二十二 夜の散歩


「楽しかったです~!」


少し涼しい空気。

夜になった冥界は、現世と同じように少し温度が下がる。

中庭の屋台は閉まっていて、人はまばらだ。

足湯に数人いるが、長居はせずに帰っていく。


「それはよかった」


冥王と共に中庭に出たミヨは冥界の空気を吸う。

コミツとヒラサカは遊び場の片付けをするから、とミヨと冥王を外に放り出した。

冥王の提案で、二人は中庭を散歩することにした。


「また、時間ができたら、するか?」

「え、あ、はい」


まさか、冥王からそう言われるとは思わず、ミヨは思わず言いよどむ。

ただ。


「もし、また機会があれば、他の遊びもしてみたいです」

「ほう、例えば」

「かくれんぼ、とか」


昔、屋敷やしきから見ることしかなかった遊び。

みんなが声をかけあい、楽しそうにしているのを思い出す。


「確かに、あの部屋ではしにくいな」

「鬼ごっことか、だるまさんがころんだ、とかはあの部屋でもできるんですが……」

「ふむ。サネと話をしてみよう」


先ほどまで、手を抜かずに双六すごろくをした結果、大逆転が起きて、コミツが一番に上がっていた。

次がミヨ、冥王と続き、最後はヒラサカだった。

ヒラサカは、最後の上がりのところで、ぴったりに上がれず、何度も行き来を繰り返していた。

皆、真剣に遊びを考えてくれている。


「冥界全体でのかくれんぼだと行方がわからなくなる可能性がある。あの部屋か、あるいは中庭を使ってもいいかもしれないな」

「そういえば、ここはソタナ以外にも建物があると聞きました」


冥王が住んでいる宮殿の話は聞いたが、その他は聞いたことがない。

外が見えない冥界にミヨは少し興味を持った。


「ああ。冥界は広い。だが、魂の状態でいることができるのは、このソタナの周辺だけだ。その他の場所は、魂が不安定な状態になる」

「だから、わたしたちはここにいるんですね」

「治癒が終わった魂はソタナから離れ、私の宮殿きゅうでんから天界か地獄へと移動する。治癒してからでないと、私の宮殿まで来ることはできない。宮殿までに崩壊ほうかいしてしまうからな」


治療が終わった魂。

現世であったような裁判はそこで行われるのだろう。

ふと、この間のゴンを思い出した。

天国か、地獄か。


「あの、冥王さま」

「なんだ?」

「わたしの魂の治療が終わったら、どうなるんですか?地獄、ではないと言ってらっしゃいましたが……」


今は空いていないサイダーの屋台。

その前でゴンに突きつけられた指先。

もう震えたりはしない。

何より、ミヨには神が関わっている。


「わたしの魂の傷が治ったら、天界の神様のところにいって、そのあと、どうなるんですか?」


初めてここに来たときのことを全て覚えているわけではない。

神は、ミヨの魂をどうするのか、言っていただろうか。


「通常」


冥王の声色はいつもと同じで、先ほどの双六で白熱したとは思えない。

逆に、その声色に安心感がある。

ゴンのときもそうだった。


「魂は天界に送られたあと、神の手によって再生され、再び人間界に送られ、新しい生を受ける。そうやって魂の格が上がっていく。中には、高貴こうきな魂、と神が判断すると、天界にとどまらせているようだ」


