二十四 冥王の感情

話がある、と言われたヒラサカは、セダの自室じしつにいた。

セダからの話があるとのことだったが、ヒラサカにも報告があったので丁度よかった。

セダの命でお茶を準備した骸骨がいこつが出て行く。

骸骨には話をしたり思考しこうしないとはわかっているが、出て行くまで話すのを待ってしまうのは人間だったときの名残なごりなんだろう。


「冥王様、話があるとのことですが、私も報告があります。ミヨ様のことです」

「……続けろ」


セダの話よりも、部下であるヒラサカの話が先のほうがよいだろう。

セダの促しに従い、ヒラサカは「では」と続けた。


「冥王様、ミヨ様の治癒力についてですが、どこまで確信をお持ちですか?」

半信はんしん半疑はんぎ、だ。ミヨの治癒が遅いのは、傷のせいか、他の治癒に関わっているか。どちらの影響かはわからない」

「ええ、私も注意して観察していますが、コミツにはミヨ様の治癒を最優先さいゆうせんするようにだけ、伝えてます」

「ああ」

「その一方で、ここ最近のソタナの人数を調べてみました」


ヒラサカはふところから帳簿ちょうぼをとりだした。

普段は人数を数えることはないが、試しに調べた結果を記してある。


「短期間で治癒する魂は数えていません。数日治癒がかかる魂を数えています」


前回の拷問師ごうもんしがそうだったように、同じ魂があるかもしれないと考えたからだった。


「で、どうだった」

「本来であれば、治癒までに二、三日かかる魂が、一日でくことが多くなりました。具体的には、半分程度が」

「……半信半疑ではなくなったな」


ミヨの治癒への影響力はほぼ確実だろう。


「コミツも含め、他の従業員にはミヨ様のことは伝えていないのですが、ミヨ様に関わっていない従業員もなんとなく感じ取っているようです」

「感じ取っている?」


セダがまゆを寄せて、いぶかしむ。


「はい。部屋を担当する仲居達が疑問に思うものがちらほら。また、魂の部屋分けをしているものが私に聞いてきました。何かソタナのシステムが変わったか?と」

「そうか……」


となると、ミヨのことをかん付くものも現れるだろう。


「早い段階でミヨさまに伝えた上で、従業員に伝えたほうが混乱は避けられるかと」

「そうだな……」

「以上が私の報告です」

「ご苦労」


報告が終わると、セダは少し考えていた。

ヒラサカは静かにセダを待つ。

セダが話したい内容はわからないが、先日ミヨとの話に関係があるだろう。

部屋に入るときのミヨは、どこか難しい顔をしていた。


「ミヨに」


セダは静かに口火くちびを切る。


「ミヨに、この冥界に留まることもできると伝えた」

「……冥界に留まるようには言わなかったんですか?」

「それはミヨが決めることだ。私が決めることではない」

「冥王様………」


ミヨが難しい顔をしていた理由がわかった。


「……何か言いたいことでも?」

「いえ」

「何か言いたいことがあるな?」

「ミヨ様の表情の理由がわかっただけです」

「ミヨの表情?」

「難しい表情をされていましたよ。悩んでいるような」

「……だが、私が決めてはいけない」


ヒラサカは、己のことを思い出した。

ここ冥界に降り立ち、天界に送られるときの抵抗感。

その後の『冥王』が放った言葉。

確かに、自分で決めたことでもあったが、最終決定は冥王だった。


「……私のときには、ほぼ冥王様が決めたではありませんか」

「あのときと今は違う。今回はミヨが決めるべきだと考えた」

「……まぁそうかもしれませんが」


ミヨも大分落ち着いた。

きっと考えることはできるだろう。


「……そのことは、コミツには言ってないですね」

「ああ」

「……コミツには伝えておきましょう。きっとミヨ様はコミツに相談するでしょうから」

「構わない」

「ミヨ様の影響力についてはどうしましょう」

「……コミツにのみ、伝えよう。ミヨを守ってくれるはずだ」


帰ったらすぐに伝えよう、他に疑問を抱いている従業員には、『調査中で近々わかる』だけを伝えよう、とヒラサカは考えた。


