二十八 神との攻防


「ミヨ。準備はいいか」

「はい」


桜の間。

そこにミヨ、コミツ、ヒラサカ、冥王が集まる。

中心に立っているのはミヨで、冥王が静かに問いかける。

ミヨは静かに頷いた。

あのときのように寝台に横たわっているのではない。

部屋の中心に自分の足で立っている。


「では、行ってくる」

「はい」


ヒラサカと冥王が部屋を出て行く。

それでも部屋全体の緊張感は揺るがない。

コミツが心配そうにミヨを見た。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫。みんな、いるから」


そう言うと、コミツは緊張しながらも笑って、うなずいた。

ミヨはどんな選択をするか、コミツはもう察しているだろう。

だが、ミヨが最終的になんというかで決まる。


扉を叩く音。

ミヨは声が震えないように返事する。


「はい」

「邪魔しまーす!」


冥王とヒラサカと共に入ってきたのは、神。

こちらの緊張感をよそに、両手を挙げて、入ってきた。


「ひっさしぶりだね~、ミヨちゃん、だっけ?」

「神様、ご無沙汰ぶさたしています」

「おおお!元気そう!さっすが冥界自慢のソタナだ!」


そう言いながら、神はミヨのそばを通り過ぎ、庭をながめた。


われは、この宿は気に入っているんだ。こいつの建物よりよっぽど雰囲気がいい」


こいつ、で指さしたのは扉側に留まったままの冥王。

冥王は無表情のまま、何も返さない。

慣れているのか、神は気にすることなく、窓側に置いてある安楽椅子にどかっと座った。


「で?」


椅子の上で肘をついてミヨを金色の瞳でにらみ上げる。

その口元は孤を描いているが、あまり好意的な笑みではない。

ミヨを試す、悪意のある笑みを隠そうともしていない。


「だいたいのことはセダから聞いているよ。魂は治癒した。が、素直に我の元に返ってきてくれるわけではないとね」

「はい」


ミヨは迫力のある金色の瞳に負けないように、目に力を込める。


「ミヨはここに来たとき、かなり疲弊ひへいしていた。状況が把握できていなかった。ミヨの魂の治癒が確認できたら、改めて話をする予定だっただろ」

「はいはい。冥王様はおかたいんだか、やさしすぎるんだか」


やれやれ、と神は首を振る。


「我と冥王はこれでも長い付き合いでね。君と会わなくても、ちょこちょこやりとりはしているし、こいつは天界やこの世界全体のことをわかっている。何か聞きたいのは、君のほうだね?」


神は冥王には全く興味はないようだ。

ミヨの方しかみていない。

ミヨは唇を強く結んだままうなずいた。


「神様。ご無礼を承知で、いくつかお聞きします」

「許そう」

「わたしは、天界に行ったあと、どうなる予定でしょうか」

「そうだねぇ」


くくく、と喉の奥で笑う。

まるで悪巧わるだくみを考えているような様相ようそうだ。


「まず」


神の長い指先がミヨを指さす。

その鋭さは、笑みとは正反対だ。


「通常、天界がどんなところか知ってから何かを決めるなんてことはない。君は恵まれすぎている。選択権があることに感謝するように」


次に神の指先は、ミヨの後ろにたたずむコミツやヒラサカに向く。


「こいつらは天界がどんなところが知らされないまま、ここ冥界に留まるという選択をとらされた。本人達は自分で選択したと思っていると思うがね。だが、実際は天界でどうなるかわからず選択している。格差が生まれる、という事実はかわらない。いいな?」

「……はい」


ミヨは一瞬迷ったが、うなずいた。

ちらり、とコミツを伺うと、ミヨの方を向いていて、安心させるように頷いた。

大丈夫だ。

この人達はそれだけで他人をおとしいれることはない。


「まず通常天界にいくと、我のかわいい天使たちが傷の治った魂を浄化する。これだけでは君の記憶はなくならない、君はミヨのままだ」

「はい」

「その後、我がその魂の構造を修復する。その修復次第しだいだな。綺麗きれいに修復できれば、人間界に返すさ。それが魂の正しい循環だ。もし修復が難しい、あるいは修復に難しいようなら天界で過ごしてもらう。我の失敗だからね、最後まで責任はとるよ。ちなみに、天界はここのように薄暗くはないし、食事もおいしい。悪くない場所だよ」