「そうなったあとは知らないが」、と冥王は続ける。

ミヨはこれまで出会った人たちを思い出した。

おそらく天界に行ったのだろう。

そこで、生まれ変わり、新しい人生が始まる。

タマノは卵が食べれるのだろう。

あの拷問ごうもん師も、次は人を殺さない仕事につくかもしれない。

ゴンは……もしかしたら、地獄なのかもしれない。


「ちなみに、地獄に行くと、どうなるんですか?」

「地獄はこの冥界の地下深くにある。そこには地獄の炎が吹き荒れていて、魂は消滅しょうめつするまで炎に焼かれる」

「そう……ですか……」


もう少しでそこにいくことになったのかもしれない。

あのとき、冥王の手を振り払い、自分が地獄にいく魂だった、なんて。

恐ろしくなる。


「ミヨは、地獄にいくことは絶対にない」


あのときの言葉を、繰り返す冥王。

今なら素直に受け取れる気がした。

きっと冥王は、ずっとそうやって向き合ってくれていた。


「しかし、天界に行くことが必ずしも正しいわけではない」

「え……?」


冥王は頭上を見上げた。

ミヨよりも天井に近いはずの視線は、天井のその奥にある天界を見透かすように遠くを見ている。


「ミヨの魂は特殊だ。それは神の御業みわざ、というたぐい。だから、おそらく神は魂を通常のものに戻して人間界にとすのだろう。あるいはもう一度魂の改変かいへんを試みる、という可能性も十分ある」


冥王の表情は、心なしかけわしく見えた。


「もう一つ、天界に置いておく、というのもあるが……確証かくしょうはない」

「冥王さまが、わたしに天界に行くことが正しくない、とはどういう意味ですか?」


多くの人が通るであろうその選択に、何故、疑問を投げかけるのか。

ミヨにはわからなかった。

他の選択肢があるというのか。


「魂が改変される、あるいは生まれ変わるとき、今の記憶は全て魂の中心に押し込められる。いわゆる忘れる、ことになる。ミヨはミヨでなくなる」

「わたしが、わたしで、なくなる……」


よくわからない感覚だった。

ただ、現世で多くの人を救った自分、ここで楽しいと思う自分、それが全て消えるのか。


「多くの魂は、どんな形であれ、人生をまっとうし、生と死を受容じゅようしている。だからこそ、次の人生を歩もうと、魂も切り替わる。だが、ミヨは違う」


冥王は天界から足元、ミヨへと視線を戻した。

その表情は、どこか寂しげだった。


「神の不手際ふてぎわで、死を遠ざけられ、私の義務で死を強制させた。そんな中で生を受容できるわけがない。その証拠しょうこに魂には傷が刻まれ、このソタナで過ごすのに魂が不安定になった。これがミヨの人生、それでいいのか、私にはわからない」


赤い瞳が迷いで揺れる。

ミヨはふとコミツの言葉を思い出す。

冥王はミヨのことを気に掛けていると。

これが、冥王がミヨを気に掛けている理由なのかもしれない。


「ミヨは神の命令で私が殺した。だが、この先はミヨが決めていい。私はお前の気持ちに寄りいたい」

「わたしが……決める……」

「ああ、ミヨがミヨとして、どうしたいか」


私が、私として、どうしたいか。

よくわからなかった。

だが、天界にいけば、この『私』が消える。

それでもいい、と最初は思った。

多分ゴンと話をした直後なら、そう決断しただろう。

今はそれがもやりとする。

それが魂が受容できていない、ということなのだろうか。

でも。


「天界に行く以外に、何か選択肢があるんですか?」


天界にいくか、地獄にいくか。

今のミヨは、地獄に行って炎に焼かれる、というのが恐ろしく感じていた。

しかし、冥王はミヨを地獄に行かせない、と言っていた。


「天界に行くと、その先のことは私には干渉できない。だが、天界にも行かず、地獄にも行かないとなる選択肢は、この冥界に留まることは、私ができるうことだ」

「この、冥界に、留まる……」


ミヨは中庭を見渡した。

冥界に留まるということは、このソタナで過ごす、ということだろうか。

それとも、自由なのだろうか。

どうやって過ごすのか、今でもよくわからない。


「神には、傷が治るまでかなり時間がかかると伝えている。考える時間はあるし、私が言いくるめよう」


冥王が歩き出す。

目の前の、廊下に入る扉に、コミツとヒラサカの姿が見えた。


「冥王さま」


ミヨは足を止めて冥王を呼ぶと、冥王も足を止めて、ゆっくり振り返る。


「わたしを殺して、この冥界につれてきたのはあなたですよね。わたしはどうやって決めたいいかわかりません。冥王さまは、どうするのがいいと思いますか?」

「……」


無表情の赤い瞳。

今度はなんの感情も読み取れなかった。

でも、何か、考えている。

何かを伝えたいと思っている。

だが、冥王は黙ったまま。

最終的にしぼりだすように伝えた。


「私は……ミヨがミヨらしく、ミヨとして過ごすことができればいいと思っている」

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