灸で治らん事も無いけどちょっと時間がかかるやん。そやから関節の位置を解剖学的に正しい位置に戻す整体で、はよ治して鍼灸で内科疾患を治すと言うのはどう?」

「整体を取り入れて運動器疾患は整体で、内科疾患は鍼灸と言うハイブリッドやね」

とミーティングは白熱した。


「伊丹先生、膝の皿ってそんなにワサワサ動く?それは皮膚を動かしているんですよ」

「こうですか?」

「痛い痛い…もっと力を抜いて」

「こうですか?」

「違うなあ骨の形状が理解できてませんわ。そろばんの玉のような形をしてるんですよ、膝の皿は。もう一回やってみて」

「こうですか?」

「ちょっと近づいてきたけどこれでは効かんなあ」

「…」

入塾した整体の幸田先生は厳しい女性の先生だ。

「まあ、そんなに落ち込まんと。塾は一年ありますから終わる頃には効かせられるようになりますよ」

「はい」

「私は患者さんのために、できてへんのにできてるとは言いません。頑張って下さいね」

久しぶりに厳しい指導を受けて心地よい疲れを感じた。


しかし、厳しい指導も回を重ねるとしんどい。

教えてくれる幸田先生には申し訳ないが、「褒められて成⾧するタイプ」と自称している私は厳しい指導でだんだんやる気を無くしてきていた。

「今日も叱られてくるわ」

と塾に出かける朝、玄関で妻に言った。

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