二十三 かれらのはじまり
―――天界にも行かず、地獄にも行かないときの選択肢は、この冥界に留まること
考えても見なかった選択肢が突然現れ、しかも、自分で選択をすることになった。
思えば、自分で選択をしたことはなかった。
―――私は……ミヨがミヨらしく、ミヨとして過ごすことができればいいと思っている
「わたしが、わたしらしく、わたしとして……」
冥王に言われたことを思い出す。
数日経っても、それがどういうことがよくわからない。
少なくとも、生きているときはそうでないのはわかる。
でも、そのためにどうしたらいいかわからない。
「負うた子に、教えられて、
「はい‼」
目の前を通り過ぎる少年の腕。
ミヨの目の前に置かれた取り札がかっさらわれていく。
はっとして、我に返った。
時は昼間。
昼食のあと、ミヨはコミツと共に遊び場を訪れ、子ども達とかるたに
読み手は、読みたい、と言った年上の少女で、はきはきと通る声で読んでくれている。
「おねえちゃんーだいじょうぶー?」
先ほど取り札をとった少年が覗き込む。
ミヨはまだ一枚も札をとっていなかった。
「よわいねーおねえちゃん!」
他の子達がそう言ってくるが、ミヨは笑顔で返した。
「みんな強いねーぼーっとしてたら、すぐにとられちゃう」
「でしょでしょー!ぼーっとしてたらだめだよー!」
「よーし!がんばろう!」
考え込んでも仕方ない。
ミヨの魂はまだ治癒していないのだ。
まだ時間はある。
「こい!」
「来年の、ことをいえば、鬼が笑う、ら!」
この遊び場で遊ぶときは、冥王や自分の魂のことは忘れよう。
* * *
「ミヨさま」
「帰りましょう、コミツさん」
子どもたちが夕食にいくときが別れるとき。
子どもたちはミヨにも手を振ってくれる。
「またあしたねー!」
「おやすみ」
明日会うことなんてない。
子どもたちの魂の回復は早く、誰一人として次の日もいたことはない。
ソタナの仕組みを知ったミヨには、それが少しほっとすることでもあった。
「ミヨさま、大丈夫ですか?まだ
「大丈夫です」
冥王から今後のことを言われたが、まだミヨの中でもよくわかっていない。
前よりも冷静に考えることができているのは事実だが、それでも言葉にするのは違う気がした。
「久しぶりに足湯でも入って帰りますか?今だと、人は少ないと思います」
「そうね……そうしようかな」
なんだか、久しぶりに湯通ししたものが食べたくなって、コミツの提案に同意した。
二人で中庭に降り、屋台で卵と、枝豆をもらう。
ゆであがった物を持って、二人で足湯に座った。
夕食時だからか、ほとんど人はいない。
「で、何を悩んでいるんですか?」
「え?」
「双六のあと、冥王さまと中庭で話をされていたでしょう?そのことで悩んでいるのかと」
「……まぁ」
プチプチと、枝豆を食べながら、話すかどうか迷う。
「まだ、わたしもよくわからなくて、どう伝えたらいいか……」
「わたしには、ミヨさまと冥王さまをどうにかすることはできませんが、ミヨさまの代わりに怒ったり、心配したり、驚いたり、することはできます。話すことで考えをまとめることもできますし。バラバラでいいので、話を聞かせてくれませんか」
ミヨとコミツの付き合いも長くなってきた。
コミツはコミツで、ミヨの考えがわからないなりに、考えるようになったのだろう。
ミヨはしばらく迷ったが、コミツの裏表のない瞳を見て気付いた。
そういえば、話すだけで、聞いてくれるだけで、すっきりした人もいた。
「んー、わたしは、魂が治ったら、多分天界にいって、神様のところに行くと思うんです」
「みたいですね」
「天界でどうなるかはわからない。でも、もし生き返って、また人生を始める、というのに対して、もやっとしているところがある……冥王さまも、天界でどうなるかがわからない、って言ってるし、天界にいくだけが正解じゃないって言ってた」
「………それはつまり」
コミツは眉を寄せて首を傾けた。
「……もしかして、冥界の話をされました?」
