二十一 みんなで双六


夜になり、ミヨは一人で遊び場の前にいた。

今日はコミツとヒラサカに誘われた双六すごろくの日。

コミツは準備があるから、と先に遊び場に言った。

夜になると、なんとなく外が暗くなり、ソタナ全体も照明が暗く落とされる。

他の人も寝ているのが多いため、廊下にも人が少ない。


遊び場は昼間と違って静まりかえっている。

普段はここで遊んでいる子どもたちも、夜は違う部屋で寝ているため、夜なら遊び場を使ってもいいと、サネが言ってくれた。

しかし、ミヨはなんともいえない気持ちでそこに立っていた。


子どもたちと遊ぶ時間は楽しくて、自分が失った時間を自覚させられた。

失うことに勝ちをおいてなかった自分は、知らず知らずのうちに後悔していた。

その姿を、まさか、冥王に見られるだなんて……。

しかも、コミツとヒラサカに誘われた双六に思い切りうなずいてしまった。

そのあと、見上げた冥王が赤い瞳を見開いて見ていた。


「あああ恥ずかしい………」


一人であるのを良いことに、その場でうずくまる。

こんなに恥ずかしいことになるとは思わなかった。

大人げないと思われただろうか。

子どもっぽいと思われたかもしれない。

でも、楽しかったのだ。

それに、双六は一人や二人ではできない遊びで、憧れがあった。

油断ゆだんしていた。


「はー」


だが、ミヨだけじゃなく、コミツも楽しみだと言っていた。

それに、やりたい、とうなずいたのは自分だ。

ミヨは妙な緊張を感じながら、扉を叩いた。


「ミヨさま!お待ちしていました!」


すぐに扉が開いて現れたのは、コミツだった。

笑顔で出迎え、すぐに中へと案内される。


「ああ、お待ちしていましたよ、ミヨ様」

「……」


すでにヒラサカと冥王はそろっていて、床に座っていた。


「お、お待たせしました」

「座ると良い」


冥王が自分のとなりを指す。

物はすでに用意されていて、大きな紙が広げられた周りに、座布団が用意されていた。

ミヨは大人しく、冥王の横に座った。


「今日は随分と大人しいな」

「せ、先日は、あの、お恥ずかしいところを見せてしまい、すいません……」

「いや?楽しそうにしているのを見ると安心した」

「そ、そうですか……?」


冥王とヒラサカは気にしている様子はない。


「そうですよ、ミヨさま。今日も存分ぞんぶんに遊んでください!」

「あ、えっと、はい……」


コミツが湯飲みを用意しながら、笑顔で言ってくる。

そう改めて言われると、逆に難しい。

ミヨは苦笑いを浮かべた。


「それにしても、来られた時より随分と表情が豊かになりましたね。私も安心しました」


ヒラサカがおしぼりを配りながら、そう重ねてくる。


「あ、すいません……あのいい年して、あんな風にはしゃぐなんて……」

「年とか関係ないですよ?」


ヒラサカがそう言って微笑む。

その笑みにはいつもうっすら感じる裏はなさそうだった。


「コミツから聞きました。生前は遊べなかったとのことですね。今楽しく遊べているなら、何よりです」

「あ、はい……」

「ということで、この双六も全力で勝ちにいきましょう!」


どうやら、一番楽しみにしていたのは、ミヨよりもヒラサカかもしれない。


 * * *


「はい~!」

「冥王さま!一回休みです~!」


冥王を示す赤いおはじきが示したマスには『一回休み』とある。

無言であるが、冥王は明らかに肩を落としていた。


用意されたのは五十マス、外側から中心に向けて進む絵双六えすごろく

外側から虹色にあしらわれている。

用意されたこまはおはじきで、二つの賽子さいころを転がして進める。


「……茶を用意してくる」

「お願いしますよ~」


更に、お供として、緑茶とまんじゅうとなしが準備されていた。

追加の決まり事として、『一回休み』になった人はお茶を注ぐという役割を担う。

必要なら、まんじゅうも補充ほじゅうする。

立ち上がった冥王を見ながら、ヒラサカが賽子を転がす。


「十二!私が先頭ですね~」


最初に半分を超えてきたのはヒラサカ。

とまったのは白いマスで、ヒラサカは冥王を見上げた。


「冥王様、お茶のおかわりをお願いします」

「ああ」


なんだかヒラサカが生き生きしているのは気のせいだろうか。

コミツが賽子を転がして、白いマスに駒を進める。


「ミヨさまです」

「あ、はい」


賽子を受け取り転がす。


「えっとー、五!」


一、二……、と数えながらマスを進め、「五」のマスでそのマスを二度見する。


「……あら、ミヨさま?」


面白そうな顔でコミツがのぞき込んでくる。


「『一回休み』ですね?」

「休みます……」


丁度一回休みだった冥王が戻ってくる。


「もうお茶はついだ。ミヨは動かなくていい」

「ありがとうございます」


まんじゅうを食べ始めた冥王の表情は変わらない。

ミヨも手元にある梨を手に取った。


シャリシャリとごとに果汁がしみ出す。

緑茶ともよく合う甘さだ。


「……おいしいか?」


目の前では、ヒラサカが賽子を手に真剣な顔で振ろうとしていた。

その姿を見ていたら、そう話しかけられる。

冥王を見ると、まっすぐ赤い瞳でこちらをみていた。


「あ……おいしいです」

「ていや!」


コロコロと転がる賽子。

その目は四と五で九。

九個進んだマスをみて、ヒラサカの顔がこおった。


「ヒラサカさま!振り出しです!」


コミツが賽子を持ち、嬉々ききとしてそうヒラサカに言う。


「せっかくここまできたのに……」


そう言いながら、ヒラサカは緑色のおはじきを振り出しまで戻した。


「では、そんな私から一言」

「わたしの番ですよ?」

「ミヨ様。その梨は冥王様からの差し入れです」

「……ええ⁇」


コミツの手元からコロコロと賽子がこぼれ落ちる。

出た目は一と一で二。


「コミツ、油断したな」

「ヒラサカさま、ひどいですよ」


コミツは二つ進める。

冥王の次だ。


「冥王さま、ありがとうございます」


だから、おいしいか聞いてきたのか。

ミヨは納得する。

冥王は賽子を振り、順当じゅんとうに駒を進めていく。

今の先頭は冥王だ。


「冥王さま、一つ聞いてもよろしいですか?」


ヒラサカが賽子を振り、白いマスにとまるのを見ながら、コミツが切り出す。


「なんだ」

「あの干し柿は冥王さまが作ったものなのですか?」

「ああ……」

「…………そうなんですね」


みょうな沈黙の後に、コミツはそう答えて、賽子を振る。


「……三つ戻る」

「コミツさん、お疲れ様です」

「なんで!」


コミツは今三番目。

後ろからヒラサカは追いかけ、ミヨには近づけない。


「わたしの番ですね‼」


一回休んだミヨが賽子を振る。

六と六で十二。

進んだマスに、ヒラサカがおや、と笑う。


「四つ進む」

「冥王さまと同じマスですね」


冥王に追いつくミヨ。

青いおはじきと赤いおはじきが並ぶ。

あがりが近付いてきている。


「私が勝とう」

「冥王様、大人げないですよ」

「ヒラサカさま、だれが大人げないですか?」


賽子をにぎりしめる冥王にヒラサカが一言。

コミツが冷静に呟く。

その姿を見て、ミヨは笑う。

子どもの遊びなんて、誰が決めたんだ。

年齢とか関係なく、遊べばいいんじゃないか。

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