二十七 湯元の番人

次の日。

ミヨはコミツとともに、ヒラサカの元に向かっていた。

朝食後にミヨがコミツにソタナの仕事を知りたい、と言ったところから話が始まった。

コミツの提案で、ヒラサカに話を通して、仕事の体験をしようということになったのだ。


「でも、私が体験できるお仕事があるんでしょうか」


最初は同意したミヨだったが、廊下を進んでいて、だんだん不安になってきた。

邪魔になったらどうしよう。


「大丈夫ですよ。ミヨさまは邪魔するような人じゃないですし。わたしもついています。それに、髪型も変えましたし」


従業員だったら、知っている人に会うかもしれない、と今のミヨは髪をまとめて結い上げ、三角巾さんかくきんで髪の色を隠していた。


「そういえば、前から思ってたんですが」


廊下を歩きながら、コミツがミヨに話しかけた。


「ミヨさまはなんでわたしに対しても敬語なんですか?」

「え?」

「だって、わたしはお世話係なんですよ?それに、ミヨさまは死ぬ前もこういうお世話係がついてたんでしょう?」

「なんとなく……」


前のお世話係はみなミヨに対して遠巻とおまきに怖がるか、下手にでてミヨにすがってくるかだった。

初めてお世話係をしてくれた人は育ての親みたいな存在で、ミヨと親しくしてくれたが、ミヨの能力を利用しようとしてきた。

それ以来、ミヨは世話係と仲良くすることが怖くなった。

だから、距離を置き、不必要な要求を交わすために敬語を使っていた。

そのくせがとっさにでてしまっていたのだと思う。


「もっとくだけていいんですよ!」

「砕ける……」

「そうです。それに、もしミヨさまが冥界に留まることになったときは、わたしとは同僚どうりょうになるんです」


今更、というのも難しい。

ミヨは「そうなったらね」と苦笑した。

気がつけば、目の前にミヨの知らない扉があった。


「ここがヒラサカさまの部屋です」

「へぇ」


廊下を挟んで向かいにはガラス張りの空間があった。

そこには、中庭にある湯元ゆもとと同じものがある。

中心から上がる湯気はなんとなく金色に輝いていた。


「向かいは金湯きんゆの湯元になってます」

「ここが………」

「ええ。ここから、ソタナの各部にお湯をひいています」

「へえ……」


ガラスに近付き、湯気を追いかける。

ガラスの向こうは吹き抜けになっていて、湯気はよく知る薄明るい天井に上がっていった。

僅かに見える屋根の上にからすがとまっている。

ミヨと目が合う。

金色の瞳をしていた。


「コ、コミツさん……あの烏は?」

「ああ、湯元の番人です」

「湯元の番人?」

「ええ。金湯の番人と銀湯ぎんゆの番人といるんですよ。あれは目が金色なので、金湯の番人ですね」


そういえば、ソタナの印は烏だ。

それに三羽いた。


「もう一羽は?」

「他のところにいますよ」


ということはもう一つ、温泉の湯元があるのか。

コミツは「また会えるかもしれないですね」と笑い、ヒラサカの部屋の前に戻った。


『コンコン』

「どうぞ」


扉を叩くとヒラサカの声で返事があった。

コミツがチラリとミヨをみて、準備ができていることを確認し、扉をあけた。


 * * *


「なるほど」


ヒラサカはコミツからの報告をきいたあと、少し考え込む仕草しぐさをした。

少なくとも、反対はしないようだ。


「そうですね。冥王様には私から話をつけておきましょう。コミツ。ミヨさまの疲労には気をつけるように」

「はい。同行します」

「それと、ミヨ様が構わなければ、服を私たちと同じ服に着替えていただけますか?」


ヒラサカやコミツは同じ和柄わがら甚平じんぺいや着物をきて、コミツはたすき掛けと前掛けをしている。

確かに、従業員の体験をするなら、同じ服のほうが目立たないだろう。


「はい!着替えます!」

「助かります。ミヨ、従業員室を使って、ミヨ様の着替えからしなさい。もし可能なら、まんじゅうやせんべいを作ってもらってもよいだろう」

「はい。わかりました」


まんじゅうやせんべい。

もしかして、あの中庭で食べる『アレ』だろうか。


「え、いいんですか⁇」

「もちろん。ミヨ様ですから」


そう言って微笑むヒラサカの表情をミヨは読み取ってしまった。

昨夜言っていた、ミヨの治癒の力。

ヒラサカは知っているのかもしれない。

冥王が魂の治癒が早いという報告、と言ってたので、その報告はヒラサカがしていても、おかしくなかった。


「では、行って参ります」

「はい。くれぐれも疲れませんよう」


そして、冥王と同じで、ミヨの体調を気に掛けてくれるのだった。

廊下にでて、扉を閉めたあとに気付く。

ここは、ミヨの能力を搾取さくしゅする人たちではないと。

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