第16話 難しいずっと売り上げ伸ばす事

「伊丹先生も一年たったら患者さんに絶対認められますから」と中島先生に言われ涙が出そうだった。

受付スタッフの足立さんが

「社⾧から“新人の伊丹先生より開業からいるベテラン先生に治療してほしいですか?と患者さん全員に聞け”と言われたのでいやいやリサーチしたけどこれっていじめじゃない…と思いながらリストを作りました。ほんとにごめんなさい」

と侘びに来た。

それから6ヶ月が過ぎ、先輩達の指導のお陰で「治療されたくないリスト」は作られなくなった。

そして入社から一年の月日が経った時、会⾧が辞める事になった。


ふと面接の時に会⾧と笑顔で話した事を思い出した。

「ほんまに自分の言う通りの額の給料を言っていいんですか?」

「しっかり働いてもらうから当然の報酬だよ」

「それではお言葉に甘えてこの額で」

「これっポッチでいいのか?」

「ポッチって私の年齢かける10万円ですよ」

「中島先輩はもっとふっかけてきたぞ」


「立ち上げから皆と共にこの接骨院を作り上げてきたが、訳あって本日付けて会⾧職を退き現社⾧に会⾧になってもらう事にした。皆がんばれよ」

と最後まで笑顔を絶やさない豪快な会⾧である。

一人ひとりと握手して肩を叩いて行く。

本日付けってなんでやろ?そんな急な人事って…と腑に落ちなかったが別れを惜しみなが

ら会⾧を見送った。


「前会⾧はどんぶり勘定だから辞めてもらいました。これからは私が綿密な予算計画も含め、より良い接骨院作りをしていきます」

と前社⾧は翌日の朝礼でいけしゃあしゃあと言った。

やっぱり前会⾧は目の上のタンコブやったんやと思った。

私達が信頼している前会⾧は追い出され、ケチで評判の社⾧が会⾧になった。

給料が下るんじゃないだろうか?と私達スタッフは控室で不安な気持ちを打ち明けあっ

た。

予想的中である。

翌月の給与明細を開けると10%カットされていた。

「せっかく専門学校時代の借金が無くなりかけてたのになあ」

と妻は残念がる。

しかし、新卒の鍼灸師の言い値が給料に反映された事自体がありえなかったんだと思うと諦めもつく。


「このままじゃひょっとするとボーナスもカットされるかも知れないな」

と中島先生は言った。

「なんぼなんでもそれはないと思いますけど」

「いやいや、あの守銭奴の会⾧ならやりかねないよ」

「…」

スタッフルームで私達は重苦しい雰囲気になった。

そんな時、チェーン分院の院⾧が辞めるので本院から誰かが転勤すると言う話を聞いた。

私の住む街、岩村市の分院である。

自宅から現在の勤務地、幸阪市の本院までは車で30分だが岩村市だと車で3分だ。

すぐに辞令が出され私は岩村分院⾧になった。

私と受付バイトさん、学生バイトさんの3人体制の院である。


新しい院⾧の物珍しさも手伝ってか来院患者数は前院⾧の時に比べて1.5倍になった。

しかし良いことは続かない。

どんどん患者さんの数は減って行った。

毎日、終業時に患者来院数を本部に電話連絡する。

「今日の来院数は3人でした」

「3人ですか?」

「3人です」

「そんなんじゃバイトさんのお給料どころか伊丹先生の分も出ませんよ」

「はい…すみません」

「すみませんでは、すみませんよね」

「すみません」

「結果を出してこそプロです。明日は30人くらいは行ってくださいね」

「はい、わかりました」

専務とそんな会話をする日々が続く。

こんなはずやなかったんやけどなあ…と落ち込む私。

腕が良ければ患者は増えると思って治療の勉強をしてきたつもりだがそう簡単には行かないのが世の常かと自分の未熟さを痛感した。


「うん?この叱られてる感じ覚えがある。そうや、営業でゴミ箱投げつけられた頃の自分や」

と言う思いが心に浮かんだ。

手に職さえつければ売上は関係ない…は大きな誤算だった。

⾧と名の付く役は売り上げてなんぼなのであると初めて気づいた。

ゴミ箱を投げつけた所⾧も生きていくために必要なお金を稼ぐことを教えるために叱っていたのだと思えた。

私は学術の勉強と共に患者さんが治療を受けに来た時の"より快適な環境作り"とか"話し

方"の勉強も始めた。

中島先生の言った通り、患者さんに認められるようになり、一時期落ち込んていた来院数も少しずつ右肩上がりになって行った。

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