「冥界に留まる方法もあるって、聞きました。冥王さまも天界に行くのが必ずしも正解じゃないし、わたしが決めるべきだって。わたしが、わたしらしく、わたしとして、過ごせるように、って……」
「……冥王さま、また難しい話をし始めましたね……」
はぁ、とコミツは息をついた。
「ミヨさまはもう一度人生をやり直したい、とか思わないんですか?また、人間界にまた生き返る、というのは違いますが、実質そうなるでしょう?」
「でも、わたしがいくわけじゃない。新しい魂になったら、わたしがわたしじゃなくなる気がするし……だからわからない」
コミツがバサバサ、と足湯の湯を飛ばしながら、考え込む。
困らせたかな、と不安になる。
「ミヨさまは、ミヨさまの記憶のまま、新しい人生を一から始めたいと、思いますか?」
「ん~……」
唐突にコミツにそう聞かれ、考えてみる。
ミヨが現世で生きたのは、ミヨが『蘇りの巫女』だったから。
あの人生は『蘇りの巫女』だったから。
「わたしは……わたしはね、冥王さまに殺される前は、死ぬなんてことは考えたことがなくて、みんな『巫女』としてわたしをみていた。わたしも『巫女』として生きてきた」
「うん」
背中で屋台を閉めていく音がする。
店じまいを始めているようだ。
なんとなく、外も暗くなってきた。
人がいなくなっていくのは、ミヨにとって、居心地が良くなる気がする。
「それが、わたしらしく、だったか、といわれると、わからないけど、多分違ったんだろうなぁ、となんとなく思ってる」
「うんうん」
「……間違ってるかな」
「間違ってないと思いますよ」
バサァと一際大きくコミツが湯を飛ばす。
もう誰もいない。
「ミヨさまはミヨさまとして、『生きたい』んですよね。多分。それは生きていたときの人生に区切りをつけられてないのかな、とわたしは思ったんですが」
「……冥王さまにもそれっぽいことを言われました」
「少し、わたしの話をしてもいいですか?」
コミツが立ち上がり、足湯から出て行く。
すぐ
「わたしもね、ミヨさま。最初は死んだ人間だったんですよ」
「……コミツさん?」
「
苦笑するコミツは、いつもとは違って浮かない顔をしていた。
「わたしもいろいろありました。ミヨさまのようにたくさん考えました。まぁ、わたしの時はこんなに時間はありませんでしたが。でも最後は『ここで働こう!』って思ったんです」
多くの人が選択する天界に行かない。
その選択をするために悩みはつきものなのかもしれない。
「わたしは天界にいってまた人間界にいくことを迷ってしまいました」
「ここで働いている人は、みんなそうなんですか?」
「そうだと思います。ヒラサカさまもサネさんも。でもそんな話はしないですね」
昔の話だ。
ミヨもわざわざ『
その気持ちはわかる。
「冥王さまが時間を作ってくれるなら、色々考えたらいいんだと思います」
ちらり、と銀湯を最後に見てから、コミツはミヨの元に戻ってくる。
「今だったら、ミヨさまも落ち着いて考えることができるでしょう?」
「……わたし、ここに来たときに突然考えることが沢山できて、気持ちがぐちゃぐちゃしてました。でも、最近は落ち着いて考えることもできるようになってきたな、って」
「気持ちとか感情がぐちゃぐちゃするのは、多分魂の修復が不十分だったからですね。ミヨさまの場合は魂の傷が深い分、そうなりやすかったのでしょう。でも、今は」
コミツはいつもの笑顔で、ミヨをみた。
「ミヨさまの
言われたらそうだと思う。
最近は、自分の感情に振り回されることがなくなった。
コミツも話を聞いてくれる。
冥王も時間を作ってくれる。
忘れたくなったら、子どもたちと遊べばいい。
「考えてみますね」
「これを言うとミヨさまを困らせるかもしれませんが」
コミツが恥ずかしそうに、少し言いにくそうに俯く。
「わたしは、ミヨさまと一緒に働くのは楽しいだろうな、って思います」
「気にしなくていいですからね、帰りましょう」と言い残したコミツは、少し
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