第3話 手を合わせ観音様にごめんなさい
「こうやって背中一面に鍼を立てて行きます」
と指導する院⾧は目にも止まらぬ速さでモデル患者のスタッフの背中に刺していく。
鍼管と言う筒状の道具を使い、鍼を入れては刺し、次の鍼を管に入れ綺麗に刺していく。
こんな手捌きになれたらいいなあと思いながら私は見学した。
「このスポーツマッサージ院では、希望によって鍼も刺します。どちらかというと、マッサージより鍼の方が根本治療を望む人向きです」
と言う院⾧。
マッサージの研修は朝から夕方まで続く。
やる方も疲れるが、モデルとして受ける方も疲れる。
どーんと体が重くなる。
やり過ぎは体に悪いと言う事を身をもって知った。
体のほぐし方を学び充実の一週間の研修は終わった。
いよいよ健康ランドでのマッサージ師デビューである。
マッサージ歴20年以上のおばちゃんに混じり肉体労働だ。
「兄ちゃん、ツボ外れてんなあ、新人は下手やなあ。もうええわ、力も弱いしベテランのおばちゃんに交代して」
「はい…わかりました…」
なかなか、うまくいかない。
しょんぼりして控室に戻った。
「伊丹先生、最初は誰でもチェンジって言われるとよ」
と優しい言葉をかけてくれる⾧崎出身の西さん。
「休憩時間に私がマッサージしちゃるけん、ツボと力加減をよう覚えんねえ。なんでん相談しんしゃい」
と西さんは私の肩を叩いた。
重量級の西さんの力は腹まで響く。
力が湧いて来た。
深夜12時の退所時間、疲れを感じない私だった。
「兄ちゃん、力弱いな」
とマッサージのお客さんがうつ伏せで言う。
“またチェンジか…辛いなあ”と思いながら、
「これでどうですか」
と渾身の力を込めて指圧した。
「まだまだやなあ」
と言われ“あ~これはチェンジや…”と落胆した。
するとお客さんは
「ほんなら足で踏んてくれや、湯上がり着を脱ぐわな」
「あっハイ」
「待たせたな、踏んでくれや」
「わかりま…」と言ったところで私は言葉をつまらせた。
そのお客さんの背中には龍にいだかれた観音様が色鮮やかに彫られていた。
「あっ兄ちゃん、観音さん気にせんと踏んだって」
「ほんなら遠慮なしに行きますよ」
「頼むわ」
私は“観音様ごめんなさい”と手を合わせながらお客さんを踏んだ。
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