第2話


「しかし、これだけ食べているのにまだまだお腹は膨れていないな」


1日中ずっと食べているが、満腹感がない。


様々な種類を森の清掃業者の如く次から次へと吸い込んでいるが、一向にふくれるという気配がない。


吸い込んだものはどこに行っているのか? それは謎である。


どこかの大食い選手みたいに吐き出してるんだろうか?


もしくは胃袋に宇宙があるのかな。


ただ問題なのは、食べているもののほとんどがスカスカのお菓子を食べているみたいであり、しかも味もついていないものだから全然美味しくない。


味付けを忘れたのだろう。クレーム入れてやる。


せっかくの食事なのだから楽しんで食べたいというのに、美味しくないので全く持って楽しくない。


悲しいことだ。




ひょっとしたら、このスライムという体には味覚や満腹中枢というものはないのかもしれない。


小説などのファンタジー作品ではスライムの体の大きさに制限があるということは少ない。


食べたら食べるだけ拡大していることの方が多い。


だから食べれるだけ食べろという種族なのかもしれない。


自分で言うのはなんだけれど、強欲な種族だな。





「それに色も見えないんだよなぁ」


実は生まれた当初から俺の視界には色がなかった。


ずっと白黒の世界だ。


だから俺にはこの森の色も理解できない。


味もないし色もない、そんな無味乾燥な世界。


スライムが生存するのにあたって、色の認識というのは必要ないのかもしれないから、認識できないのかもしれない。


「色自体はどうでもいいんだけれど、うまいもん食いたいんだよなぁ…」


そう、色自体はどうでもいい。色は食べれないし。


けれども一生空腹で、味もないし色もない世界を過ごし続けなければならないというのなら、せめてより美味しいものを食べたい。




ピザ食いてぇ。ハンバーガーでもいい。


森の中にモックとか出店してないかなぁ…。ないか。








「俺が通った後に、ひとかけらの食い残しもなし」


あれから数日、森の中の生態系を少しずつ観察しながらつまみ食いウォーキングをしていた。


この森の中には異世界らしい生物もいれば元いた世界に少し変化させただけの生物もいる。


ファンタジー的な知識によれば彼らも俺も同じ同族だと思われる。


つまり彼らと友達になれるかもしれない。


『プルプル、悪いスライムじゃないよ』


と言いながら近づけば友達になれるかな。


まあどれも俺よりも大きさが何倍もあり、寝返り打っただけで簡単に踏み潰されそうでもあるのだが。


現状まだ人間というのを見ていないし、比較対象が自分だけなので彼らが大きいのかそれとも俺が小さいのかわからないけれど、周囲にある木や石の大きさを見る限り俺が小さいんだろうな。


