二十 電車ごっこ


「ミヨ様ですが、最近は中庭ではなく、遊び場に行っているようです」

「遊び場……?」


最近のミヨの様子を聞きにソタナに来ると、ヒラサカからそのように言われる。

遊び場というと、子どもたちのために作った場所だ。

そこに行っているというのは予想できなかった。


ヒラサカから「様子を見に行きますか?」と言われ、思わずうなずいてしまったセダはヒラサカと共に遊び場の扉の前にいた。

中からは楽しそうな声が聞こえてくる。

ヒラサカが音を立てないように静かに扉を開けた。


「しゅっぱーつ!しんこうー!」

「わあ!」


室内に入ると盛り上がっている中心にミヨはいた。

中は盛り上がりすぎて、ヒラサカやセダが入ってきたことには気がつかない。


「ききー!ていしゃしまーす!」

「ごじょーしゃくださーい!」

「はーい」


セダは完全にその場に飲み込まれた。

正確に言うと、思考がうばわれた。

結んだ縄に二つの子どもの魂が入って、電車を作っている。

そして、その中に入る見知った姿。


「おきゃくさまがごじょーしゃです」

「しゅっぱつしまーす」


「しゅぽしゅぽ」と良いながらミヨを乗せて走る電車は部屋を一周して回っている。


「め、冥王様……」

「こんなところまで、わざわざご足労ありがとうございます」


慌てた様子で、コミツとサネがやってきて、挨拶あいさつをしてくる。


「ミヨ様の様子を伺いにきました」


ヒラサカが代わりにそう答える。

それに合わせてか、皆の視線が電車ごっこに向かう。


「あの通りです」

「魂の治癒は遅れてないか?」

「はい、影響はなさそうです」


遊び場は、中庭の近くにあるとはいえ、銀湯ぎんゆの湯元である中庭ほど治癒力が高いわけではない。

なので、治癒速度が落ちないかを心配していたが、それはないようだ。


「サネ、参考に聞くが」


ヒラサカが、この遊び場の担当長であるサネに声をかけた。


「ミヨ様がきてから、子どもたちの治癒が早まったりしたか?」

「元々子ども達は一晩で治ることが多いので、あまり感じませんね。ただ……」


言いよどむサネは、迷っているようだった。

しかし、ヒラサカとセダはその反応で察した。

ミヨがきて生まれる変化、ということは、ミヨの力の可能性が高い。

二人は、沈黙でサネの言葉を促した。


「ただ、子ども達がぐずったりするのが少なくなったような気もします」

「……そうですか」


セダとヒラサカは無言で目線だけ交わす。


「で、コミツ。冥王様にミヨ様について報告を」

「はい」

「コミツ、何故ミヨはこっちに?」


遊び場に行くとは思っておらず、セダは思わず聞いてみた。


「ミヨさまですが……」


電車ごっこが終わり、次はおままごとが始まろうとしていた。

これまでミヨとは雰囲気が違い、単純に楽しんでいる様子だ。

初めてみるその笑顔を、自分ではない他の人が知っていることに、もやっとする。


「ミヨさまは、幼いときから屋敷やしき住まいだったみたいで、遊ぶことがなかったようです。なので、あのような遊び…特に、大人数で遊ぶものにあこがれがあったようです」


今は、おままごとで出された食事を食べているミヨ。

本物を食べていないはずなのに、とてもおいしそうな顔をしている。

セダは、自分があげた干し柿もあんな風に食べてくれただろうか、とふと考えてしまう。


「サネさんもこころよく受け入れてくれたこともありまして。でも、この通り、ミヨさまも楽しそうにされていますし、わたしも止めれず……」


食事をごちそうになったあとのミヨは、再び電車ごっこに参加したらしい。

あの笑みを見てしまうと、セダも同じ判断をしただろう。


「一応、中庭の治癒力のことを考え、行き帰りには中庭を通るようにはしています」

「……わかった」


治癒が遅れていないのはそのせいだろう。

ちらり、と見たミヨの姿は最後にみたときよりも印象が違う。


「でも、子ども達と一緒に遊んでくれる人が増えて、私たちも助かっています」

「それに、ここだと、中庭よりも知っている人に会う可能性も低いと考えました」


最後にあったミヨは、結った頭に三角巾をかぶせて、髪を隠していた。

しかし、今は軽く結っただけで、髪を隠そうとはしていない。

そのため、前よりも白髪が減っているのがわかる。


「冥王さま……?」


セダはおもむろに彼らに近付いた。

電車は順調に安全運転しているようだ。

ミヨが乗る電車がセダの前で停まり、ミヨが初めてセダに気付く。


「おきゃくさま、ごじょうしゃですかぁ?」


運転手役らしい、少年の魂がそういう。


「ああ、乗せてくれるか」

「め、めいおうさま……?」

「ドアひらきまーす!」


狭い縄の中、ミヨの後ろに乗り込む。


「あ、あの、いつごろ……?」

「しゅっぱーつ!しんこー!」

「さっき。様子を見に来たのだが」

「あ、そうですか……」


進行する電車の中。

見下ろして見たミヨの髪は、左の一房ひとふさを除いて、白髪はくはつはなくなっていた。

近くでみた、ミヨの魂の傷は大分癒えているようだ。


「運転手よ」

「はい、おきゃくさま」

「私はそちらの入り口まで電車でいきたいのだが」

「かしこまりましたー!」

「安全運転でたのむ」

「はい!」


しゅぽしゅぽと言いながら、電車は部屋を大回りして、ヒラサカやコミツ、サネがいる場所へと向かった。


「おかえりなさいませ、ミヨさま」

「コミツさんに、ヒラサカさん……」

「ご苦労、良い電車だった」

「ごりよう、ありがとうございましたー」


電車は二人を下ろして、また部屋の中心に戻っていく。

大人の世界に戻った二人に、ヒラサカとコミツが顔を見合わせて笑っていた。


「ミヨさま、冥王さま。双六すごろく、したくないですか?」


セダの横で、ミヨが大きくうなずいた。

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