そう言って、ミヨに手を差し伸べた。


「さ、天界に来る気になったかい?」


魂の修復のときにミヨとしての記憶がなくなるのか。

あるいは、修復してもなくならないのかわからない。

ただ、浄化と人間界に行くまでの間に記憶がなくなるのだろう。

ミヨはミヨでなくなる。

ミヨとして天界にいるわけではない。


「……わたしは、この冥界で過ごさせていただきました。多くの方にお世話になりました。冥王さまにも、ヒラサカさまにも、コミツさんを含めて、感謝しています。わたしはまだ人生に未練みれんがあります。神様、わたしはここ冥界でこの人生の未練を晴らしたいと思いました」

「……その魂を持ったまま、永遠にここで過ごしたいと?」

「はい」

「それは、君が他の魂を治癒することができる能力があるから?」

「………」

「ミヨさま……」

「その様子だと、事前に冥王に聞かされていたな?」


神からの指摘にミヨは言葉に詰まった。

後ろからコミツが心配そうにミヨの名前を呼ぶ。

神はミヨの奥の冥王を面白そうに眺めた。


「セダ。君もなかなかやるじゃないか。ミヨの自己犠牲ぎせいを利用するなんて。それを、冥王、君が言うのではなく、ミヨに言わせる、というのが性格悪いなぁ」

「違います」


のらりくらりとしゃべり続ける神をみて、ミヨはそれをさえぎった。

やっぱり神は苦手だ。

この神がいる天界では、過ごしたいと思えない。


「わたしが冥界にいたいと決めたのはそれだけではありません。確かに、他の魂の治癒に関われることは嬉しいですが、それよりもわたしはこのソタナで過ごしたいと思ったんです!」


こんなに話したことがあっただろうか。

自分の気持ちを自分の言葉で、誰かに伝える。

この機会は、冥王がミヨに与えたもの。


「冥王さまはわたしに時間と機会をくれました。それは今までわたしには与えられなかったものです。それを今実行しているだけです」

「ほぅ」


神が立ち上がり、ミヨの目の前に立つ。

冥王と同じぐらいの背の高さ。

冥王は見下ろすときにあんなに柔らかで、自然なのに。

神はにらむ様に見下ろし、ミヨに威圧いあつする。


「では、お前は我の天界には来ない、と」

「……はい」

「よかろう」


ミヨはその金色の瞳を睨み返す。

もうないいはずの心臓がドキドキしている。

綺麗な顔が睨むと迫力がある。

その迫力に負けてはいけない、と金色の瞳を見続けた。


「はぁ、降参だ」

「当たり前だ」


すぐ後ろで冥王の声がして、驚いて後ろを振り向いた。

いつの間にか、冥王はミヨのすぐ後ろに立っていた。

ミヨよりも迫力のある瞳で神を睨んでいる。


「セダ、睨むなよ~」

「お前がミヨを怖がらすからだ」


ぽん、と肩に白い手が置かれる。

冥王が味方だ、とでも言っているようだ。


「ミヨはこちらで引き取る」

「言っておくが」


神はミヨの傍を通り、扉に向かう。


「その魂は変わらず欠陥けっかん品だ。取り扱いに気をつけろよ。もう返品は受け付けん」

「ミヨは物品じゃない。これからは冥界にいる。余計なお世話だ」

「あと」


神は急に冷静にミヨをみた。


「冥界で、魂の治癒を早める効果は正直我にもわからない。気が向いたら調べにくる」

「気が向かなくていい。調べにもこなくていいぞ」

「ま。また相談しにくるさ~」


そう言って、神は扉から出て行った。

ヒラサカが冥王と目配せをして見送るためだろう、部屋を出て行った。

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