現実世界、前世の基準で言えば、俺の大きさはおそらくコップくらいしかないと推測している。


だからもし彼らがぶつかれば簡単に吹き飛んでしまうだろう。


もし俺が彼らと友達になったらどんな生活をするだろうか…。


「友達になる前に踏み潰されるのかオチだな」


そして次の日には忘れ去られてそう。






モシャモシャモシャモシャ。


ならされた獣道を歩きながら、落ちている食べ物をひょいひょいとつまみ食いしていく。


ここはおそらく地元で有名なつまみ食いロードなのだろう。俺以外にも他にもスライムが多くいた。


この混み具合なら、多分レビューサイトで4以上は記録しているに違いない。


隣にいるスライムに評価を聞いてみよう。


「これ美味しいかい?」


「…」


返事はなかった。


ここら辺のスライムに知性というのはないのだう。幸か不幸か俺だけに知性が宿っていた。


これだとスライムの友達は作れそうにないな。


そして先ほどの質問に俺が代わりに答えよう。


これらのつまみ食いで食べるものはは全くもって美味しくない。


レビューでは星1を間違いなくつける。


そりゃそうだ。相変わらず味がないのだから。


正直これだけはきつい。もう少し何らかの味があれば俺はこの世界に希望が見出せるんだけどなぁ。


よくわからないところに1人投げ出されて心配していることが味の問題というのはなことなのかもしれない。


サバイバルで最初に気にするところといえば食事だろうし、そういう意味では食事の心配が全くないということは喜ぶべきことだ。


けれどやっぱり味が欲しいよ。


このままでは無味乾燥のまま死んでいくただの液体だ。




ドッドッドッドッ。


おっと、そう語っているうちに森の大地が微妙に振動し始めた。


大地に体を置いている軟体生物であるためにこういった振動に敏感だ。


振動は重く、はるか遠くでもこの原因が非常に重い生物であるということがわかる。


そして一定間隔でテンポがよく、何かが走っている音だ。


以前にも聞いた音だ。


やつだろう。




俺が今いる場所は、無料で食べ物食い放題のつまみ食いロード。


美味しいところばかりかと思えば、実はリスクがあるのだ。


いや普通のスライムにとってはリスクしかない。


俺は急いで振動が伝わってくる方角に対して、木の陰に隠れた。





ドッドッドッドッ!



さてここで質問だ。


君たちはスライムの死因1位を知ってるだろうか。


魔物に襲われて死ぬ? 食べられて死ぬ? 餓死で死ぬ?


普通の野生の生物であれば、そのどれかではある。


だがスライムは違う。格が違う彼らは死因も違うのだ。


その違いが今見せつけられるだろう。



あぁ、振動は次第に大きくなっていき、木がざわめいて、落ちている小石が飛び跳ね始めた。


そろそろ奴らが来る。


ドッドッドッドッ!!!!。


来た!


「ブモォォォー!!!!!!!!」


来たのは4本足で走る巨大なイノシシ。


俺の体の何十倍もある巨大なイノシシの体には、いかめしい装甲が張り巡らされており、触れただけで粉々になるだろう。


実際邪魔になった木が粉々に粉砕されていた。


名付けるなら爆走粉砕イノシシか。デストロイチャージボアでもいい。


俺のネーミングセンスには期待しないで欲しい。


転生してからずっと、あのイノシシはこの獣道を一定間隔で走っている。


異世界版、朝の鶏の鳴き声のような感じだ。


微笑ましいものだろう。


その足元を見なければ。


「プギャ!」


「プチュン!」


イノシシの通った後には先ほどまで俺の隣にいたスライムたちが潰れており、ただの水と変化していくところだった。


森の大地のシミとなり、消えていく。



「おお、スライムよ。死んでしまうとは情けない」


無理ゲーだけどな。


これがスライムの死因1位、事故死である。


ここ数日間観察して分かったが、だいたい10体につき7体は何かしらの魔物に踏まれて死んでいる。


他のスライムもこれと似たような事故で死ぬことが多い。


スライムを殺したイノシシや他の魔物だってスライムを殺したくて殺しているわけではないだろう。


本当にただの事故なのだ。


そして現在のところスライムを食べる生物というのも見つかっていない。


そりゃそうだ。スライムなんて言ってみればただの水だもの。


食べても美味しくはないだろうし、下手したら肌がヒリヒリするかもしれない。


そもそも彼らがスライムという存在に気づいているのかどうかすらわからない。


生物の食事にもならない。相手にもならない。


食物連鎖に組み込まれず、ただのものとして扱われる生物。


それがこの世界の最底辺に位置するスライムである。


「さすが、ゲームでは最弱だっただけはある」





…しかしあのイノシシ、イノシシのくせして全然うまそうじゃなかったな。


イノシシといえば異世界名物の一つだろうが。

もうちょっとうまそうな体してろよ。


こんがり焼いてやるよ。


あぁ、とんかつ食いたくなってきたな。


森の中に大盛りとんかつ定食とか落ちてねえかな。ないか。





命が儚く、味覚も資格もおぼつかない世界の中で、確かに食欲だけが、確実に心の中に増えていった。

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