「ちなみに、ミヨ様にはいつまでに決めていただくんですか?」

「決めていないが」

「…神様にはなんとお伝えするつもりで?」

「ミヨの傷が治ってない」

「…さぁどこまでごまかせるでしょうか」

「それでも引き下がらないようなら、ミヨの治癒の力を理由にする」


先日の神とセダのやりとりを思い出す。

魂の傷を評価することができる限り、時間は伸ばせるだろう。

しかし、神もいつかは違和感に気付くだろう。


「……冥王様。一つはっきりさせておきたいことがあるのですが」

「何だ」

「冥王様は、もしミヨ様が天界に行く、と言われたら、こころよく送り出すおつもりですか?」

「……それがミヨの選択なら」


聞き方を間違ったな、とヒラサカは思う。

セダは人間に優しすぎるところが、良いところであり悪いところでもある。


「ミヨ様の意思を一度取っ払ってみてください。冥王様は、どうお思いですか?」


ヒラサカはセダの瞳を睨むように見る。

冥王の瞳は揺るがない。


「冥界の王として、治癒の終わった魂は天界に送るべきだ」

「違います。冥王ではない、セダ様は、どのようなことが希望ですか?」

「……」


赤い瞳が揺らぐ。

戸惑とまどいと迷いが垣間かいま見える。

ヒラサカの儀式のときに一瞬見せた以来かもしれない。


「ここには私しかいません」

「……わからないのだ」


なにが。

ヒラサカは出てくる言葉を飲み込んだ。

セダがわからないはずがない。

ただ、言葉にできないのだろう。

ヒラサカは冥王の部下として、セダの理解者として、これをセダの口から聞く必要がある。

そう思ったから、セダの自室を指定したのだ。

宮殿きゅうでんの入り口近くだと、誰が聞いているかわからない。


「……私は」


赤い瞳がまた強く揺らぐ。

ヒラサカは静かに待った。


「ミヨには…冥界にいてくれたらいいと思う」

「…そうですね」

「だが、これは私の希望だ。人間のエゴに似た感情だ。冥王の私が、持ってはいけない感情だ」

「何故です?」

「私は人間ではない」

「人間なければ、感情を持ってはいけないのですか?」

「私は、この感情をどうしたら良いかわからないのだ」


戸惑いや不安は、どうしようもない怒りに変わる。

セダは壊れることもなければ、傷を負うこともない。

だが、冥王の魂はそこにあり、戸惑い、迷う。


「どうしたらいい?初めにミヨを見たときから、彼女の姿が脳裏のうりから離れない。彼女の魂が傷つく度に怒りが生まれる。あの残った白髪を自分が作ったのだと思うと、冥界に連れて来たことさえも後悔しそうになる。私はどうすればいい」

「……」


ヒラサカはセダがミヨを連れて来たときから、違和感には気付いていた。

セダも多分、自分の違和感には気付いていたと思う。

だが、ここまで色々考えても解決できなかったのだろう。

ミヨに冥界に留まる選択肢を与えたのが、一つの解決策かいけつさく


「私の個人的な解決策を提示ていじします」

「……」


睨むようにこちらを見てくる。

ヒラサカは気迫きはくのある赤い瞳にも、ひるまない。

伊達に長年ここで働いているわけではない。

生前の自分ではない。

今の自分を作りあげたのは、冥界であり、セダであり、自分だ。


「セダ様。ミヨ様にそのお気持ちを伝えるべきです。コミツは勘付いています。もしかしたら、サネも気付いている可能性があります。あなたとミヨ様を支える者はたくさんいます。セダ様は、ミヨ様にそのお気持ちを伝えた上で、ミヨ様と共に悩まれるべきです」

「……」


すぐには消化できないだろう。

セダは、自分の気持ちをミヨに伝えることで、ミヨの負担を増やすのではないか、と危惧している。

しかし、セダが考え込んでも、ミヨが考え込んでも、それがコミツだとしても、ヒラサカだとしても、一人で解決できる事柄ことがらではない。


「考えてみてください」


それが、生きてるときを振り返った、ヒラサカなりの解決策だ。

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